狭間の魔皇と魂≪ソウル≫の騎士 ―ビースト・キングダム―

さぼてん

プロローグ

—もしある日突然、特別な「力」を貰ったら。その時……あなたはどうしますか?

その力を、何のために使いますか?

富?

名声?

愛?

欲望?

それとも、破壊?

何だって構いません。人の数だけ、道がある。

時に救いをもたらす神にも、時に破滅をもたらす悪魔とも成り得る。

良いも、悪いも、繰り手次第。

それこそが、「力」なのです。


さて。これより始まる物語は、そんな「力」を手にすることとなった少年、

皇明院ミライの物語です。

彼がいったい、どの様な道を選ぶのか。

是非、見届けてあげて下さい—




––その日は、酷い雨だった。ただでさえ日の差さない僕の心は、いつにも増してどんよりとしていた。


「……ここ、かな」

僕は重い足を止め、塀に立て掛けられた看板を見つめる。


[故 猿渡大吾 儀 葬儀式場]

[通夜 六月 一五日 一八時より]

[告別式 六月一六日 一二時より一三時]


そこに書かれていたのは、見たくもない文字の並び—

今日は、たった一人の友達……猿渡大吾の葬儀の日だった。


「……大ちゃん」

僕は小さな頃からずっと、彼と一緒だった。一つ年上の彼は、早くに両親を亡くした僕の心の傷を必死に埋めてくれた。

僕にとって兄の様な存在だった彼は、もうこの世にいない。

それは認めざるを得ない事実。だけど決して認めたくはなかった。

けれども、僕はこうしてこの場所に足を運んでいる—

変えようのない「現実」が、容赦なく僕を殴り付ける。


「やっぱり、夢じゃない、よね。悪い夢じゃ」

僕はごくりと唾を飲み、足を動かす。

嫌でも受け入れるしかない。

僕は意を決し、門をくぐった。



門をくぐった先には、悲しそうな顔をした人たちで溢れていた。

僕がしばらく辺りを見回していると、聞きたくもない声が聞こえた。


「よう、『尖り耳』」


『尖り耳』。父さんからの遺伝で、僕の耳は他の人と違う、先が尖った形をしている――それを揶揄した言葉だ。そしてこの男は――


「松坂君……」


松坂剛。高校の同級生で、僕をいじめて楽しんでいるうちの1人だ。


「気の毒だな、お前も。まあ安心しろよ。これからは俺たちが面倒見てやるから、さ」


僕の肩に手を回し、彼は囁く。こういう時、いつも大ちゃんは僕を守ってくれた。けど今は、その大ちゃんはいない。松坂君は、ここぞとばかりに僕をいじめ倒すつもりらしい。


「悪いけど僕、もう外に出るつもり、ないから……」


言葉の通り、僕はこの葬式が終われば、金輪際外に出ないと心に決めていた。

先生も、他のクラスメイトも、ほとんどは僕に手を差し伸べようとはしない。

僕が外の世界と繋がっていたのは、大ちゃんがいたからだ。

でも、僕と外の世界とを繋ぐ糸は、もうぷっつりと途切れてしまった。


「じゃあ、これで……さよなら」


そう言って、僕は足早にその場を後にする。小さく舌打ちをする音が聞こえた気がするけど、聞かなかったことにした。


「……ミライ君?」


また、声がした。今度も聞き覚えのある声。でも、不快じゃない声だった。


「立花さん……」


立花裕子さん。一つ上の学年で学級委員長、そして大ちゃんの幼なじみだ。僕も大ちゃんを通じて彼女とは古くからの知り合いだった。

「久しぶりね。急に学校来なくなったから、心配してたのよ?家に行っても出てこないし……」

しっかり者で面倒見のいい彼女は、大ちゃんの死後引きこもってしまった僕を気遣い、プリントなどを持ってきてくれていたようだ。

でも僕は、そんな彼女に会おうともしなかったらしい。「同居人」が応対し回収していた――と、つい昨日話を聞いてその事を知ったばかりだった。



「……ごめん」

「いいのよ。大ちゃんが亡くなって辛いのは、よくわかるから」

