雪月風花の真実

「風花ちゃんの真実がわかったんだ。でも、本人に伝えるべきではないかもしれない」

 岸が深刻な顔をして時羽に説明する。


「真実って?」

「実は、彼女のお母さんを不幸にしてほしいと望んだのは雪月風花ちゃん本人なんだ」

「はぁ? どういう意味だよ」

 時羽はきつねにつままれたような顔をする。


「死神堂で、当時接客した母親に聞いたんだ。彼女は幼少期に教育虐待を受けていたらしい。母親が高学歴で、必要以上に勉強を強要させた。時には暴力や食事を与えないとかそういった虐待もあったらしい。父親は家庭よりも仕事ばかりで、他に愛人がいたらしい。その様子を見かねた当時近所に住んでいた高校生の女子が当時7歳の風花ちゃんを死神堂に連れて来たらしいんだ」


「でも、7歳の子供が自分の親を殺したいなんて願うのか?」


「どちらかというと、女子高生が風花ちゃんにお母さんにいじめられない方法だと言って取引を望ませたらしい。本人も自覚はなかったのかもしれないけれど、お母さんが不幸になるようにというねがいを本人に言わせて取引は成立したんだ。だから、彼女の寿命は妙に短かったってことだ。後日、その女子高生が少し寿命を渡すから、あの母親を殺してくれと言ってきたということだ」


「なんで、近所の女子高生がそこまでするんだよ?」


「女子高生は母子家庭だったんだけれど、母親が不倫をしていることに気づいていたんだ。その相手が近所の風花ちゃんの父親だった。町内会の役員つながりで仲良くなったらしいんだけどね。風花ちゃんの父親は子供に厳しくする妻に嫌気がさしていて、夫婦仲は悪かったみたいだね。だから、他の女性と親しくなって家庭から逃げていたのさ」


「でも、雪月はそのことを覚えていないのだろ?」

「覚えていないな。それは、消去屋のおばあちゃんが現役だった頃の話で分かった事があったんだ。雪月風花の名前を言ったらおばあちゃんは知っていたんだ。でも、取引のことはかたくなに話してくれなかった。でも、風花ちゃんが死神堂で取引したいという嘘を話したら、おばあちゃんはそれはだめだと必死に止めた」


「必然的に理由を聞くことができたってことか」


「そうなるな。風花ちゃんの近所の女子高生は、自分の記憶と死神堂に来て取引をした記憶を風花ちゃんから消してほしいという取引をしたらしい。女子高生は、大切な何かと引き換えに、消去を依頼した。だから、彼女は近所の女子高生のお姉ちゃんのような存在がいたことを覚えていないんだ。そして、自分が母親殺しに加担したことは覚えていない。うまい口車に乗せられて、一時的に子供が母親の不幸をねがったというのが本当のところだろうけれどね。それで、幸せになれると言われたんだろう。信頼していた近所のお姉ちゃんが言うんだ。小学校に入ったばかりの子供は疑っていないだろう」


「これは、知らないほうがいい真実なのかもしれないな。でも、雪月は母親はいい人だと言っていたな。その記憶は消されているのだろうか?」


「消去屋に3つ以上頼むことは相当依頼人が失うものが多いから、多分消去屋のせいじゃない。おそらく、風花ちゃんが自ら記憶を封印したのかもしれないし、消去してしまったのかもしれない。人間は自己防衛の力があるから、嫌なことは忘れることも多いんだよ。そして、子供は親が大好きだから、完璧な神様みたいな存在だと幻想を描くことが多い。そして、不倫の事実は風花ちゃんは知らないからな」


「なるほど。そういうことか。知らないほうがいいこともあるのかもしれないな。その女子高生は今も生きているのか?」


「多少寿命が短くはなっただろうけれど、きっとまだこの世界のどこかで生きているのかもしれない。でも、幸せになったかどうかはわからないな。死神堂は今後の人生の保証はできないからな」


「幻想堂も同じだな。客の人生の幸せな保証はできないからな」


「風花ちゃんには、とりあえず死神堂に依頼した人物はいるけれど、今は死んだと伝えるよ」


「そうだな。怨むべき相手はこの世にいないほうがいいからな。人間は、生きている人間には手厳しい怨みを持つことが多いよな」


「風花ちゃんは寿命を幼い時に取引させられた被害者なんだよ。無自覚な幼少期に取引をうまく誘導させられて寿命を短くされてしまった。だから、寿命を取引する家に生まれてしまった僕たちだからこそ、彼女を守って行かなきゃいけないと思うんだ」


