第1話 出逢い・運命の序曲 ①
「爺さんや、どこへ行くんだい?」
「ん、『あの子』の様子を……な」
「そうかい、行っといでな」
「ああ」
ごうごうと流れ落ちる滝を中心とした、一つの集落があった。
そこである者は畑を耕し、ある者は子を育て、そしてある者は――
「や、これは長老殿。お早うございます」
「ああ、おはよう。今日もしっかり頼むよ」
「は!」
鎧を着込み、槍を片手に巡回を行なっていた。
「さて、どうしているか……」
挨拶を終えた彼は、レンガ造りの家の戸を開きながら、心配そうな口調で1人呟いた。
※
「うっ……ううん……ハッ!?」
家の中では、木製のベッドに寝かされた少年が、軽く呻き声を上げつつ、意識を取り戻していた。
彼は目を開くと同時に、息を荒げながら上体を起こし、驚愕と警戒に満ちた表情を浮かべて辺りを見回す。
しかし、
「……へ?」
その顔が長続きすることは無かった。彼の眉はすぐに吊り上がるのをやめ、きょとん、とした表情へと変わる。
無理もない。彼からすればつい先程まで自分は命を失うこともあり得たはずなのに、今自分の周りには危険が何一つ見当たらない、という状況なのだから。
「……夢でも、見てたのかな」
彼は一つの仮説を立てるが、ものの数秒せずに己でそれを否定した。
その根拠は、と言うと
「ここ……僕の家じゃない……よね。いやそもそも、家はもう……」
ベッドに寝ていること自体が、彼にとってはあり得ないことであったからだった。
彼はうーん、と唸りながら首をひねる。
そんな時。戸の開く音がした。
「おお、目が覚めたようだね。どうだい、身体の方は?」
戸を開け、彼にそう問いかけたのは、先程「長老」と呼ばれていた老夫であった。
「あ……はい。大丈夫です。ところで貴方は?」
少年は軽く会釈すると、続けて尋ねる。
「わしはコウ、この村で長老をやっている者だ」
「え、長老さん……ですか?それにこの『村』って……僕はどうして……」
少年はコウと名乗った老夫に向かって、矢継ぎ早に質問を浴びせる。しかし、
「その前に」
途中でコウが顔の横に人差し指を立て、中断させられてしまった。そして、
「君の名前。教えてくれないかい」
優しい笑顔と共に、子供を諭すような口調で、そう言った。
「あ……ごっ、ごめんなさい!」
少年は顔を真っ赤にし、急いで頭を下げて謝罪した。
「ははは、よいよい。それで、君は何という名なのかね」
「こ、皇明院……ミライ……です」
「皇明院……?いや、まさかな」
その名を聞いたコウは、一瞬、何かが引っかかったような表情を浮かべる。
「どうかしましたか?」
「あ、いや。ただの独り言だ。ミライ君……か。よろしく」
「は、はい!」
コウは表情を戻すと、孫を見るかのような優しい笑みを浮かべ、ミライに手を差し出す。
ミライもまた、顔を真っ赤にさせたまま握手で返した。
第1話
出逢い・運命の序曲
「さ、村を案内しよう。ついておいで」
「は、はい!」
自己紹介を交わした後。コウはミライを家の外に連れ出していた。
「うっ……」
コウがドアを開き、続いて外に出たミライ。彼は一瞬呻き声を上げると、顔を腕で覆い下を向いた。
「どうした、どこか痛むのかい?」
「い、いえ。その、眩しくてつい」
「はは、そうかね」
ミライは思った。日の光を浴びるのは、いつ以来だろうか、と。
彼は大吾との別れから数日間部屋から出もせず、カーテンを閉め切っていた。その上、最後に日本にいた時も、雨が降っていた――久々に浴びた日の光は、彼にとって「眩しすぎた」のだ。
「もう、大丈夫です」
「じゃあ行こうか。こっちだよ」
1分程すると、目は慣れてきた。コウにその旨を伝えると、彼は畑の方向を指差し、歩いてゆく。
(初めて見るなぁ、こんなのどかな風景)
ミライは歩きつつ周囲を見渡すと、そんな言葉を頭に浮かべていた。彼の住む2040年の日本では、こんな光景はもうほとんど見ることができないと言っても過言ではない。人口流出、少子高齢化、都市開発――様々な要因から、いわゆる「農村部」の大多数は消滅してしまっている。彼の住む都市でも、人々は年齢問わず朝から夜まで忙しなく駆け回り、息苦しい生活を送っていた。
ミライは足を動かしながら目を閉じ、息を大きく吸い込んだ。
そんな時だった。
「あれ、この前滝んとこで倒れてた姉ちゃんじゃん、もう大丈夫なの?」
衝撃的な一言が彼を驚かせたのは。
「ね、姉ちゃん!?」
彼が声の方向――自分の目線より少し下を見ると、8、9歳ほどの男の子が真っ直ぐに自分を見つめていた。
「え、違うの?」
「うん……僕、男だよ?」
「へー、そっか。そうは見えないけどなー、まぁいいや。じゃあねー」
男の子はそれだけ言い残すと、タタタ、と駆けて行った。それを見つめながら、ミライは後頭部を掻く。
「ほほ、災難でしたな。」
「たはは……なんか、久しぶりに言われました、こんな事」
「まぁわしも、一目見たときは女子かと思いましたが」
「えっ」
コウの言葉に、真顔になって彼の顔を見るミライ。
「……やっぱり、そう見えますかね?」
