幸運になりたいお客様【幻想堂のお客様】
幻想堂にて――
「幸運というものがあれば、人間は幸せになれますよね?」
「無理矢理幸せにするならば、強運でしょうか?」
幻想堂に来た客が時羽に質問した。外は蒸し暑く、大学生くらいの客は汗だくになっていた。
「幸運と強運はイコールみたいなものですからね。ここで、強運を購入したいのですが」
「強度によって取引の寿命は変わってきます」
客は寿命を取り引きする店だということを知っていたらしく、特に驚いた素振りはなかった。
「僕はこれからの人生を幸せにするために運を買います。だから、命が短くなるのは困るんです」
「了解しました。だったら、こちらの寿命1年コースはいかがでしょう?」
メニュー表を持ってくる時羽。喫茶店での時羽は教室にいる時とは別人で、何かオーラが違う。そして、とても完璧で紳士的な接客態度だ。とても普通の高校生だとは思えない感じがする。クラスメイトが喫茶店での彼を見たらかなりギャップに驚くかもしれない。影が薄いコミュ力が低めな学校での時羽とはだいぶ違う。
「1年くらいならば……。まだ寿命はいっぱいあるかな?」
男は申し訳なさそうに時羽に質問する。
「詳しくはお伝えはできかねますが、平均寿命程度は生きる予定ですから、大丈夫かと」
紳士的にほほ笑む時羽。もちろん営業スマイルだ。
「僕は運が悪いんだ。だから、もっと幸せになりたい。少しばかりの寿命を売ってでも幸せな人生を送りたいんだ。それ相応の幸福が待っているんだろ?」
「もちろんです。こちらにサインをしてください」
契約書にサインをする。契約書には細かいことはあまり書いておらず、ただ1年分の寿命と引き換えに強運を買いますという文章だけが書いてあった。一瞬サインをする前に男はひるんだが、気合を入れてペンを握ってサインをした。
「こちらは取引のコーヒーです。これを飲むと契約は成立します」
「これで、幸せになれますね」
時羽は不敵な笑みを見せる。
男はさっそく宝くじを1枚買った。しばらくしてから結果が発表された。男は忘れずに番号をチェックした。すると、当選番号が出たのだが、ちゃんと当選している。とはいっても10万円だ。くじびきでもはずればかりの人生だったので初めての当選は男にとって幸福な気持ちになる出来事となった。このお金で旅行に行ける。そう思って男はうれしい気持ちになった。
男は趣味で書いている投稿サイトのコンテストに書き溜めていた小説を出した。うまくいけば書籍化も夢ではない。しかし、1年ばかりの寿命で本当に幸せが訪れるのだろうか? コンテストの結果は4カ月後に発表だった。すると、最終選考まで残ったのだが、受賞には至らなかった。しかし、男ははじめて最終選考まで残ったことを誇りに思った。今まで1次選考すら通過したことがない。それを考えたら、すごいことだ。男は落ちたが、自信がついた。今まで自分の作品は1次選考通過すらできない実力のないものだと思っていたが、これからは少しばかり胸を張って執筆ができるだろう。そう思っていた。
数日後、運営からメールが来ていた。メルマガ以外きたことがないのだが、【重要】と書いてある。まさか!! と目を疑った。「書籍化についてのご相談です」とかいてある。受賞はできませんでしたが、優秀な作品だったので、書籍化したいという連絡だった。小説家志望の人間にとってこれほどありがたいメールがあるだろうか。男は心から喜んで、1年分の寿命を売ったことに間違いはなかったと確信した。
しかし、効力は思ったほど長く続いてはいなかった。楽しみにしていた旅行の前日に高熱に襲われてしまう。せっかくの楽しみにしていた旅行を棒に振るなんて、効力はなくなったと思い、元の不運な自分になったことをとても悲しんでいた。
腹痛があり、無理をすることもできず、痛みと布団の中で戦っていると、ニュース速報を聞いた。なんと、男が乗る予定だった飛行機が事故に遭ったそうだ。乗客の安否は不明で、多分生きている確率は低いだろうということだった。男は1年分の寿命を売ったことを改めてよかったと感じていた。
運というのは自分ではどうすることもできないことだ。たまたま事故に遭わないとか、たまたま編集者の目にとまったとかたまたま合格したとかそういったことは実力ももちろんだが運というのは大きい。
天気だってそうだ。楽しみにしていた遠足の日に大雨になり、行く場所が変更になったり、突然の大雨で運動会が中止になったり、子供の頃にちょっとした不運に見舞われることが多かった。ちょっと運がよくなることはお金では買えない幸福なのかもしれない。男は自分の腹痛が治って熱が下がっていることに気づく。たまたま体調不良になったことがよかったのか。改めて幻想堂に感謝して拝むのだった。
1年程度ならば寿命を売ってもいいかもしれないと思えるが、取引は慎重にしないといけない。
「あのお客さん、飛行機に乗らなくてよかったよねぇ」
妹のアリスがパソコンのデータを見て、つぶやいた。客は雪月しかいないので、この時間は比較的ゆっくりとした時間が流れる。
「あのお客さんはたしかに不運を背負っていたように思うけれど、実は幼少の時に不運だと思っていたことは、幸運だった可能性もあるよな。雨で中止になったとか行き先が変更になったとか行けなかったという事実は、事故や事件を回避していたり、中止のほうが楽しかったということもある。実際比べていないから、損している気がしているだけだと思うけどな」
「確実に幸運になるのかぁ。私も幸運になりたいなぁ」
雪月がのびをしながら願望を叫ぶ。
「最近、俺とばかりつるんでいて、友達関係とか大丈夫なのか?」
時羽は気になっていることを聞く。
「全然、平気だよ。時羽君といると面白いし」
雪月の事情を知らない時羽は納得するが、彼女が時羽といる理由がのちになって色々わかってくる。この時、雪月は悩んでいたのだろう。
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