第2話 ②

「・・・・・・以上であります」

「ふむ、了解した。魔王様に伺いを立てた後、次の行動を指示する。では」

「はっ。では、失礼いたします」

一方、魔族達の駐屯所では。サーロが通信装置を用い、昨晩の出来事を報告し終えていた。相手は高い声をした男――魔王軍の中でも最高クラスの3人のうちの1人、「知」の将軍である。


「あの、隊長」

「何だ」

それを見ていた兵士が一人、おずおずと声をかける。サーロは後ろを振り向き、彼を見る。

「フィル隊員の埋葬が完了いたしました」

「そうか」

「……よろしかったのでしょうか」

「ああ」

兵の言わんとしていることが、サーロにはよくわかっていた。 生まれた地である魔界ではなく、このような場所に息子を眠らせてよかったのか、ということだ。

「……奴もまた、魔族の戦士。敗北し、そして死した者に、魔界の土は二度と踏めぬのだ」

「ですが……」

「言わないでもいい」

サーロはなおも食い下がる兵を睨み付け、言葉を遮る。

「……あいつは、私の子だ。だからこそ、この私が惑っていては、兵に示しがつかんというもの」

「……そうですか」

そんな彼に兵はそれ以上口を開くことは無く、静かに部屋を去った。


(……だが)

戸が閉まると同時に、サーロは拳を固く、強く握り締め、


(その無念を晴らせるのもまた、私しかおらん)


心の中で、そう呟いた。



「……やはり、ね」


そしてフォートレックスでは。 フェンが腕を組み、1人納得した様子を見せていた。


「君があの兵士を倒したのか。それで、なぜそれがわかったんだい?」

さらに質問を続けようとするフェン。しかし、


「……ちょっと、ちょっと待ってくださいよ……!」

それに返ってきたのは答えではなく、怒号だった。昨日の彼からすると信じられぬほどの強い剣幕を見せ、フェンの前にある机を両の手で叩くと、振動で数冊、本棚から本が落ちた。

そして、彼は肩を震わせながら項垂れる。

「何で、何でそんな冷静でいられるんですか! 人が……人が死んだんですよ!?」

「いや、殺した……僕が!人を!あの人にだって、家族がいただろうに!」

そんな言葉と同時に、彼は顔を上げ、フェンを見る。彼の脳裏には、あの葬儀の日に見た花苗の顔と、「あの言葉」が蘇っていた。

「それが戦いというものだよ、ミライ君」

「そんな言葉で……片付けていい物じゃないでしょう!?」

何を言っているのか、という風の態度を見せるフェン。そんな彼に、ミライの怒りはますます強くなる。

「もう……もういいです!」

これ以上の問答は意味がない、そう判断したミライ。彼は踵を返し、強い歩調でドアの方へと向かい、ノブに手を掛ける。すると――


「またそうやって、逃げるのかい?」


変らぬ冷静な声で、フェンが問いかけた。その一言に、ミライの身体がピクリ、と震え、足が止まる。


「……何とでも言ってください。それと、いろいろしてもらって、ありがとうございました。 では!」

彼は目線だけを後ろに向け、そう言い残して戸を開け、走り去る。


「おいっ、ミライ!」

その後ろを、飛んで追いかけるドラン。まもなくして、部屋にはフェンが1人残された。


「……やれやれ。貴方のご子息には、手を焼くよ」

彼は八角形と長方形を組み合わせた物体――龍の紋章を刻んだ青い宝石が中央にはめられた「鍵」を見つめ、溜息とともに呟いた。


「きゃっ」

そして廊下では。目の前を駆けていくミライに驚き、ミスティがしりもちをついていた。

「ちょっと、どこ見て……」

彼女は抗議の言葉を上げようとするも、それを飲み込んだ。


「……ちょっと、フェン」

「何だい?」

そして再びドアが開く、フェンの部屋。入ってきたのはミスティだった。


「あの子に何言ったのよ。……泣いてたわよ」

「へぇ、君が他人の心配をするなんてね」

「人を冷血動物扱いしないでくれるかしら」

「それはそれは。悪かったね」

不満げに言う彼女に、彼は含み笑いとともにそう返す。

「そうじゃなくて、質問に答えなさいよ」

「なに、私は問うただけさ。そう――」

そして本を拾い戻し終え、振り向いて彼は言う。


「戦うということへの、覚悟をね」



「これは?」


日も高く昇った昼時。魔族の駐屯所では、とある出来事が起こっていた。

牛人達の隊長、サーロが、通信装置を前に、鍵のような物体を手に問いかけていた。


「『エレメントキー』。強い魔力を封じ込めた特殊なアイテムだ。それを使えば、強大な力が手に入れられる」

「側面を押し、起動して身体に当てれば使用できる」


それに応えたのは今朝の報告と同じく、「知」の将軍。『エレメントキー』、そう称された物体は、昨晩ミライの手に握られていた物――今はフェンが持つ「鍵」に酷似していた。


「これを使い、敵を叩けとのことだ――ただし」

そこまで言って、将軍は一旦喋りを止め、一拍おく。


「兵はお前以外、全員引き上げさせる」

その言葉に、サーロは深く頷く。


「ど、どういうことですか、隊長!」

外からその言葉を聞いた兵士が、焦った様子でドアを開け放つ。

「待て。これは俺の要望だ」

兵をそう言って押しとどめるサーロ。そう。彼は密かに自分以外の兵を引き上げるよう申請していたのだ。

「我々ではおそらく、奴

フェン・イーグレー

に立ち向かったところで無駄だろう」

「ですが、何故隊長だけ残るのですか? そんな必要は」

「奴の独断行動を許し、兵を一人失わせた私の責任――そして」


「息子を失った父親としての、怒りからだ」

父親としての怒り。強い意志を持って放たれたその言葉に、兵は口をつぐむ。


「息子の仇は、刺し違えてでも必ず取る。だが隊長として、貴様らをみすみす死なせはせん。それを話した結果だ」

「隊長……」

「後のことは、副隊長のお前に任せる」

「……わかりました。そこまでの覚悟であるのならば、最早止めはしません」

「……ああ。……すまないな。私もまた、勝手な男だ。あいつと、同じ」


「では、通信は以上だ。後程ゲートを開き、兵を退去させるように」

「了解」

将軍がそう言うと、通信が切れた。


「さて……」

サーロは右手でエレメントキーを体の前へ掲げると、親指で側面のスイッチを押し込む。すると、


≪Magnet≫


電子音声が鳴り響き、中心の宝石が発光。U字型の磁石の紋章が浮かび上がる。

「ぬうぅ……っ!」

そしてその先端を胸に押し当てると、彼の身体は光に包まれ――


「か、変わった……!?」


右は赤、左は青の、鋼で出来た鎧に変化した肉体。そして牛人の象徴である2本の角は、赤と青の渦巻く螺旋形へと変化していた。


「この力……これならば」

全身からあふれる力に、彼は確信した。息子の仇を、果すことができる、と――

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