【第1話】旧友との邂逅Ⅰ

 ≪能力スティグマ≫。

 人類の在り方を根本的に変えてしまった、異能の力。


 この力を語るにはもう一つ、重要なことを説明しておく必要がある。


 それは──≪アクセスコード≫(略称≪コード≫)と呼ばれる存在だ。


 コードとは、人類が認識している法則や理論といった概念へ、直接的に干渉アクセスすることの出来る臓器コード──と称するべきだろうか、目には見えずとも、人であれば誰もが必ず一つ、生まれ持っているものである。

 重要なのは、ただ概念に何かしら干渉アクセスすることが可能、という訳ではないことだ。


 干渉アクセスに終わらず、干渉アクセスした概念を理解し、想像し──体現させることが出来る。


 この体現させる現象を、“科学を超えた科学”、“理を超越した神の刻印”の意を込めて、人々は能力スティグマと呼んでいる。


 能力スティグマ至上主義社会の現代では、能力スティグマの強さに応じて個人のランクがS~Eに振り分けられ、その中でも人類のおおよそ一割程と言われているランクA以上の能力所持者スティグマホルダーをどれだけ所持しているかが国力に直結する。


 そのため、各国の権力者たちは、有能な能力所持者スティグマホルダーを育成するための機関設立を、半ば強制的に設立させた。


 そして、この春から神月かみづき シオンが通うこの場所、私立慶海学園しりつけいみがくえんもその一つであり──この物語の最初の舞台でもある。



 ♢♢♢



 西暦二〇九八年四月七日、月曜日。

 あの悪夢から二日後。


 今日から彼、神月かみづき シオンは高校生として、新たな人生……いや、第二の人生とでも形容すべきだろうか。

 その一歩目を踏み出そうとしていた。


 空は青く、桜舞い散る見慣れた街並み、そして良く知った顔ぶれ。

 つい数年前まで着ていた馴染みのある制服を身に纏い、ここ私立慶海学園しりつけいみがくえんの門をくぐる。


 私立慶海学園──通称≪慶学≫は、歴史こそ浅いものの、一般教養を含む学問はもちろん、西暦二〇六一年から導入された≪能力スティグマ教育学≫に至っては、世界ワールドクラスの超名門である。


 能力スティグマ至上主義なご時世、慶学への入学を許可されたということ自体がエリートの仲間入りを意味するに等しい。


 それ故に、入学方法は余りに排他的だ。


 実のところ、慶学は能力管理機構ウォーズが直接に運営をしている高校であるため、推薦という形をとれば、有用で強力な能力スティグマを保有している場合に限り、容易に入学することが可能である。


 しかしそうでない場合、他を寄せ付けない程に学問に富んでいることが条件に挙げられる。


 前者の場合、学問の知識は並程度であれば入学できる上、卒業までの道のりも決して険しいものではない。

 だが後者の場合、在籍中に挫折を味わい退学という形をとるか、慶学を卒業するまでに能力スティグマをさらに開花させるしかないのが現状だ。

 ──と言っても、挫折して自ら退学する者は、大抵一か月足らずでふらっと居なくなってしまうため、一年も在学していれば嫌でもエリートの風格が身につくものだ。


 ちょうど今、シオンの目の前にいる少年のように──


「お! その真新しい服装、新入生だな」


 シオンと比べれば少しばかり大人びている気前のよさそうな少年は、挨拶のつもりだろうか、やたらと親しげな雰囲気を醸し出しつつ、シオンを見つけるなり遠くから近づいて来た。


 言葉の節々から察するにシオンよりも年上。

 恐らく、シオンの先輩なのだろう。


 だが、記憶をそのままに過去へ戻ってきたシオンの脳内に、彼の記憶はなかった。

 記憶に障害が生じている訳ではなく、単に彼を知らないのだ。


 慶学に在籍している生徒数は、約三百名。

 上級生ともなれば、知らなくても不思議ではない。


 ただ、たった一つ、シオンは気になっていることがあった。

 先輩の左腕で揺れている、ひと際目立つ腕章だ。


 ベースカラーは黒色。

 中心には慶学のシンボルである鷹が大きく刻まれているそれを、目を丸くして見つめるシオンは、「その腕章……」と言葉を漏らした。


「これを知ってるのか?」

「一応……有名なので」

「ハハ! まあ、そんなにかしこまる物でもないよ」

「と言われても……それを付けてるって事は、ですよね?」

「俺はその呼び方嫌いなんだけどな。君はこれが何を意味するのか、その本質を知っているか?」


 シオンは少しのあいだ黙って、言葉を選んで問いに答えた。


「慶学に所属している生徒の中でトップの実力を備えた九名の生徒に与えられる特別な称号。ですが、本質と言われると…………能力スティグマを持った人類の台頭により個々の自己主張が強くなりすぎたこの時代で、一種の抑止力とも呼べる存在──それがクラウン。ですかね?」


