童顔のひきこもりの変わり者

 放課後、周囲からは珍しいタイプの3人がそろって帰宅することに不思議な顔をするものもいた。岸と雪月の接点はなかったし、なぜか一人でいることが好きな人嫌いの時羽までいるので、少々周囲はざわついた。時羽は、はじめてできた友達のような存在に内心どぎまぎしていた。


 雪月は見た目が整っていて何でもできるタイプで有名だったし、岸もどちらかというと何でもそつなくできるイケメンという位置づけだった。そして、時羽は一人を好む陰気なキャラクターだ。


 時羽は切れ長の瞳がきれいだとか涼し気な顔が好きだとか一部の女子に人気があった。しかし、本人は全く気付くこともなく、むしろ嫌われ者だと思い込んでいるので、3人いる中で、自分だけ嫌われ者だと勝手に解釈していた。そんなスタイルも見た目もいい3人が一緒に歩いていると、学校内でもかなり目立つ。しかし、そんな視線はおかまいなしに、雪月と岸は世間話をしながら、笑いあう。時羽はそういうキャラじゃないので、無言で後ろからついていくという感じだ。


 岸は慣れた自宅への帰路なのだが、入り組んだ路地は時羽と雪月にとっては、まるで迷路のようだった。裏路地は昼間でも薄暗く、客は少ない。店も閉店してシャッターが閉まっている場所が多い。死神堂よりももっと細い奥の道へ入っていく。三人は横並びではなく、一列になって岸の後をついていくという形になっていた。少し坂が急で、運動不足の体には少々きついものがあった。しかし、雪月は元々健康体であり、いくら寿命が少ないとしても、はかなさは微塵も感じられない。時羽よりも元気に歩く雪月の背中を見て、時羽は幻想堂によって長く生きることができなくなった彼女に対して申し訳ないと思っていた。時羽のせいではないけれど、少しは自分にも責任があるような気がしていた。


 一軒の古びた洋館の前で岸が立ち止まった。そこには透千とうせんという表札がかけてある。珍しい名字だ。遠い親戚だとは聞いたことがなかった。きっと死神の血をひいてはいないのだろうが、何か特殊能力がある家系で、消去する力を持つ者がいるのだろう。息を呑んで、岸がインターホンを押す様子を見守る。ピンポーン、静かな住宅街に響き渡る。しかし、誰もいないようだ。もう一度岸がインターホンを押しても反応がない。


「仕方ないな」

 そう言うと、岸は勝手に門を開けて玄関前まで行く。


「勝手に入って大丈夫かな?」

「大丈夫、大丈夫」

 岸には緊張した様子はなく、慣れすら感じられた。

 そして、そのまま玄関のドアを開けて靴を脱いで入る。

 まるで自分の家のように入っていく。


「さすがに勝手に上がりこむのは、まずいのではないだろうか」

 時羽が言うと、岸はにっこり笑って、

透千桔梗とうせんききょうのお世話係は僕だから、大丈夫」

 というわけのわからないことを言って二階に上がっていった。


 透千桔梗、名前だろうか。何となく偉そうな立派な名前だと感じる。そして、お世話係というのは子供なのだろうか。とりあえず不法侵入にならないという間柄だということはよくわかった。


「桔梗、入るぞ」

「海星ではないか。一緒にゲームでもしないか」


 偉そうな口調だが、声は10代の女性の声であり、特別幼くもなく、歳をとった感じではない。友達なのだろうか、と思った時羽は、友達が多い岸を内心うらやましいと思う心をおさえる。その心を盗み見て、雪月は密かに笑う。


「今日は他にも気配があるが、誰か連れてきたのか? われは会いたくはないぞよ」


 自分のことをワレと呼び、癖のあるしゃべり方をする。年齢は同じくらいかもしれないと声から判別する。


「桔梗にも友達が必要だろ。高校の同級生を連れてきたから中に入れるぞ」

「だめぞよ。我、こんな格好だし」

「年中その格好だろ。俺の前ではいつも平気なのに何をいまさら取り繕う必要がある?」


 岸は説得しているようだった。そーっと中をのぞいてみると、ベッドの上で布団をかぶって顔だけ出している同じくらいの年齢の女子がいる。きゃしゃな体つきに見える。小学生か中学生だろうか。


「こんにちは。私、雪月風花です」

 相変わらずの押せ押せなコミュニケーション力で雪月は笑顔で挨拶する。

 すると謎の少女は何も言もいわず、顔すらも布団で隠してしまう。


「ごめんね。こいつ、同じ歳なんだけどさ、コミュ障でひきこもりでわがままなんだ」

「おいっ、コミュ障でひきこもりまでは認めるがわがままというのは違うぞよ」


 王女様のお世話係のような会話を聞いていると思わず笑えてくる。あのいつも余裕がある優等生な岸が面倒を見たり振り回されている様子がおかしくもあった。


「ちゃんと挨拶する!!」


 岸がそう言いながら、かぶっている布団を剥ぐ。すると、上下ピンクの少し大きめのジャージを着た少女が見えた。少しぶかぶかで、手はサイズが大きいのか隠れていた。裾も長いのでまくっているようだった。多分大人用のSサイズでもゆるいくらい背も低く痩せているということだろう。でも、子供用を着ないというあたりは一応16歳のプライドなのだろうか。


「こんな格好で人様に会えぬと言っておろう」

 なぜこんな口調なのかはわからないが、個性が強いということは容易に想像できた。


 少女はジャージの上着の下には黒いTシャツを着ており、体型は小学生のようで、背も体も小さい印象だった。


「それしか服もってないんだろ。いつもそれしか着てねーし」

 岸の口調から察するにかなり近い間柄なのだろう。同級生に接するときの岸の口調はもっと穏やかで丁寧な印象だ。


「ちゃんと色違いの赤ジャージだって持っているぞよ。洗濯だって時々するぞよ」

「50歩100歩。かわんねーよ」

 あきれながら岸は紹介を始めた。


「こいつは消去屋の血を引く、僕と同じ歳の透千桔梗。名前はかっこいいけれど、本人はこんな感じのひきこもりのしゃれっ気ゼロなんでよろしく」

「しゃれっ気ゼロはひどいぞよ」

「髪の毛、櫛でとかしてもいないだろ」


 そう言うと、岸は無理やり桔梗の頭を持ってお辞儀をさせる。どちらかというと、体重で頭を下に押したと言ったほうがいいかもしれない。形だけのお辞儀と対面が行われた。たしかに、櫛を通した様子の髪ではなく、寝ぐせのまま何も手入れをしていない、そんな様子だ。


「こちらは時羽金成君。幻想堂の息子さんなんだよ」

 恥ずかしがり屋の時羽の代わりに雪月が自己紹介をする。


「は……じめまして」

 ぎこちなく桔梗という女が小さな声を出して挨拶する。幻想堂のことを知っているらしい。



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