「でも、外にはちゃんと出ること。体に毒よ?」

「ありがとう。でも、まだそんな気になれそうにないや」

「……そう、けど、また学校に来なさいね?待ってるから!」

「……ありがとう」


ごめん、立花さん。それでも僕は、もう2度と貴女とも会う気はないんだ。

僕と一緒にいるせいで、貴女の笑顔まで奪ってしまいたくないから――


「あっ、あれ」


そんなことを考えていると、立花さんが何かを見つけ、指差した。その方向には――


「大ちゃんの、お母さん……」


すごく暗い顔をした女の人――大ちゃんの母親、沢渡花苗さんが、ふらふらとした足取りで歩いていた。


「……!」


花苗さんは、僕を見つけると、さっきまでとは人が変わったようにしっかりとした姿勢で走り出した。

そして次の瞬間。


パシャリ!

水が弾ける音が、僕の頰で鳴った。


「貴方の…貴方のせいで!貴方のせいでうちの大吾は!」


花苗さんは、目を真っ赤に血走らせながら、激昂していた。

僕の肩に掴みかかり、激しく揺さぶってまくし立てる。

そして右腕を大きく振り上げると、握り拳を作り、僕の左頬を思い切り殴り付けた。

僕は地面に倒れ込む。


「ちょっと!何やってるんですか花苗さん!」

「立花さん、いいよ。僕は、こう言われて当然の人間だから……」


僕はよろよろと立ち上がると、割って入って止める立花さんをそう言って押し除ける。


「何言ってるのミライ君!誰か、誰か来てください!」


そう。これでいいんだ。

あの時何もできなかった僕に。

ただ逃げることしかできなかった、僕に。

言い返す資格なんかないのだから――


「貴方と、貴方と関わったから、大吾は死んだのよ!貴方なんかと出会ったせいで!許さない、絶対に!」


そう叫びながら、花苗さんは僕を押し倒して馬乗りになり、僕の首を両手で締め上げる。

周囲の人々が引き剥がそうとするものの、激しく暴れ抵抗する。


「ぐうぅ、離しなさい!まだ、まだ!」


攻防の末、花苗さんを無理矢理僕から引き剥がし、連れて行ってしまった。


「貴方なんか、大吾の葬儀に来ないで頂戴!この、この……人殺しぃ!」


僕は仰向けになったまま、空高く響くその声と、遠くから近づきつつあるパトカーのサイレン音を聞いていた。



「……そう、だよね」


しばらくして。僕は呟き立ち上がった。


「どこ行くの、ミライ君。お葬式、始まっちゃうよ?」

「……僕、帰るよ。やっぱり、僕はここにいちゃいけないみたい」

「そんなこと……!だって、貴方は大ちゃんの1番の友達で……」

「そして、その友達の命を奪った張本人」

「そんな、そんなことないよ!」

「もういいよ、立花さん。僕に関わらなくて。もう僕に、いていい場所なんかないんだ……それがわかったんだ」

「ミライ君!」

「今まで、ありがとう」


そう言うと、僕は雨の中逃げるように会場を後にした。

悔しかった。

言い返せなかったことがじゃない。

「また」何もできなかったことが――悔しくて仕方がなかった。



走り逃げる最中、僕の脳裏には大ちゃんを失ったあの日の記憶がフラッシュバックしていた――


あの日、大ちゃんと僕は帰りに雨に降られてしまった。

僕は傘を盗られ、運の悪いことに大ちゃんは傘を家に忘れていた。

そこで僕らは、学校から見て外れにあるシャッター通りで雨宿りをすることにした。

少子化も進んだこの時代、こんなシャッター通りも多くなっていた。雨風をある程度凌げるからと、野良猫やネズミ達が住み着いていることも、特段珍しいことじゃない。近所の小学生達が、秘密基地にして遊んでいる時だってある――まぁ、すぐにバレて怒られているんだけども。

とにかく、それは僕らにとっても同じことだった。ただでさえ学校で居場所のない僕らが身を隠すには、ここは絶好の場所。いじめっ子達も、こんなへんぴな所までこようと思う人はそう多くない。