 言うと、シオンは顎に添えた手を払い、先輩を見上げた。

 そして、先輩は不敵に笑い、拍手で応えた。


「正解だ。より砕いて言えば、強大な力をさらに強大な力で統括するための制度や仕組みみたいなもの、だな。

 無法地帯になるくらいなら一握りの人材に権力を握らせ、疑似的な平和を作り上げてしまおう。この腕章にはそんなメッセージが込められているんだよ。

 それに、クラウン制度を導入しているのは慶学だけじゃない。あらゆる機関や組織で幅広く、それも秘密裏に利用されているのさ……にしても、君は物知りだねぇ。

 普通はこの制度に何の疑問も持たず、本質に気付きさえしないのに……今年は有望だなっ! そりゃから堂々と入ってくる訳だ」


 ──裏門。


 これを聞いてシオンは「あっ」と声を上げた。


 裏門は正門とは真逆の位置かつ、人通りの少ない通りに面している、言わば裏ルート的なものだ。


 在学生ならまだしも、本日付で入学してくる新入生が裏門から堂々と入ってくる光景を先輩が不思議がるのも無理はない。


「すみません……つい癖で」

「癖!? ハハ! 面白いね、君。ともあれ、早くしないと入学式が始まっちゃうぞ? そうだ、ちょっとデバイスのアクセス権を貰ってもいいかい?」

「アクセス権ですか……どうぞ」


 シオンは言われた通り、コンタクトレンズ型AR通信デバイス──≪a-tech≫のローカルアクセス権を譲渡した。


「自分で言っておいてアレだけどさ、そんな簡単に渡しちゃダメでしょ……」

「見た感じ、先輩はお節介で良い人みたいですから。どうせ、入学式会場までの道順を、俺に教えてくれようとしたんじゃないですか?」

「どうせって、その通りだけど。そんな言い方されたら悲しいだろ…………ほら。それを開いてくれ」


 受け取ったファイルをシオンが開くと、視界には地図アプリ──慶学を俯瞰的に見下ろすことができる、3Dローカルマップが表示された。


「この線に沿って行けば、入学式会場でもある講堂に着くから」

「これって、慶学の機密資料なんじゃ……」

「バレなきゃ大丈夫だって!」

「……そういう事なら、有り難く受け取っておきます」

「そうしてくれ。俺からのプレゼントってことでさ! っと、ついでにこれも。困ったことがあれば俺を頼れよ」


 先輩が空中を指でなぞると共に、シオンへ届いた一通のメール。


 開くと、中には『西園寺さいおんじ 作造さくぞう』と名付けられたプロフィールに、『俺のプロフィールだ。よろしく!』と一文が添えられていた。


(西園寺……どこかで聞いたことがあるような……)


 クラウンにまで登り詰めた人物であれば、例え上級生でも名前くらいは聞いたことがあるだろう。


 それでも思い出せないものはしょうがない。

 何せ十年も月日が経っているのだ。


 そう考えたシオンは思考を切り替え、次にプロフィールの内容に目を向けた。


 これがまた、能力スティグマ至上主義思想を思わせる、如何にも慶学生仕様なプロフィールだった。

 名前や性別、年齢の他、普段友人同士でのやり取りで決して記載されることはない、能力スティグマのランクすらも記載されている。


「ランクA……先輩、見かけによらず凄いんですね。流石はクラウンです」

「口の減らない新入生だな……ところで、君はくれないの?」


 言われて、シオンは表示されている西園寺のプロフィールの下──≪登録≫をタップした後、続けて自分のプライベートフォルダを開き、≪送信≫をタップした。


 言うまでもないが、入学したてのシオンが慶学生仕様にプロフィールを変更している訳もない。

 だからこそ記載されていない部分は口頭で、それも嫌味なくらいハッキリと、口にして伝えた。


「俺は神月 シオンです。因みにランクはEなので、どうぞお手柔らかに」

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