第24話 別れ
サリアのお金がどこに仕舞われていたのかも知らなかったし、袋を見せられた時も、それが誰のもので何が入っていたのかもわからなかったと言うと、サリアはフィンの肩に掴み掛り、がくがくと揺さ振りながら声を荒げた。
「嘘よ! よくそんなことが言えるわね! この泥棒!」
きっとわかってくれると一縷の望みをかけて話したが、期待は一瞬で砕け散った。
お金を返せと責め続けるサリアに、フィンは悲しくて仕方がなかった。
「おやめなさい、サリア。とにかく話はわかったので、あなたは先に部屋へ戻りなさい。お金は…全額とは言えませんが、私の方で用意いたしましょう」
「ホントですか⁉ 院長先生、ありがとうございます!」
お金が返ってくると聞いた途端、放り出すようにフィンから手を離したサリアは、コリンナに何度も何度も感謝の言葉を繰り返し、機嫌よく院長室を後にした。
「ではフィン、今度はあなたの…今後の話をしましょう」
「院長先生、盗難騒ぎについてはもうよろしいのですか?」
わざとらしいアマンダの問い掛けに、コリンナは疲れたように首を振った。
「シスター・アマンダ。あなたも聞いていたでしょう? サリアのお金は私が用立てると。ですからこの話はもう終わりです」
きっぱりとした口調で断じられたアマンダは、どこか面白くなさそうな雰囲気だった。けれど何かに思い至ったらしく、ふっと口角を持ち上げた。
「そうですね。もう直かなりの額の寄付金があるはずですもの。サリアにはきっと全額用意できますわね」
「シスター・アマンダ!」
アマンダの含みのある言い方を、コリンナが咎めた。しかし彼女は失礼しましたと口では謝罪したものの、その目は楽し気に細められたままだ。
そんな二人を、押し潰されそうな気持で見ていたフィンは、とうとう圧し掛かる不安を我慢できなくなり、自らコリンナに話を切り出した。
「院長先生っ、わたし、養女に行くって決まったんですか?」
「!」
弛んだ瞼のせいで細いコリンナの双眸が驚愕に見開かれ、そしてすぐに伏せられた。
「…ごめんなさいね。先方の強い要望と領主様からの要請に、どうしても断り切れなかったの」
絞り出すようなコリンナの一言に、フィンは落胆した。ギルたちによって持ち直した気力が根こそぎ失われ、目の前が真っ暗になった。
「まあ、院長先生もフィンも、なぜそんなに肩を落とすのです? 親のない孤児院の子供が裕福な家庭に引き取られて幸せになるのですもの、喜ばしいではありませんか!」
客観的に見ればアマンダのセリフは正しいのかもしれない。確かに孤児院の子供のほとんどは、フィンに訪れた養子縁組の話を羨むことだろう。しかしそこに本人の意思はなく、また拒絶する権利も与えられていないのだ。
ショックが大きいフィンは、その後どうやって部屋まで戻ったのか記憶がなかった。ただずっと励まし続け、養子縁組を回避できる方法を調べてくれていたジューンやギルたちにどう伝えようかとばかり考えていた。
明かりのない暗い部屋に戻ると、同室の子供たちは既に夢の世界へ旅立っており、フィンは寝間着に着替えることなく、ベッドの上で膝を抱えた。
どうしてこんなことになってしまったのか。ジョージが来たあの日、メアリーが言ったように、勝手な行動をしたからいけないのか。
膝に顔を伏せて静かに涙を流していると、寝ている子供たちに配慮した小さな声が聞こえてきた。
「出て行きなさいよ」
びしょ濡れの顔を上げて声がした方を見ると、いつの間にか室内にはちびたロウソクの小さな明かりを携えたメアリーがいて、眉間にシワを寄せてフィンを睨んでいた。
「メアリー…?」
なぜこんな真夜中に? と首を傾げると、彼女は再び口を開いた。
「さっさと荷物をまとめて、出て行けばいいのよ」
「え?」
「嫌なら逃げればいいだけでしょ。簡単じゃない」
*
その日は朝から雨だった。
灰色の短い髪を丁寧に整えられ、強制的に着せられたやや色褪せたターコイズグリーンのワンピース姿のフィンは、身の回りの物を詰めたあまり大きくない古い旅行鞄ひとつで、孤児院前に停められた馬車へと押し込まれた。
「ジョージ様、なにとぞ、なにとぞ、フィンのことをお願いします…っ」
雨に濡れることも構わず、玄関の前で何度も何度も頭を下げ、懸命にフィンを頼みますとジョージにお願いするコリンナに対し、アマンダは雨天などものともしない晴れやかな笑顔で、項垂れるフィンを楽しそうに見ている。
「心配は無用ですよ、院長先生。フィンは私の元で、必ずや立派な淑女にお育ていたします」
自信満々にそう告げるジョージは、馬車の中でカバンを抱えて俯いているフィンを振り返り、再びコリンナへと顔を戻した。
「では、これは今回の養子縁組においての書類と、お約束していた契約き…いえ、寄付金です。どうぞお納めください」
そう言うと、彼の斜め後ろに控えていた従者が、中身がいっぱいに詰まった袋をトレイに乗せて差し出した。
「まあ、ご丁寧にありがとうございます。こちらは当院で子供たちのために使わせていただきますわ!」
受け取ろうとしないコリンナに代わり、アマンダが嬉々として袋を受け取る。既にサイン済みの書類を交換したことで、正式にフィンは里親に引き取られたことが証明されてしまった。
そんな大人たちの遣り取りを馬車の中から悲し気に見ていたフィンは、孤児院の建物の脇に生えている大木の陰に、メアリーの姿を見つけた。
木の葉からの雨だれに濡れながら、ぎゅっと唇を噛んで佇むメアリー。彼女は最後の夜となった昨夜、窓の外が白むまでずっと、フィンに悪態をつき続けていた。
『バカね。後のことなんて考えないで、逃げちゃえばいいのに。本っ当に、アンタってバカね』
そう罵りながら、彼女は何度も何度も目元を袖で拭っていた。
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