第2話 ③
「ハァ……ハァ……」
あれから、どのぐらい走っただろう。僕は一人、森の中にいた。
どこを見回しても、そこにあるのは一面の緑。 僕の存在なんて、あって無いようなものだ。
いっそこのまま、消えてしまえたら。
そうだ。
僕なんて、いっそ消えてしまえばいいのかもしれない。
「……」
僕は鋭く先のとがった木の枝の中でも、特に太い物を見繕い、手に取る。そしてそれを喉元に突き付けて、思う。
きっとすごく、痛いんだろうな。苦しいんだろうな。けどそれが、他の人達に、僕のやってきたことだから――
大粒の汗が滴り落ちる。僕は唾を呑み込み、ぐっ、と枝を握り締め、目をつむった。
そんな時だった。
―またそうやって、逃げるのかい?―
あの言葉が、頭の中で響いた。手が震える。枝が地に落ちるのに、そんなに時間はかからなかった。
「なんで……なんで……っ!」
僕は膝から崩れ落ち、頭を抱えた。他人の命を奪っておきながら、僕は――僕はこんなにもみじめに、生き恥を晒そうとしている。これでは、あまりにも無様じゃないか。
涙が溢れ出て止まらない。自身への憤りと、死への恐怖への、涙が。
僕を中心に、景色はどんどん真っ暗になっていく。はっきりとしているのは、自分だけだ。
「おい!」
そんな時だった。一筋の光が、僕を照らしたのは。
「ドラン……」
空にはばたく、小さな金色の身体。それは、僕の「家族」だった。
「お前、何やろうとしてたんだ」
彼は僕の傍らに転がる木の枝を見つめながら、強い口調で問いかける。
僕は押し黙った。言えない。言えるはずがない。僕のことを誰よりも大事に思っている彼に。
「死のうと考えた」なんて――
「お前、まさか自殺なんかしようとしてたんじゃねぇだろうな」
「っ!」
けれど僕が言わずとも、その言葉は飛び出した。思わず体が反応し、すくみあがる。
「やっぱ、な。バレねぇとでも思ったか?こちとらまだ赤ん坊ですらない時からお前といるんだぜ。考えぐらい読めらぁ」
「……僕は」
「ハァ。ったく、お前ってやつは……よし、ついて来な」
それだけ言うと、彼は僕を先導するように位置どる。
「どこに行くの?」
「村だ。あとな、この森は普通に歩いてるだけじゃ抜けらんねぇんだとさ。あいつから聞いた」
「……」
村。そう聞いて、僕の脚はピタリと止まる。
「……どした、いや、言わなくてもわかる。怖いんだろ」
「……うん」
彼の言った言葉は、まさに大当たりだった。怖かった。手を血に染めた僕が、あの人達に会っていいのか、と。そしてなにより――
―貴方と、貴方と関わったから、大吾は死んだのよ!貴方なんかと出会ったせいで!許さない、絶対に!―
―この……人殺しぃ!―
あの声が、何度も響いて消えないから。
「とにかく行くぞ。日が暮れちまう」
僕はふらふらと、促されるまま彼の後を追った。
怖さと同じぐらい、あの人達にまた会いたい、そう思ったから――
※
「やれやれ……ああも怒るとはね」
一方、フェン。あの後ミスティにさらに問い詰められ、いきさつを説明した結果——
「あなた、バカじゃないの?いいえ、バカね。ナルシストバカ」
そんな罵倒を浴びせられながら、フォートレックスからつまみ出されてしまった。
要するに、「探して謝ってこい」、ということだ。
「まぁ、私もいささか彼に期待をかけすぎていた節はある……そこは反省すべきかな」
「『あのお方』を見てきたからこそ、余計にね……」
そんなことをひとりごちながら、彼は風を切りさき飛び続ける。
目指すは二人と同じく、村の方角。
「おそらく、彼も合流した頃だろう。一足先に着いておくとしよう」
ところで、彼はなぜ先に出て行ったドランがミライと合流した、と言い切ったのだろうか。
その根拠は、ドランに内蔵されたとある機能にある。
(しかし、とんでもない物を作ったものだね、貴方は)
それは「時空転移機能」。空間と空間を繋ぐ簡易的なゲートを作り出し、任意の座標に自身を転移させることができる機能だ。
ドランとの出会いも、ミライの気配を追い、この機能で時空を超え地球からフォートレックスへと転移してきたことがきっかけだった。
(あの時、弟君に力の大半を奪われた貴方に、時空転移なんて超高等魔法は扱えないはず)
(ならば、その理論を応用して人工的に再現した、と考えるのが筋か――)
彼は暫し物思いにふけっていたが、
(いや、今は余計なことを考えている場合ではないね)
自身の中でその議論を打ち切り、改めて全身に力を入れ、加速。風を巻き起こしながら、空を駆けた。
狭間の魔皇と魂≪ソウル≫の騎士 ―ビースト・キングダム― さぼてん @atamaheisei
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