あくまで、「自分の身近にいる」から、危害を加えるのだ。

ただ、その日だけはここを選ぶべきではなかった。


「ったく、ついてないな」

「ホントだね。早く止まないかな?」


そんな他愛無い会話をしたその後に、事件は起こった。確か、5時ごろだったかな。


「ん?」

大ちゃんは突然そう呟くと、雨宿りをしていた建物と建物の間を覗き込んだ。

「いや、気のせいだった」

どうしたの、と僕が尋ねると、彼は首を横に振り、笑って言った。

でも、その直後――その笑顔は、驚愕の表情に変わった。


「見たな……?」


僕でも大ちゃんでもない男の声が、その暗がりから聞こえてきたのだ。

「何だ……?」

よせばいいのに、僕らは声の方向を向き直し、大ちゃんが恐る恐る、スマートフォンのライトでそこを照らした。

「……ッ⁉︎」

僕は叫ぶことすら忘れ、ただただ竦み上がった。

何とそこには、包丁を握りしめた血塗れの男が立っていたのだ。

男はギロリと僕らを睨みつけながら、ゆっくりとその足を進める。そんな時、


「逃げるぞ、ミライ!」

一足先に我に帰った大ちゃんが、僕の手を引いて走り出した。僕もつられて正気を取り戻し、脚を動かした。


「待ちやがれ!」

男の怒号が響く中、僕らは必死に走った。けれど――


「ハァ……ハァ……」

運動が得意でない僕は、数10分で息を切らし、へたり込んでしまった。大ちゃんは僕を背負い、ひとまずまた別の建物と建物との間に身を隠した。

男から距離を離せはしたものの、予断を許さない状況であることに変わりはなかった。

「……ミライ」

そんな時だった。

「俺が囮になる、その間……お前だけでも逃げろ」

大ちゃんが、驚くべき一言を発したのは。

「そんな、できないよ……!」

「どっちも助かる、ってのは多分……無理だ。今から警察に電話しても、近くの交番からでも7、8分はする。その間、俺達2人で逃げ切るのは正直なところ、不可能に近い」

「だ、だったら僕が!」

「馬鹿野郎!お前がここで死んじまったら、俺はあの世のお前の親父にどんな顔すりゃあいいんだ!」

「心配すんな、俺は死なねぇよ……まだ死にたくねぇからな」

「でもっ」

「でももクソもねぇ!」

そういうと大ちゃんは飛び出し、

「こっちだクソ野郎!」

大声を張り上げた。

「見つけたぞこのガキ!」

ちょうど近くまで迫ってきていた男も、また叫んだ。そして2人は取っ組み合いになる。

「今だ、行け!」

大ちゃんが叫ぶと同時に、僕は走り出した。後方の大ちゃんに後ろ髪を引かれつつも、僕はその場を後にした。


どうやって家に帰ったのか、それからの数日、どうやって過ごしていたのかは、全く覚えていない。

そんな中、葬儀の連絡が来て、大ちゃんの死を知り、今に至る。

僕は涙と雨にその身を濡らしながら、あの日のように逃げていた――



「ん、ミライか?ずいぶん早いじゃ……うわっ、ずぶ濡れじゃねぇか!何があったんだ!?」


家に帰った僕を、そんな台詞を言いながら迎えたのは、唯一の家族――父さんと母さんが残してくれた、竜型ペットロボットの『ドラン』。


「タオル取ってきてやっから、とりあえず体拭け!」


彼は、早くに両親を亡くした僕にとって、彼は最早親代わりと言っていい存在だった。


「ホレ、俺風呂沸かしてくっから、ちゃんと拭いとけよ」

「……ありがと」


彼は僕にその小さな体で運んできたタオルを投げ渡すと、すぐさま翼をはためかせ風呂場の方向へと飛んで行った。

僕は体を拭き、階段を登って自室へと向かう。そしてそのまま、ベッドへと体を投げ込み、枕に顔を埋めた。



僕に、もっと力があれば、こんなことにならなかったのかな?

