第2話 ②
「・・・・・・以上であります」
「ふむ、了解した。魔王様に伺いを立てた後、次の行動を指示する。では」
「はっ。では、失礼いたします」
一方、魔族達の駐屯所では。サーロが通信装置を用い、昨晩の出来事を報告し終えていた。相手は高い声をした男――魔王軍の中でも最高クラスの3人のうちの1人、「知」の将軍である。
「あの、隊長」
「何だ」
それを見ていた兵士が一人、おずおずと声をかける。サーロは後ろを振り向き、彼を見る。
「フィル隊員の埋葬が完了いたしました」
「そうか」
「……よろしかったのでしょうか」
「ああ」
兵の言わんとしていることが、サーロにはよくわかっていた。 生まれた地である魔界ではなく、このような場所に息子を眠らせてよかったのか、ということだ。
「……奴もまた、魔族の戦士。敗北し、そして死した者に、魔界の土は二度と踏めぬのだ」
「ですが……」
「言わないでもいい」
サーロはなおも食い下がる兵を睨み付け、言葉を遮る。
「……あいつは、私の子だ。だからこそ、この私が惑っていては、兵に示しがつかんというもの」
「……そうですか」
そんな彼に兵はそれ以上口を開くことは無く、静かに部屋を去った。
(……だが)
戸が閉まると同時に、サーロは拳を固く、強く握り締め、
(その無念を晴らせるのもまた、私しかおらん)
心の中で、そう呟いた。
※
「……やはり、ね」
そしてフォートレックスでは。 フェンが腕を組み、1人納得した様子を見せていた。
「君があの兵士を倒したのか。それで、なぜそれがわかったんだい?」
さらに質問を続けようとするフェン。しかし、
「……ちょっと、ちょっと待ってくださいよ……!」
それに返ってきたのは答えではなく、怒号だった。昨日の彼からすると信じられぬほどの強い剣幕を見せ、フェンの前にある机を両の手で叩くと、振動で数冊、本棚から本が落ちた。
そして、彼は肩を震わせながら項垂れる。
「何で、何でそんな冷静でいられるんですか! 人が……人が死んだんですよ!?」
「いや、殺した……僕が!人を!あの人にだって、家族がいただろうに!」
そんな言葉と同時に、彼は顔を上げ、フェンを見る。彼の脳裏には、あの葬儀の日に見た花苗の顔と、「あの言葉」が蘇っていた。
「それが戦いというものだよ、ミライ君」
「そんな言葉で……片付けていい物じゃないでしょう!?」
何を言っているのか、という風の態度を見せるフェン。そんな彼に、ミライの怒りはますます強くなる。
「もう……もういいです!」
これ以上の問答は意味がない、そう判断したミライ。彼は踵を返し、強い歩調でドアの方へと向かい、ノブに手を掛ける。すると――
「またそうやって、逃げるのかい?」
変らぬ冷静な声で、フェンが問いかけた。その一言に、ミライの身体がピクリ、と震え、足が止まる。
「……何とでも言ってください。それと、いろいろしてもらって、ありがとうございました。 では!」
彼は目線だけを後ろに向け、そう言い残して戸を開け、走り去る。
「おいっ、ミライ!」
その後ろを、飛んで追いかけるドラン。まもなくして、部屋にはフェンが1人残された。
「……やれやれ。貴方のご子息には、手を焼くよ」
彼は八角形と長方形を組み合わせた物体――龍の紋章を刻んだ青い宝石が中央にはめられた「鍵」を見つめ、溜息とともに呟いた。
「きゃっ」
そして廊下では。目の前を駆けていくミライに驚き、ミスティがしりもちをついていた。
「ちょっと、どこ見て……」
彼女は抗議の言葉を上げようとするも、それを飲み込んだ。
「……ちょっと、フェン」
「何だい?」
そして再びドアが開く、フェンの部屋。入ってきたのはミスティだった。
「あの子に何言ったのよ。……泣いてたわよ」
「へぇ、君が他人の心配をするなんてね」
「人を冷血動物扱いしないでくれるかしら」
「それはそれは。悪かったね」
不満げに言う彼女に、彼は含み笑いとともにそう返す。
「そうじゃなくて、質問に答えなさいよ」
「なに、私は問うただけさ。そう――」
そして本を拾い戻し終え、振り向いて彼は言う。
「戦うということへの、覚悟をね」
※
「これは?」
日も高く昇った昼時。魔族の駐屯所では、とある出来事が起こっていた。
牛人達の隊長、サーロが、通信装置を前に、鍵のような物体を手に問いかけていた。
「『エレメントキー』。強い魔力を封じ込めた特殊なアイテムだ。それを使えば、強大な力が手に入れられる」
「側面を押し、起動して身体に当てれば使用できる」
それに応えたのは今朝の報告と同じく、「知」の将軍。『エレメントキー』、そう称された物体は、昨晩ミライの手に握られていた物――今はフェンが持つ「鍵」に酷似していた。
「これを使い、敵を叩けとのことだ――ただし」
そこまで言って、将軍は一旦喋りを止め、一拍おく。
「兵はお前以外、全員引き上げさせる」
その言葉に、サーロは深く頷く。
「ど、どういうことですか、隊長!」
外からその言葉を聞いた兵士が、焦った様子でドアを開け放つ。
「待て。これは俺の要望だ」
兵をそう言って押しとどめるサーロ。そう。彼は密かに自分以外の兵を引き上げるよう申請していたのだ。
「我々ではおそらく、奴
フェン・イーグレー
に立ち向かったところで無駄だろう」
「ですが、何故隊長だけ残るのですか? そんな必要は」
「奴の独断行動を許し、兵を一人失わせた私の責任――そして」
「息子を失った父親としての、怒りからだ」
父親としての怒り。強い意志を持って放たれたその言葉に、兵は口をつぐむ。
「息子の仇は、刺し違えてでも必ず取る。だが隊長として、貴様らをみすみす死なせはせん。それを話した結果だ」
「隊長……」
「後のことは、副隊長のお前に任せる」
「……わかりました。そこまでの覚悟であるのならば、最早止めはしません」
「……ああ。……すまないな。私もまた、勝手な男だ。あいつと、同じ」
「では、通信は以上だ。後程ゲートを開き、兵を退去させるように」
「了解」
将軍がそう言うと、通信が切れた。
「さて……」
サーロは右手でエレメントキーを体の前へ掲げると、親指で側面のスイッチを押し込む。すると、
≪Magnet≫
電子音声が鳴り響き、中心の宝石が発光。U字型の磁石の紋章が浮かび上がる。
「ぬうぅ……っ!」
そしてその先端を胸に押し当てると、彼の身体は光に包まれ――
「か、変わった……!?」
右は赤、左は青の、鋼で出来た鎧に変化した肉体。そして牛人の象徴である2本の角は、赤と青の渦巻く螺旋形へと変化していた。
「この力……これならば」
全身からあふれる力に、彼は確信した。息子の仇を、果すことができる、と――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます