花火会

 集まる提案が出てから、4人はスマートフォンで連絡先を交換して、グループを作った。これで容易にメッセージを送りあえる。はじめてのグループという存在がスマホにできたことを喜ぶ男、日本一純粋な高校生であろう時羽。そして、もう一人、怪訝そうにしながらも、うれしそうな笑みを浮かべる桔梗。


 岸の話によると、個性の強い桔梗は小学生の時から友達ができにくく馴染めなかったらしい。それが中学になって更に顕著になり、学校に行けなくなってしまったとのことだ。中学の連絡係も近所の岸が頼まれていたらしいが、結局高校受験をしなかったらしい。親にも諦められてしまった桔梗はおばあちゃんとだけ、唯一仲がいいらしい。どんなにこじれても親が未成年の子供の養育を放棄することは法律としても人としてもアウトだし、血縁は簡単に切り捨てられないので、ああやってただ生きているという話だ。桔梗はただ毎日息をしているだけだと岸は言う。


 桔梗は長い人生をどうやって生きたらいいのかわからない16歳で、雪月は残り少ない人生をどう生きようか模索している16歳。非常に対照的に感じる。


「提案!! わたくし、花火がしたいです」

 雪月が急に挙手をして提案した。まるで選手宣誓だ。


「いいねぇ。花火かぁ。でも、まだ夏じゃないからね。花火売っているかな?」

 基本ノリのいい岸が同意する。


「実は、私の家に去年の花火が残っているの。だから、次回は花火でもやろうよ」

「桔梗の家の庭は広いし、あそこなら桔梗も参加できるかもしれないな」

 ひきこもりの桔梗に配慮している岸はやはり優しい。


「実は、手帳にやりたいことを書いているんだ。ありきたりな話だけれど、書いたことを実行していくと、達成感ってあるじゃない?」


 さわやかな笑顔で、はきはきものを言う雪月は、死ぬまでに達成したいことを語っているとはとても思えない表情だった。あと何十年も生きる前提で達成感を語っている感じが普通の少女とは違うようなものを感じる。


 時羽は、一度雪月に聞いてみたいと思っていた。

 死ぬことは怖くないのか? 時羽は寿命こそ扱っているものの家業であり、知らない客の話なので、自分自身が死ぬということは体験しているわけでもなく、やはり見えない恐怖があるのだろうという想像は容易にできた。しかし、その一言を聞くことはできないでいた。


「岸君って、桔梗ちゃんのことを妹みたいにかわいがっているよね」

「どっちかっつーと飼い犬のようにっていうほうが近いかな。人間ですらないけどな」


 岸の言動に嘘偽りは感じられない。多分、本当に彼は女性として桔梗を扱っているようには思えなかったし、雪月に対して恋心があるのは本当だろうと時羽は感じていた。二人が恋人になった場合、時羽自身、蚊帳の外となってしまうが、それはそれで友達として見守りたいと思っていた。時羽にとって友達という価値はかなり大きい。恋人以前に友情に飢えた彼ならではの思考回路なのかもしれない。


 花火の日は月がきれいな澄んだ空気の夜だった。時羽は一緒の道を通るのであらかじめ待ち合わせをしようと雪月に誘われた。


「暗いし、女子一人より一緒に行ったほうが安全でしょ」

 という内容だったが、本当に人通りが少なく、死神堂に着くころには人ひとり歩いていなかった。しかし、古い民家には明かりがともっていたので、人が住んでいるけれど歩いている人はいないという地域がらなのかもしれない。高齢者が多い地区だから夜は人が出歩かないのかもしれないと二人は感じていた。


 花火セットを手に持って雪月は楽しそうに歩いていた。

「なかったことにできなくても、今が楽しいから、私は満足してあの世に行けると思うよ」

 なんだか遺言めいたことを言われると時羽はどきりとする。


「あのさ、雪月さんは……死ぬことは怖くないの?」

 一番聞きたいことを聞いた時羽。


「怖いよ」

 あっけらかんとした返事だった。まるで幽霊が怖いかどうかを聞かれたような簡単な答えだった。


「時羽君は寿命を扱う喫茶店やっているから、死は怖くないの?」

「……怖いよ」

 時羽の返事のほうが少し考えてから間があったように思う。仕事とプライベートは別なのかもしれない。


「いつも明るくて、死を怖がっている感じがなかったから、その返事は意外だな」

「死に向かって怖がるよりも、死に向かって楽しむっていうのが私の流儀。もちろん怖いからこそ楽しんでおきたいっていう作戦っていうかさ」


 雪月の言いたいことは何となくわかる。残された時間を楽しみたいと言っているのだろう。でも、普通、そんなに簡単に恐怖を割り切れるものだろうか。時羽はたくさんの客を見てきたので、死に対して恐怖を感じている人間の本心を見てきた。


「どうせなら泣いている姿より、笑っている姿を覚えていてほしいから」

「君は生き方に関して優等生だね」

「幻想堂の時羽様にそう言ってもらえるとうれしゅうございます」

 雪月はおどけた様子で花火を入れたビニールを振り回す。


「お疲れ!!」

 桔梗の自宅の庭で岸が準備をして待っていた。桔梗と言えば、部屋のまどからちらっとのぞくが、すぐカーテンに隠れる。それを何度も繰り返している。


「今の時期って蚊もいないし、真夏より花火シーズンだと思うんだよな」

 岸はにこやかに一番大きな家庭用打上花火を取り出して火をつけた。

「我々は夏に花火ととらわれ過ぎているかもしれないな」


 3人は距離をとって息を呑んで花火を見つめる。そして、カーテンの影から1人が息を呑んで見ていた。

 大きな爆音とともに光が放たれる。家庭用なので、花火大会のような本格的な立派なものではないが、非日常空間を生み出す花火はやっぱり美しい。


 こんなに美しい花火を友達と呼べる人と見ることは時羽にとって初めての経験だ。正確に言えば小学生の低学年の頃には友達はいたと思う。しかし、心無い一言によって友達という存在を消していた。だから今日の日は、時羽にとってとても新鮮だった。


 さらに、ねずみ花火と呼ばれる動き回って最後にパンッと大きな音が鳴る花火や蛇のようなくねくねしたものが出てくる蛇花火。そして、手持ち花火の種類は雪月が沢山持ってきたので、充分長い時間花火をすることができた。手持ち花火も1本でたくさんの色が変わったり、けむりが少ないタイプもあり、花火の進化を感じた時羽だった。


 花火なんて幼稚園くらいからずっとしていないし、花火大会に行ったことがない時羽にとって10年ぶりだろうか。側には友達がいることが何よりうれしいと感じていた。そして、雪月の笑顔の奥には、恐怖があるということを初めて知ったのだった。人間ならば誰しも持ち合わせている恐怖心。それを隠すのが上手な雪月風花に対して、時羽は何とも言えない気持ちになっていた。


「ねぇ、花火って一瞬だけ美しいのに、人の心を和ませられるってすごくない? 私も花火のような人生を送りたいな」


 雪月は線香花火をちょうど持っていた。それは、まだ火がついたばかりで、パチパチし始めた時、そのまま地べたに落ちた。

 まるでその様は、健康な人間がそのまま死んでしまったかのような感じがして、時羽は雪月と重ねた。彼女が元気なままある日突然死ぬ。それは確定されている。


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