僕自身を守れるような、強い力があれば、大ちゃんが死ぬことも、いろんな人達を悲しませることもなかったのかなーー


「ねぇ、教えてよ……父さん」


僕は父の形見のペンダントを見つめながら呟き、目を閉じた。



「……い!……ライ!……お……!」


声がする。僕を呼んでいるのかな。

意識が、次第にハッキリしてきた。

目を開けると、ドランが、僕に呼びかけていた。


「起きろミライ!大変だ!」

「どうしたの、ドラン……ん?」


答えを聞く前に、異変に気がついた。

何だろう、焦げ臭い。


「火事だ!風呂の湯入れ終わって出てきてみたら庭の方が燃えてやがった!火の広がりが早くて手が付けらんねえ、早く逃げるぞ!」

「火事……!?」


僕が驚いて部屋の戸を開け放つと、廊下がごうごうと燃え盛っていた。


「くっそぉ、もうここまで……!」

「……!」


僕はドランに促されるまま、ペンダントを手に、家を出ようと走り出した。

しかし――


「うわあっ!」


廊下に出た途端、焼けて崩れ落ちた柱が、僕めがけて倒れ込んできたのだ。

僕は前に飛び込んで避けようと踏ん張ったその時、床が抜け落ち、穴が開いた。


「ミライっ!」

ドランは咄嗟に爪を可動させ、僕の右手首を掴み取った。

彼はその小さい体に見合わず、かなりの馬力を持つ。

けれど、人一人を支えて飛べるほどではない。彼の爪の基部からは、火花が散り始めていた。


「もう……いいよ……ドランだけでも、逃げて……」


遂に限界が来た。僕の身体が、燃え盛る火の海目掛けて投げ出された。


「ミライぃぃーーーっ!」


ああ。これはきっと罰なんだ。大ちゃんを死なせた僕への……


そんなことを考えながら、僕の意識は闇の中へと消えてゆく。


こうして、僕は16年の生涯を終えた――




「……え?」


そのはずだった。 気がつくと、僕は何もない荒野に立っていた。


「どこ……ここ?」


辺りを見回しても、見えるのは荒れ果てた大地と砂埃の舞う赤黒い空だけ。燃える家はおろか、ドランの姿も見えない。

ここが、あの世なのかな?だとしたら、僕にお似合いかも――そう思った直後だった。


「ギエエェェェェッ!」

僕の背後から、おぞましい咆哮が聞こえた。振り向くと、そこにいたのは—


「ば、化物‥…!?」


腰が抜けてへたり込んだ僕を、青く光る目が舐め回すように見つめる。

どす黒い絵の具が集まったような体をうねらせた、蛇のような怪物だった。

「ガガ、ララァ……」



「ダアァァァ!」

怪物は再び吠えると大口を開けて僕目掛けて飛びついてきた。その瞬間だった。


「……え?」

怪物が、胴の部分を中心にして断末魔を挙げる暇もなく破裂したのだ。


「来たか……」


直後、僕の後方から声が聞こえた。低い、声だけでもわかるような威厳に満ちた男の声だった。


僕が後ろを振り向くと、それはいた。

砂埃を巻き上げながら足先まであるロングコートをはためかせ、悠然と歩く異形の姿が。

兜に覆われた顔に、黒いボディ。

所々金色の炎を模った装飾がなされた、竜のような禍々しい鎧を身に纏った男が、僕を黄金色に光る瞳で見下ろしていた。


「貴方は、いったい……?」


僕は、恐る恐る尋ねた。


「私の名は『ブレイズ』。この世界を統べる、絶対にして唯一の『魔王』……」


ブレイズ。そう名乗った鎧の男は、僕を一瞥する。

一目見られただけで、僕は震えた。

怖いとか、そう言う次元じゃない。生物としての本能がここから逃げ出せと叫んでいるかのような――

何とか立ち上がった僕の全身には、先程までとは比べ物にならないほどの震えが体の奥底から湧き上がり、駆け巡っていた。


「皇明院ミライ……」


僕は三度驚く。名乗りもしていないにも関わらず、ブレイズが僕の名前を呼んだのだから。


「お前は、近いうち力を手に入れる」


ブレイズは、僕が質問する隙間も作らせずに話し始める。


「その力を持ってすれば、何人たりともお前に敵うことはない……たとえ神々ですらもお前の敵ではなくなるだろう」


力?神?何のことを言っているんだ――僕の頭は疑問符で埋め尽くされていた。


「お前はその力で全てを救うのか、それとも全てを滅ぼすのか……」


そう言うと、ブレイズが手をかざす。すると、とてつもない衝撃が突風を伴って僕を襲った。

僕は踏ん張ることすらできず、遥か後方へと吹き飛ばされる。


――見せてみろ、お前の選択を――


それが、薄れゆく意識の中で聞いた、最後の言葉だった。

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