起死回生
「時羽、風花ちゃん来ていないんだって?」
岸は雪月が休んだ初日こそ詮索してこなかったが、二日目になり、これは何かあると時羽に珍しく話しかけてくる。休み時間に岸のほうから時羽に会いに来ることは異例の事態だ。
「彼女、いじめられているのか?」
「嫌がらせが最近あって、それ以来、連絡が取れないんだ」
「時羽、いじめの原因には気づいてるよね?」
「俺なんかと一緒にいたせいだろ」
「そうだけれど。時羽を好きな女子の逆恨みだって気づいているよね」
「逆恨み?」
相変わらずのネガティブ思考に岸はため息をつく。
「時羽お前、モテキャラだからな」
「いや、嫌われキャラだろ」
「結構お前、男前だから、男連中は羨望のまなざしで見てるって気づいてないのか」
鏡を差し出す岸は、かなり意識が高く、自分を映し出す頻度が高いのだろう。言い方を変えるとナルシストだ。鏡を渡されて自分の顔をじーいっと見つめる時羽。はじめてちゃんと鏡越しに自分に向き合う。
「目つき悪いし、顔立ちもかっこよくないし……」
「端正な顔って時羽のことをいうんだって。女子のファンが多いから、風花ちゃんが嫉妬されただけだって。って僕に言わせる気かよ。僕も男前だから結構女子に人気があるんだけどねぇ。風花ちゃんのことだけど、僕にいい考えがある」
スマホを見てニコッと笑う岸はなかなかの確信犯だ。
「実は、僕の情報網は学校一って知ってた?」
「知らん」
興味がなさげで素っ気ない時羽を無視して話を進める。
「こう見えても全校生徒の情報を把握してるんだよね」
「気持ち悪っ」
「時羽に言われたくないわ。いじめっ子の弱みは全部このスマホに入っているからさっ。弱みって最高のおいしい武器だと思わない?」
得意満面の岸は情報ならだれにも負けないと自負する。
「まぁ確かに、ゆするとかそういう姑息な真似が得意な顔してるよな」
「お前のような悪人面に言われたくないっ―の」
「悪人面言うなよ」
とっさに先程の鏡を見て、落ち込む時羽に対して、岸は時羽の頭を撫でて、にやりと微笑む。
「これから、お返しの時間ってことだよ。時羽ガールズには時羽が一番いい餌だからね」
「餌とか言うな」
「だから、時羽には協力してもらうよ」
時羽は言われた通りに、時羽ガールズの伊谷村に話しかける。人生初の個人的に話しかけるという行為に少しおどおどしているが、必死で隠す。恋は盲目で、おどおどしている挙動不審な時羽のことをかわいいとかかっこいいという風にとらえるのが恋する乙女だったりする。
「今日、放課後あいてる?」
時羽は、岸に言われた通りのセリフを棒読みする。
「あいているけれど、私に何か用があるの?」
「実は話したいことがあるんだ」
それを聞いた伊谷村は大きな鼻穴をさらに大きく膨らませて喜びを隠せずにいた。放課後に用事があるイコール愛の告白しかないという恋する乙女の単純的な思考回路を利用するという岸らしい呼び出し方だ。
「パソコン室で待ってるから」
そう言うと、時羽は無事使命を果たしたとその場を去る。
「じゃあパソコン室のパソコンに例の動画を貼っておかないとね」
岸のスマホは秘密の宝庫らしい。まさに秘密の花園状態だ。
クラスが同じなので、視線が合うのだが、お互い何もなかったように視線を逸らす。伊谷村からしたら両思いのサインだと思うだろう。
休み時間に時羽は雪月のスマホにメッセージを送る。既読にはなるが、返事はない。あんなに前向きで元気な人が音信不通になると不安になる。そして、既読になることで彼女は生きているということに安堵する。
「時羽君、どこにいるの?」
放課後、カーテンが閉まっている薄暗いパソコン室に伊谷村がやってきた。雪月のことなんてこれっぽっちも心配している様子もないし反省もないみたいだ。
すると、突然画像が流れる。
「雪月のこといじめてやろうよ」
という伊谷村の様子が写る。そして、上履きを隠す様子も写っていた。いつのまに岸は盗撮していたのだろうか? まさかの超能力か? 時羽はその様子を隠れて見守っていた。
そして、極めつけは時羽の私物をこっそり盗むシーンが映し出される。これは、他の生徒や教師に見つかったら停学処分だろう。もちろんいじめの様子も見つかれば問題になることは間違いはない。
すかさず岸がパソコン室に入室する。
「あれ、伊谷村さん、こんなところで何やっているの? その動画は何?」
わざとらしい演技ではあったが、余裕のない伊谷村にはこれ以上冷静でいることはできずに、パソコンの画面を閉じようとするが、なぜか×ボタンを連打しても消えることはない。そして、主電源を切ろうとしたのだが、なぜか切れない。
