第52話  突入(★)

 ダカダッ ダカダッ ダカダッ ダカダッ と荒々しい音を立てて、馬の蹄が地面を抉る。馬車ではなく馬に乗ったギルバート一行は、建前の要件などかなぐり捨て、全速力でとある場所へと向かっていた。


「まさかベイクウィッドの隣に、ケーマス子爵の飛び地があるとは知りませんでした!」

「ああ、俺もだ!」


 公然と王家の紋が刻まれた馬車で旅に出たギルバートとは別に、単独で調査をしていたヒューは、アマンダが単身トランティオの元を訪ねたり、ガラの悪い男どもを雇ったりと、少々キナ臭い行動をとっていることを突き止めた。

 そしてアマンダがウィンチェスターの名を翳して先導し、ベイクウィッドの隣にポツンと存在するケーマス家の持つ飛び地へと向かったことを知らされたのだ。


「ヒューの手紙によると、その飛び地はずっと以前にジョルジュに借金して没落した男爵の土地だったそうだ! 一家は離散し、土地は借金のカタに取り上げたとある!」


 土地を丸ごと手に入れれば、当然建物もついてくる。ただ同然で手に入れた邸は立地が良く、ジョルジュは仕事・・用に利用しているらしい。

 兎にも角にもジョルジュは想像以上に金に汚く、人身売買で儲けた金で、高利貸しもしていることが判明した。利息が膨れ上がり首が回らなくなった下位貴族は少なくなく、中には一家心中を選んだ者もいたようだ。


「しかし陛下が手を回してくださったのが、あの・・ラミア様だとは。さすがとしか言えません!」

「そうだな! 聞くところによると、幼かった頃のトランティオは六つも年上のじゃじゃ馬…いや、活発な姉に逆らえなかったそうだ!」

「…わかる気がします!」


 一度でも会ったことがある者なら、七十五歳にもなったトランティオが未だ恐れている理由がよくわかる。とにかくラミアは快闊かいかつ闊達かったつで気が強い。女傑中の女傑なのだ。

 ギルバートたちも以前、里帰りしたラミアに散々振り回された記憶があるので、トランティオの気持ちは痛いほど理解できた。


「とにかくこれでエロジジィ絡みの心配はなくなった! あとはやはりアマンダの動向だ! わざわざ叔母上に招待状など送って呼び出すなど、一体何を企んでいる?」


 そう、旅の途中のギルバートに情報を送ってきたのはヒューだけではなかった。歴代最強と謳われる魔法士長の力を借り、実体のない光の鳥が音速で運んできた手紙には、アデルオルト公爵夫人…所謂ゼオンの妻ティアナへ宛て、アマンダからの招待状が届いたというのだ。

 内容は『素晴らしい催しをご用意しております。後悔したくないのなら、是非とも足をお運びくださいませ』と、脅迫めいたものだったらしい。

 時すでにフィンの、いやフィリア・アデルオルトの誘拐事件にアマンダが関与していることは調査済みのため、きっと何か企てていると踏んだヴォルターは逸早くギルバートに報せを送り、行き先を招待先である飛び地の邸へと変更するよう命じたのだ。


「わかりません! ですが酷く胸騒ぎがします!」

「ああ、俺もだ!」


 一刻も早くフィンを救い出す。その誓いを胸に、ギルバートは馬を駆り続けた。



 *


 

