第23話 容疑
意図せずアマンダの過去を知ってしまい、なんとなく顔を合わせずらいような気持ちで孤児院へ帰ったフィンを待ち受けていたのは、サリアの敵意の篭った眼差しだった。
「フィン‼」
年季の入った玄関のドアを開けるなり鋭い声で名前を呼ばれ、驚きと混乱で竦んだフィンに、サリアは見覚えのない布の袋を突き付けた。
「アンタ、これがなんだかわかるわね」
「え? わかんな…」
キルト風と言えば聞こえはいいけれど、端切れを寄せ集めて作られた袋。見覚えがないので首を横に振って否定すると、サリアは更に目を吊り上げた。
「嘘つくんじゃないわよ! これはあたしのお金が入っていた袋なの! 今日帰ってきたら無くなってて、さっきまでアマンダさんやみんなが一緒に孤児院中を探し回ってくれたのよ! そしたらヘンリーがアンタの枕の下にあったって持ってきたの!」
「え‼ ちがうっ! わたしじゃな…」
否定しきる前にパンッと破裂したような音が左頬で鳴り、ジンジンと痛みが追いかけてきた。
「アンタじゃなかったら、誰だっていうのよ! しらばっくれんじゃないわよ!!」
逃がさないためなのか、フィンはサリアに腕を掴まれ、騒ぎを見ているみんなの前へ引き摺りだされた。
「アンタんとこにこれがあったのは、みんなが見て知ってるんだから! さあ! 中に入っていたお金を返しなさい!」
サリアの剣幕と子供たちからの突き刺さるような侮蔑の視線が怖くて、フィンはがくがくと震えながら必死で頭を振り続けた。
「ちがう…ちがう…わたしは盗ってないっ」
誰一人としてフィンを擁護してくれるものがいない中、凛とした大人の女性の声が割り込んだ。
「サリア、落ち着きなさい。もうすぐ夕飯の時間なのですから、まずはその準備をいたしましょう」
「でも、アマンダさん!」
勝ち気でしっかりしているサリアが涙交じりにアマンダに訴える。
「あたしの大事な大事なお金なんです! 少し前からへナードさんが下働きとして住み込みで雇ってもいいと言ってくれてて、必要なものを揃えるために一生懸命貯めてたんです!」
「わかってます。あなたがどんなに頑張っているのかは。ですがみんなの目があるここで問い詰めても、フィンは認めづらいでしょう。食事を終えてから院長先生を交えて、改めて話し合いましょうね」
泣き出したサリアの肩を抱き寄せたアマンダは、優しく静かに語り掛ける。
「さあ、みんなも。食堂へ行ってお手伝いをしましょう。みんなで準備すれば、すぐに食事ができますよ」
「「「はーい」」」
「さ、サリアもお行きなさい。また後でちゃんとお話ししましょう」
「…はい」
お腹をすかせた小さな子供たちが、元気に返事をして食堂へと駆けてゆく。それに続いてサリアが涙を湛えた目でキッとフィンを睨み、何も言わずに子供たちの後を追って行った。
その後ろ姿を微笑みで見送ったアマンダは、一つ小さく嘆息すると、打って変わった氷のような視線をフィンへと向けた。
「またこのような騒ぎを起こして…。あなたは食事抜きです。後で院長室に呼びますから、それまでは部屋にいなさい」
有無を言わせない厳しい態度でそう告げると、立ち尽くすフィンに背を向け、数歩先ですぐに足を止めた。
「そうそう。言い忘れていましたが、ジョージ様との養女の件、了承の返事をしておきました」
「っ!」
勝手に返事をされたことに愕然としていると、彼女は肩越しに振り返り、青褪めたフィンに止めの言葉を投げつけた。
「あの方の元へ行けば、一日中侍女が目を光らせて淑女らしい所作を叩きこんでくれるでしょうし、厳しい教師を付けてきちんとした教育を施してくれますからね。覚えなければならないことがたくさんありますから、盗みはもちろん、男を誑かしてる暇などなくなるでしょう」
そう告げたアマンダは、くすくすと笑いながらゆっくりとした足取りで立ち去った。
残されたフィンは絶望に打ち拉がれた虚ろな目で、ぼんやりと彼女が去った先を見つめ続けていた。
*
同室の子供たちの寝息やいびきが聞こえる夜半過ぎ。明かりのない暗い部屋でくうくうと空腹を訴えるお腹を宥めながら、フィンはベッドの上で膝を抱えていた。
先刻、みんなが夕飯を食べ終えて後片付けをし、部屋に戻って寝支度を始めた頃、フィンは院長室へと呼ばれた。
薄暗い廊下を重い足取りで向かい、ビクビクしながらドアをノックすると、内側から冷たい表情のアマンダがドアを開け、室内へと通される。中には既にサリアが来ていて、先ほどと変わらず、フィンを憎しみを込めた瞳で睨んでくる。
コリンナが座る執務机の前まで進むと、彼女はサリアとフィンの顔を交互に見上げ、小さく溜息を吐いた後に、あまり血色の良くない薄い唇を開いた。
「話はシスター・アマンダから聞いています。サリアのお金をフィンが盗んだ、ということですね」
「はい! あたしがお金を仕舞っていた袋が、フィンの枕の下から出てきたんです!」
「しかし盗み出すところを見たわけではないのでしょう?」
「え? …で、でも! 誰にもわからないように、ベッド下の物入の一番奥にしまってあった袋が、フィンの所にあったんです!」
見つけるまでの経緯と発見時の状況を、鼻息を荒くして説明するサリア。フィンが盗んだ以外は考えられないと力説するサリアの声を、フィンはただ黙って聞いていた。
「…わかりました。フィン、サリアはそう言ってますが、あなたの意見はどうかしら?」
コリンナの落ち着いた声に訊ねられ、俯けていた顔を上げたフィンは、それぞれ違った感情が顕わな三人の視線が集中する中、小さい声なれどもはっきりとした口調で否定を告げた。
「違い、ます。わたしは、サリアのお金なんて盗ってません!」
サリアとも幼い頃は仲が良かった。だから真実が伝わるよう、彼女の目を真っすぐに見つめた。
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