「違うの。これは誰かのいたずらで」
「もしかして、雪月風花さんをいじめていたのって伊谷村さん? 上靴なくなっていたしね。それに、いくら好きな人の物だからって盗みは犯罪だよ」
岸がにやりと笑う。
「これ以上、雪月風花に嫌がらせをしたら、時羽君に話しちゃうけど」
「それは、だめ。お願いだから、見なかったことにして」
「嫌がらせを次にしたら、僕は口が軽いから言っちゃうよ」
「このパソコン全然シャットダウンしないの。どうなってるの」
「仕方ないな。僕、パソコンに詳しいから閉じてあげるよ。時羽君こちらに向かっているみたいだし」
「時羽君に呼び出されたの。ここで会う約束をしていて……」
岸が右手を上げて合図したときに時羽はクラスにさりげなく入る。
「あれ、二人とも何しているの?」
これは事前に打ち合わせしたセリフだ。相変わらずの大根役者の時羽金成。
「パソコンの調子が悪くってね。伊谷村さんに頼まれてたんだ」
「あの……時羽君は私に用事あったりする?」
時羽に気づかれないように懸命にパソコンから遠ざけようとする伊谷村。
「特に用事はないんだ。ただ、僕の私物が時々無くなるから、探偵業をしているという岸に頼んで、犯人を探してもらっていたんだよね」
「僕、そういうの許せないからさ。窃盗は罪だよね」
強調して岸が言う。
そのことを聞いた伊谷村は途端に顔色が悪くなり、帰宅すると言ってその場を離れた。全部、セリフは岸が考えて時羽が暗記したものだ。まるで演劇部のような感じで演技をしていた。時羽は下手な演技もいいところだが、伊谷村にはダメージを与えることができたようだ。大成功ということだろう。
それにしても岸はどうしてそんな個人情報を握っているのか時羽にはわからなかったが、動画は本人の映像を加工してそれっぽくしたり、セリフだけうまく入れたりしたらしい。つまり盗撮ではないとのことだ。そんな技術を持つ岸を心底尊敬する時羽だった。そのピュアな瞳に岸はうざいとげんなりした顔をした。
「岸って本当にテストが絡まないことには至極天才的だよな」
「余計なお世話だ」
時羽の褒め方に対して岸は不満げな様子で、次の準備をする。
「次は矢美川さんの番だね」
にこやかに笑いながら虎視眈々と準備を進める岸は楽しそうだ。
『この動画をアップされたくなければ、嫌がらせをやめること』
フリーメールから学校のパソコンを通じて岸は矢美川にファイルを添付する。その動画というのは、矢美川が伊谷村の悪口を陰で言っている様子だった。正確に言うと、音声が録音されていて、矢美川と数人のクラスメイトで一緒にいる画像だった。画像だけならば、問題はないことだが、明らかに本人の声で矢美川が本当はムカついていることを言っていたのだった。本人は見ただろうが、正体のわからない相手に事実を認める回答をしたくないのか、返事は来る様子はなかった。
「この音声よく入手したな。ひっそりと録画するにしても決定的な瞬間を録音するなんて難しいだろう?」
時羽がうなずきながら音を聞き入る。
「これ、岸ガールズに頼んだんだよね。誘導尋問みたいに、世間話から普段むかつくことをうまーく聞き出してもらったってこと」
「岸ガールズってなんだよ」
「時羽ガールズと一緒で、僕の熱狂的なファンがいるんだって。その子たちとは仲良しだからね。裏切られることはないし」
「でも、わかんないぞ」
「岸ガールズの秘密も握っているから。秘密を暴露されたい人なんていないでしょ。ちゃんと岸ガールズから矢美川さんがスマホをチェックして固まっているという情報が入ったから、大丈夫。得体のしれない相手に秘密を握られることほど怖いことはないからね。嫌がらせをしたとしたら、もっと色々秘密を握っているし、こちらに分はあるってこと」
あざとい笑顔の岸はとても軽やかに笑う。人を動かすことが得意で頭の回転が速く切れる男だ。その切れ味は爽やかだ。この笑顔のとりこになる岸ガールズがいることに納得する。
そして、時羽ガールズという耳慣れない言葉をむずがゆく感じていた。自分の何を知ってファンだと名乗るのだろうか。ほとんど話したこともないし、家業のことも知らないだろう。外見だけでと言われると、やっぱり時羽は不信感しか持てないでいた。自分のどこを見て評価しているのか、女子たちの心の内が理解できないというのが率直な感想だった。普通は喜ぶところだろうが、その思考が時羽バリアを放出させる時羽らしいネガティブ思考だということだろう。
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