第38話  突然の来訪(★)

 結局、意味深にニヤつくばかりで ネタを明かさないヴォルターとどうやらわかったらしいが話そうとはしないゼオンに退室の断りをして部屋を出ると、廊下には衛士の他にグイードが待っていた。


「帰城の挨拶と報告は済みましたか?」

「ああ。だが父上たちは既に大体の状況を把握しておられた」


 歩き出したギルバートに半歩ほど下がって付き従うグイード。等間隔に並んだ廊下に射し込む四角い陽の光を踏みながら、二人は城の東側に位置する王太子の居住区域へと向かう。

 幾何学模様のタイルが張られた広い廊下はピカピカに磨かれ、窓枠や石造りの柱一本一本には複雑に絡み合うヴァラの彫刻が施されており、両端に飾られた美しい絵画や厳めしい甲冑、螺鈿細工の花瓶などが、見る者の目を楽しませると同時にどこか威圧的なものを感じさせる。

心做こころなしか旅立つ前とは違って見える見慣れたはずの城内に、思わず口角が持ち上がった。


「いかがなされましたか?」


 主の僅かな変化にも目敏く気が付くグイードに、何かが気になることでもと訊かれたギルバートは、彼を振り返り小さく首を振って答えた。


「いや。…俺も一応少しは成長したのかと思っただけだ」


 旅先で見てきた民たちの生活があってこそ、王城の維持ができるのだと改めて感じた。

 足を運び直に見てこなければ、きっとわかったつもり・・・・・・・で満足する愚か者のままだっただろう。


「?」


 答えが伝わらなかったらしくグイードは眉を顰めていたが、ギルバートは肩を竦めただけでそれ以上語らず、前を向いて歩調を速めた。


「感傷に浸るのは後回しだ。とにかく今はフィンの救出が最優先だからな」

「そうですね。公然と動けないのが痛いですが、陛下も手をお貸しくださるでしょうし、人員が増えればやれることも増えるでしょう」

「ああ。早いところ従妹殿を迎えに行ってやろう。きっと今頃心細い思いをしているだろうからな」


 幼くか弱い見た目に反して、芯が強く忍耐強い少女。しかしジューンや孤児院から離され、不安に過ごしているに違いない。


(もう少しの辛抱だ。すぐに助け出してやるぞ、フィン!)


 窓越しに見上げた空は、初めてフィンと出会った時に見た時と同じ、燃え盛る炎のような橙色に染まっていた。



 *



 ギルバートたちの焦る気持ちに反し、フィンの居場所がなかなか掴めないまま半月が過ぎた。

 教会に提出されている婚姻証明書からトランティオの結婚歴を調べ、いつ、どの家から妻が娶られているかはだいたい判明したが、それ以外…妾や愛人などは何十人という数に膨れ上がり、到底調べきれるものではなかった。


「上位貴族の家ならばともかく、子爵家や男爵家では妻として娘を出せないからな」


 集められた調査書を睨みながら唸るギルバートに、同じく書面を見つめるグイードが同意した。


「ええ。身分差から妾か愛人止まりでしょうね。よほどトランティオ公爵が執着でもしない限り……いえ、そうなればやはり上位の家に養子に出したのちに妻として娶りますか」

「う~~~ん、執着なぁ。そこまで執着するのなら、離婚しないんじゃないか?」

「いえ、公爵がこだわるのは若さ・・ですから。それが証拠にどの妻も大体十六、七で結婚しています」


 一番最近離婚した妻も十七で嫁いできたのだと教えられ、ギルバートは「はぁ⁈」と驚嘆した。


「十六、七で結婚し、二十半ばで離婚・・・。で、でもまあフィンはまだ十二歳だから、ヤツの守備範囲外だよな?」


 狼狽えてそう訊ねるギルバートに、グイードは固い表情でそれを否定した。


「婚姻した相手は、正式な妻ですから。愛人などはその限りではないようです」

「まさか…」


 手渡された調査書を覗き込むと、書かれていた被害者少女の年齢で一番低いものはギリギリ二桁だった。


「しかもそれは判明しているものですから、もしかしたらもっと幼くして手に掛けられた被害女性もいるかもしれません」

「っ! 畜生にももとるクズ野郎が‼」


 怒りに思わずぐしゃりと書類を握り締めたが、グイードは叱ることはなかった。

 返した書類を丁寧な手つきで広げるグイードの姿を見て、ギルバートは深呼吸を繰り返し、落ち着きを取り戻した。


「そうなるとフィンの幼げな容姿は、猶予どころか不利に働くかもしれない。成人するのを待たずにトランティオに渡されれば、最悪の結果になることは目に見えている」


 ヴァラの刻印があっても無くても、フィンに迫る危機は変わらないとわかった今、悠長に構えているわけにはいかない。ギルバートは急く気持ちで立ち上がると、部屋の隅に控えていた側仕えにヴォルターの元へ訪問してもよいかを聞いてくるよう命じた。


「急にどうしたんですか?」

「いや、父上の方の進捗状況が聞きたくてな。もしかしたら新しい情報を掴んでおられるかもしれないし」


 そう言って部屋を出ようとしたギルバートがドアの前まで来ると、まるで図ったようなタイミングで廊下側に立つ衛士から客人が来たことを知らされた。


「客? 誰だ?」

「はっ。王妃様でございます」

「は、母上だと⁈」


 訪ねてきた相手が母・シェセリアーナだと知り、ギルバートは激しく動揺した。

 なぜなら彼が年頃となり後宮から離れて以降、勉強と鍛錬に明け暮れ、なかなかゆっくりと会うことがないままいつしか共通の話題に事欠くようになり、自ずと足が遠のいた。

 外見がヴォルターに似たギルバートと違い、母親似の弟妹はとても可愛らしく、招待されれば時間を作ってお茶会に顔を出すこともあったけれど、その時もほとんどシェセリアーナとは顔を合せることはなかった。

 良くも悪くも性格が似ている二人は、互いに遠慮が働き、交流の機会を逃し続けていた。それなのに、


(どういう風の吹き回しだ?)


 混乱し沈黙したまま固まるギルバートに代わり、返事がもらえず困り果てる衛士に、グイードが客人を通すよう指示した。


「ギル様、呆けている場合ではありませんよ。王妃様をお迎えしてください」


 無遠慮に背中を叩かれたギルバートは、漸く我に返ると側仕えに客人を迎える準備を任せ、覚悟を決めてドアを開けさせた。


「お待たせいたしました、母上。突然いらっしゃるなど、いかがいたしましたか?」


 王太子余所行きの笑顔で歓待したが、部屋に入ってきたシェセリアーナの表情は些か硬く、しかも彼女の背後には予想外の連れがいた。





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