少し不服そうな顔で、彼は呟く。
「でも、君はまだ若い。気にするほどでもないと思うよ」
「そうですか……」
「さ、行きましょうか」
今のように、彼は昔から女性と見間違われることが多々あった。その理由としては、やはり顔つきと髪型が一番の要因だろう。彼の髪は肩ぐらいの長さの艶のあるストレートな黒髪だった。そして角の少ない、柔らかな顔の形。更に16の男性としては筋肉量も少なく、身長も160に満たない――様々な要因が、彼の性別を紛らわしいものにさせていた。
「婆さん、戻ったよ」
「ああ、お帰り。おや、その子、目が覚めたのかい」
「ど、どうも」
そうこうしているうちに、小高い丘の上にある畑に着いた2人。出迎えたのは、クワを置き、木の陰に腰掛けた優しげな老婆であった。
「皇明院ミライと言います。ずいぶんお世話になったみたいで……ありがとうございます」
「これは御丁寧に。いいんですよ、そんなに頭を下げなくても」
「ミライ君。わしの妻のミオだ。よろしく頼む」
「ミオさん……ですね。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
ミオという名の女性は、笑顔でミライに手を差し出した。彼もまた手を差し出し、握手をする。
「さて」
それを笑って見つめた後、コウはゴホン、と咳払いをし、ミライの方に向き直る。
「いろいろ、聞きたいことがあるんだろう?そこに座って、聞こうじゃないか」
彼はミオの座る大きな木の陰を指差し、そう言った。
その瞬間。
ぐぅ。
「あっ……」
腹の虫が一匹、鳴いた。その主、ミライは顔を真っ赤にし、両手で顔を覆う。
「朝食の後で、ね」
「うう……ありがとうございます……」
※
「ふぅ。美味しかったぁ」
「そりゃどうも。若い子にそう言ってもらえるとこっちも嬉しいよ」
「そ、そんな」
10分程経ち、朝食を終えた3人は一息ついていた。
「では、そろそろ本題に入るとしよう」
コウは両掌を合わせ、真剣な眼差しでミライの方向を向く。
「はい」
それを受け、ミライもまた同じような眼差しで首を縦に振る。
「聞きたいことを言ってごらん。答えられる範囲内でなら、答えてあげるよ」
「では……」
「この村は、いや、この星は一体、何なんですか?」
「星、とな。大きく出たね」
「信じられないかもしれませんが、ここは僕の知っている世界ではありません。」
「して、根拠は?」
「あれです」
そう言って、ミライは村の門にあたる方向を指差す。そこにあったのは――
「……ふむ、あの門番が、か」
「はい」
正しくは、彼が指差したのはその手に握られた鉄製の槍だが、ほぼ合っているため、そのまま話を続ける。
「僕の住んでいた所には、あんなものを持つ人はいませんでした。それどころか武器の所持すら、禁止されています。それに――」
次の言葉を言い出しかけた矢先、コウが掌を掲げ、「待った」をかける。
「ミライ君。突然だが、君の知っている『文字』を、私に見せてはくれないかね」
「文字、ですか?」
「ああ。これで書くといい」
そう言うと、コウは木の枝を拾い上げ、ミライへ手渡す。
「では……」
ミライは書いた。『皇明院ミライ』と――
「……ふむ。やはり、か。ようやく、腑に落ちたよ」
それを見たコウは、納得した、と言わんばかりに1人頷く。
「……」
数秒の沈黙。そして。
「君は、地球から来た人間――それも、日本人だね?」
開いた彼の口から、衝撃の一言が飛び出した。
「なっ……どうしてそれを」
ミライは動揺していた。
「別の世界から来た」。誰もが世迷言だと切り捨てるような言葉を、信じてくれるどころか自分が言おうとしていた言葉まで付け加えて返されたのだ。
「君の名前だよ。最初名乗った際に引っかかってはいたが、文字に起こす事で確信した」
「皇明院……名の前に姓が付く名前は、この世界では存在しない。いや、存在しなかった、という方が正しいね」
「どういう事、ですか……?」
「それはね、少し長い話になるが――」
コウが語りを始めようとした、その瞬間だった。
ドム! ドンッ! ドオゥ!
「ッつ、何だ!?」
突然の、爆発音。遅れて激しく土煙が舞い上がる。
コウは咄嗟にミライとミオを両腕で抱えて、覆い被さる形を取った。
「この村の長に告ぐ!今すぐに我々の前に姿を表せ!」
視界もままならぬ中、困惑と嘆きの声をかき消さんばかりの男の怒声が響き渡った。
「……!」
それを聞いたコウは、顔を青くしつつも、
「ミライ君、ミオ。ここにいなさい。私が行く」
「コウさん、一体何が」
ミライの言葉に返事もせず、2人を木の裏へと押しやるコウ。そして、「いいね」と一言だけ呟くと、一人駆けて行った。
「コウさん!」
尚もコウの名を呼び、立ち上がらんとするミライ。
「ダメよ、ミライ君!」
しかしそれを、ミオがしがみついて制止する。
「一体、どうなってるの……?」
彼は膝立ちのまま、薄れてゆくコウの背中を見つめていた――
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