 様子がおかしいと気が付いたのは、飛び地に入り、目的の邸に大分近づいた時だ。林に囲まれた小高い丘の上にある白亜の建物から、妙に騒がしい気配を感じ取った。


「なんでしょう? 大勢の人の気配がします」

「ああ。しかもかなり殺気立っているな。…嫌な予感がする」


 馬の脚を止めた一行は、邸の状況を探るべく数組に分かれ、邸の者に見つからない距離を測りつつ、邸内の様子を窺った。


「殿下! どうやら邸に賊が侵入したようです! 現在衛兵と交戦しているらしく、邸内は混乱状態となっております!」

「なんだと⁈」


 ギルバートたちの不安は的中し、邸の中は酷い状態だという。


「誰かフィンを、少女の姿を見た者はいないかっ?」


 偵察から戻った騎士たちに訊ねるが、外から見ただけではフィンの姿は確認できなかったという。

 不安と焦りに思考が乱され、次にどうすべきか考えがまとまらない。邸内は戦場のようなありさまだというのなら、血に昂った賊どもにフィンが見つかってしまった場合、無事でいられる可能性は皆無だ。

 無言で突然馬に跨ったギルバートを、グイードが手綱を掴んで引き止めた。


「ギル様! 落ち着いてください!」

「止めるな、イド! こうしている間にも、フィンがどんな目に遭っているかわからないんだ!」

「ええ、気持ちはわかります! 私だってあなたと同じくらい、フィンの身を案じているのですから。でも、だからこそ、確実に、完璧に、救出したいんじゃないですか!」


 これ以上、あの小さな少女の心にも体にも傷が増えることのないように。

 もう絶対に大丈夫なのだと心から安心できるように。

 決して中途半端は許されないと、グイードは馬上のギルバートを見上げるように睨んだ。

 普段の彼は凪いだ海原のように穏やか男だが、時として嶮浪けんろうのような険しい一面を見せる。

 

「…わかった。すまない、気が逸ってしまった」

「いえ。私も同じですから。早く計画を立て、早く彼女を取り返しましょう」


 馬から降りて素直に謝罪したギルバートは、グイードの言葉に頷くと、ダヴィデや他の護衛も交えフィンの救出作戦を練り始めた。


「賊は金銭や家財が狙いだろうが、アマンダの目的はフィンだけだ。アマンダを見つけることができれば、必然とフィンも発見できるはず」

「ええ。もう間もなくアデルオルト公爵夫妻もこちらへやってくるでしょうから、それまでに不当人どもを一掃しておかなければなりません」


 偵察した時と同様に数組に分かれたギルバートたちは、一人の討ち漏らしもないよう、各出入り口から突入した。


「うおおおおおっ!」

「ぎゃぁぁぁぁぁ!」


 すでに家人を虐殺して家財を物色していた賊を斬る。仲間がやられたことに気が付いた賊が襲い掛かってきたが、ギルバートたちは難なく返り討ちにしては先に進んだ。


「さすがギル様ですね。Aランクの腕前は伊達ではありません」

「そういうお前も同ランクだろう? その得物では賊の方が不憫に感じるぞ」

「…賊に情けを掛けないでくださいね」


 そう言うなりグイードは、自身の体格に見合った大剣で、一斉に斬りかかってきた賊を一薙ぎで黙らせた。

 平常心を取り戻した二人は、軽口を叩きながら次々に賊を…時にはジョルジュが雇う傭兵たちを、斬り捨てて行く。ギルドに認められたAランカーの腕前を、ならず者たちは命を賭して知ったのだった。


「殿下! お探しの方を発見いたしました!」


 一、二階の賊をあらかた殲滅したギルバートは、別の出入り口から進行した騎士の報告を受け、彼について邸の外に駆け出した。


「あちらを!」


 指し示されたのは上方。太陽の光を遮るよう、手のひらで庇を作って見上げれば、邸の屋根の上には、アマンダに抱えられたフィンの姿があった。


「フィン!」

「!」


 反射的に少女の名を叫ぶと、彼女もギルバートに気が付いたのか、驚きに目を瞠った。

 屋根の上ということも忘れて身を乗り出したフィンを、背後のアマンダが引き戻し、彼女もまたギルバートの存在に気が付いたらしく、ニタリと口角を持ち上げた。


「ご無沙汰しておりますわ。ギルバート殿下! ふふふ。ご機嫌麗しゅう」





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