【第3話】虚空の王Ⅰ

「……何故その名を知っている?」


 シオンがみやびと初めて出会ったのは、二十二歳の頃。

 まだ能力管理機構ウォーズ副支部長の座に就く前のこと。


 雅とは同じ組織に属し、そして、確かにそこでシオンは≪虚空こくうの王≫と呼ばれていた。


 よって、雅がシオンをその名で呼ぶのは間違いではない。

 だが、間違いではないから余計に、雅が発した言葉がシオンを委縮させた。


「だから言ってるでしょ、未来から来たって。それもあなたの命令でね」


 自らが置かれた状況を考慮すれば、前半部分を無理やり許容することは可能だ。

 しかし、後半部分はそうはいかない。


 雅はシオンに命令されたとはっきり口にするも、同じく未来から来たシオン自身にそんな記憶など欠片も無いが故、その言葉を鵜呑みにはできなかった。


 もしも、万が一の話だが、記憶を読みとる能力スティグマに自分の記憶を知らぬ間に覗かれていたら──という可能性をシオンは捨てきれずにいたのだ。


「どうやって過去に戻ってきた? ……まずは証明しろ」

「なにを?」

「言っただろ、未来から来たって」

「証明って……そうね、シオンはお母さんからプレゼントされた熊のぬいぐるみを──」

「そんなのデタラメだ!」

「なによ、本当のことじゃない!」

「…………第一、俺の記憶を能力スティグマで覗かれた可能性だってある。口先だけで信用できるか」

「記憶を覗くって……そんな能力スティグマ聞いたこともないわよ」

「それを言うなら、時を超えるなんてもっとありえないだろ?」

「……じゃあどうすればいいのよ!」


 実際、雅の言う通りだった。


 何を示せば、未来から来たことを証明したことになるのか。

 口先だけの言葉ではない、確固たる証拠をシオンは求めていた。


 それこそ、直接記憶を覗くことが出来れば、話は早かったのだろう。

 ことが出来れば──


 矢先、シオンの脳裏にある一つの可能性が浮上する。


 これならばと考え、彼はすかさず思ったことを口に出した。


「俺と模擬戦をしろ」

「…………え?」


 突拍子もない発言。雅の反応はいたって正常だ。

 しかし、これがまた理にかなっていた。


 我ながら妙案だと思ったシオンは、少し胸を張り、質問を投げかける。


能力スティグマの三大法則はなんだ?」

「三大法則? それがどうしたのよ」

「いいから答えろ」


 意図を理解できていない様子の雅は、戸惑いながらも口を開いた。


「分かったわよ……一つ目は『コードは一人一つしか持ち合わせていない』こと。

 詳しくは知らないけど、プロ野球選手であり、プロサッカー選手であり、プロバスケット選手でもある人なんていない。一種の才能みたいなものだって聞いたわ」


 雅の回答にシオンは頷き、続けて二つ目を要求した。


「二つ目は『人類が考えもしない、認識していない概念に基づいた能力スティグマは存在し得ない』だよね?」

「そうだ。じゃあ三つ目は?」

「もちろん知ってるわ。一番重要だもの。『コードの理解の深さが能力スティグマの強弱に影響する』。これがどうしたのよ?」


 そう、この三つ目こそが今回に限っては重要であり、雅が未来から来たことを証明する糸口だった。


 未来から来たという証言が事実であると仮定した場合、シオンはもちろん、雅も未来の記憶を維持した状態でこの場所にいることになる。

 であれば、能力スティグマの強さはコードの理解度に依存するため、身体的な部分はともかく、理論上は能力スティグマの強さも未来のそれに匹敵する、ということに他ならないとシオンは判断したのだ。


 ──と、ここまでヒントを出しても未だピンと来ていない雅に向かい、シオンは最後のヒントを送る。


「雅は位相幾何学いそうきかがくの≪ワームホール理論≫に干渉アクセスできるコードを持ってるだろ」

「そうだけど……」

「まだ分からないのか。アホもここまでくれば清々しいな。いいか、この時代のお前は位相幾何学なんてろくに理解していない言葉通りのアホだ」

「アホって何回も言わないでよ!」

「頼むから少し黙ってくれ……実際、ランクAに上がったのも能力管理機構ウォーズに入る少し前だろ? けど、本当に未来から来たんなら、その力を使いこなせるはずだろ?」

「な、なるほど……」


 やっと理解してくれたようだ。

 そして、本当に理解しているのであれば、彼女の性格上、断られることはないだろう。


 いや、推測ではなく、絶対に断らないと言い切れる。

 だからこそと言うべきか、雅は朧気に、そして少々の不安を漂わせ話を切り出した。


「でもいいの? 模擬戦って本来なら許可証が必要だけど」

「大丈夫だろ。ここは旧校舎の端の端。あいにく、周りには監視システムも無いみたいだからな」


 これを聞いて安心したのだろう。

 シオンの瞳には、雅が先ほどよりも緊張が解けた様子に映っていた。


「そうね……いいわ。その提案、呑もうじゃない!」


 もはや“信じさせるため”という目的を忘れていそうなほどに、雅は満面の笑みを浮かべる。


(まったく、根っからの戦闘中毒者バトルジャンキーだな)


 目の前に立っている雅の仕草や接し方、温かい雰囲気は、確かにシオンが知る彼女そのものだった。

 だが、信じるに足る証拠がない以上、手合わせをして確かなものにするしかない。


 シオンはそう思い、表情を硬く閉ざし意識を集中させた。

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