 雪月と連絡が取れないので、岸と時羽は二人で自宅へ向かった。時羽はいつも自宅前で待ち合わせして週末は桔梗の自宅に行くので、岸を雪月のマンションへ案内することにした。時羽だけならば、そんなことはできなかったかもしれない。でも、岸は積極的で友好的で頭の回転の速い男だ。だからこそ頼ることができるし、雪月が拒否しても押し切ろうという気持ちになる。時羽の性格ならば拒否されたら引き下がってしまうので、そのまま何もできないというのが本当の所だ。それに、あんなに感情的になったあとに二人で会うというのは正直気が引けた。


 そんな状態で雪月が応対してくれるかどうかは全くもって自信がなかった。居留守や無視されることもあるかもしれない。でも、少し時間がたったから、冷静に話を聞いてくれるかもしれない。そんなやきもきした気持ちで時羽はインターホンを押す。反応がない。やっぱりだめか? しかし、少し待つと雪月は普通に応答した。


「はい。雪月です」

「風花ちゃん、岸海星だよ。時羽も一緒だけど、お邪魔してもいいかな?」

 優しい声で岸は話しかける。拒否されないだろうか。時羽は不安な気持ちになるが、岸はいつもどおりのマイルドな笑顔だ。前向きで積極的な岸の性格を少しは真似たいとこの時ばかりは時羽は感じていた。


「どうぞ」

 平坦な声でOKの合図とともにオートロックのドアが開く。雪月の自宅は二回目だが、歩きなれない立派なマンションの廊下は落ち着かない。


 内なる感情を見せた後に初めて雪月に会うということはいつも以上の緊張感が付きまとう。どんな顔をして挨拶をしようとか何を話そうかと考えるだけで足が重い。この時ばかりは岸の存在は非常にありがたみがあった。岸は足取りも軽く、いつも通りの様子で歩いて行く。


 インターホンを押す。すると、いつもよりも髪の毛が整わない雪月が私服というか普段着でドアを開けた。いつもよりも地味でしゃれっ気のない服装はいつもと違う印象を与えた。


「もう大丈夫だよ。少し疲れていたみたいで、休んだら治ったから」

 何事もなかったかのように雪月は椅子に座って会話をした。沈黙になることもないことを時羽は安堵する。


「私、頑張りすぎていたみたい。人にどう見られているか、心が映像で見えると普通よりも敏感になるんだよね。だから、完璧な良い人を演じていたんだと思う。明るくて頼りになって元気いっぱいで……自分の理想を演じていたから、あんなことがあってそれが崩れたの。こんなに一生懸命頑張ってもそれをいいと思わない人がいるって。万人に好かれる人なんて難しいことなのにね。自分ならば可能だと思ったのかもしれない。おごりだよね。実は、少し前から友達関係がうまくいかなくなって、そこから私は学校で居場所がなくなったの。だから、時羽君に話しかけて仲良くなった。でも、それが悪い方向に行って妬まれたんだ」


「映像で心が見える風花ちゃんはわかっていると思うけれど、嫌がらせをした伊谷村と矢美川には僕が鉄槌を下したから。これ以上何かされることはないから。心配しなくていいよ」


 岸の瞳はとても優しい。たれ目気味だからそう感じるのかもしれないが、今日はさらに優しく見える。


「ありがとう。私が一人ぼっちに耐えられなくなって、いつも一人でいる時羽君に近づいたから時羽ファンの女子はムカついたんだよね。元々仲の良かった人たちとは本音で付き合えていなかった。そんな私は学校でどんどん浮いたんだよね」


 今の雪月は時羽といい勝負のかなりマイナス思考だが、初めて本音を話した。


「もし、誰かが嫌がらせをしてくるならば、学校一の情報を操るスペシャリストの僕がなんとかしてやるから」

 岸は自身のスマホを持ち上げて指をさす。


「ここに、全生徒の情報が入っているし、僕の動画処理能力でなんとでもでっちあげられるから」

 岸は一番敵に回してはいけないタイプの人間なのかもしれない。

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