旧校舎図書室にて

「やっぱりいたぁー」

 昼休みのほっとした空気の中、旧校舎に足を運び、今は図書室に置かれていない古い本の倉庫となっている図書室に向かった雪月と時羽。


 窓際で陽の光を浴びながら、焼きそばパンをかじりながら、乳酸飲料を飲む岸。死神堂らしからぬ日なたの元で、岸はのんびり一人で昼食をとっていた。


「なんだか意外。岸君ってグループで戯れている印象強いよね」

「普通の短い休み時間は戯れるけど、昼休みは別。一人でぼーっとしていたいから、あえて誰も来ないけれど、出入り自由な旧校舎の図書室を選んで居場所にしている。風花ちゃんだから教えたのに、なんで時羽まで来るんだよ」


「嫌そうな顔しても、無駄だよ。時羽君超ネガティブ思考で、嫌われているのに慣れちゃっているから、嫌味は当たり前だとしか思っていないから」

「はぁ? どういう意味だよ」

「時羽君、友達いないのは自分が嫌われているせいだって勘違いしているのよ。全校生徒に嫌われているって本気で思っているの」

 小さい声で雪月が岸に耳打ちする。


「つまり、友達が多いのに一人を選ぶ岸君と友達を作ろうとしないで自分の殻にこもる時羽君はある意味似た者同士ってこと。昼休みの過ごしかたは理由は違えど結局一人でお昼を食べて過ごすってことでしょ」


 岸と時羽は互いに顔を見合わせ、その正論に何も言い返すことはできなかった。雪月は手作りのお弁当を持参し、時羽はおにぎりをかじる。三者三様の昼食だが、岸の机の真むかえに座った雪月は、はしを置いて、聞いている。


「死神堂は寿命を買ったりはできないんだよね?」

 雪月は一番聞きたい質問を投げかける。


「死神堂には無理だなぁ。幻想堂ならできないんだっけ?」

 けだるげに岸は時羽に質問を投げかける。顔は雪月のほうを見ながら視線だけ時羽に向けた。


「幻想堂は譲渡は可能だよ。でも、自分の命を買うことができないんだ」

「不便だな。残念ながら死神堂にもその機能はないからなぁ」

 本当に残念そうに岸はパンをくわえる。


「知らない誰かをおとしめるとしても、その人物がどうなったのかがわからないんじゃ普通の人間は申し込まないよ。人って、相手が苦しむ様を見ることが醍醐味でしょ。それに、寿命が3年程度だとうちのメニューの取引では足りない。僕は死神堂として力にはなれないけれど、同級生の男としては力になるよ。風花ちゃんはかわいいから仲良くしたいし」


 歯の浮くようなセリフを普通に喉元から出てくる岸は、女子を褒めるのに慣れているのだろうと雪月は思う。ただ、彼にまだ触れてはいないので心を見ることはできなかったが、容易に想像はできた。


 雪月は死神堂でも心を見ようと物に触れたが、ただの一般客の様子しか見えなかった。それに、あの膨大な古本の中に末路が記された本があったとしても、そこに母親の話があるとは思えなかった。なぜならば母親は他人に怨まれるようなタイプではないし、社交的だが人と距離を置いて接するタイプだったからだ。


 もし、仮にその本に母親のことが載っていても誰が依頼したのかわからなければ、目的は達成できていない。しかし、幻想堂や死神堂に通うことで、そういった客と遭遇すれば何か糸口がつかめるかもしれないということは考えていた。


「お母さんの事故がなかったことになるお店があったらいいのに。でも、それを言ったら時空移動が必要になるし、今が変わっちゃうよね」


 何気なく言った台詞だったが、時羽と岸が顔を見合わせた。


「あるかもしれない。でも、とても危険な店だと聞いた事がある」

 時羽が思わぬ一言を発する。


「どういうこと?」

 雪月の目が大きく開く。


「消去屋」

 ぽつりと時羽が言葉を発した。


「何でもなかったことにしてくれるらしい。詳細は俺もわからない」

 時羽は丁寧に説明をした。


「どの程度なかったことにできるのだろうね?」

 雪月は身を乗り出して顔を近づける。


「やばいから消去屋には、かかわらないほうがいい」

 少し恐れた顔をして身震いをしながら、申し訳なさそうに岸はうつむいた。


「消去屋か……」

 スマホをいじりながら時羽は検索するが、それらしきものは出てこない。噂であって幻なのかもしれない。大昔にあったとしても今はないのかもしれない。


「消去屋の末えいの居場所は知っているが、その能力は現在持ち合わせていない。今後消去の力が発生するのか僕にはわからない。ただ、人嫌いな変わり者だから関わるとろくなことにならないと思う」

 岸はうんざりした顔で説明する。


 真剣にやめとけオーラを出す岸だったが、雪月は少しの可能性でも光が見えるのならば、連れていってほしいと懇願した。少し困った顔をした岸だったが、死神堂の近くに住んではいるという情報だけを教えて、それ以上は話さなかった。岸は焼きそばパンを食べ終わり、古い図書室にあるほこりをかぶった本を読み始めた。見かけによらず読書家らしい。


 雪月は最後に残していたたまごやきをおいしそうに頬張ると、良い情報を収穫したかのような明るい表情をする。普通、残り3年も生きられないとわかっていたらそんな表情をすることはできない。病気で弱っていくわけでもなく、せつなさのかけらもない寿命が短命な雪月を見つめて時羽はおにぎりを食べ終える。時羽のおにぎりは毎日色々なバリエーションがあり、飽きることはない。


「時羽君の今日のおにぎりは味噌おにぎりとじゃこときんぴらおにぎりだったね。ごま油がいい感じにじゃこに絡んで香ばしいにおいがしたよ」


 雪月は料理好きらしく、時羽の母が作ったおにぎりやお弁当をいつもチェックしている。雪月のお弁当はいつも彩が鮮やかで見た目も華やかだ。ウィンナーのたこもいるし、緑のブロッコリーやレタスも彩を添える。卵焼きの焼き加減はベテランの領域だ。母親がいないから料理をしているのかもしれないが、料理嫌いな女子だったらコンビニ弁当だろう。こんなにおいしそうな手作り弁当を制作することができる家庭的な雪月を垣間見る。


 時羽は推測した。多分、やばい、人嫌いというワードから行くと、気難しい老人で隠居生活をしている厄介な人物なのだろう。見た目は魔女のようなおばあさんか、笑わない頑固なおじいさんというイメージが湧いた。


 三者三様に好きなことをしていると、あっという間に昼休みが終了する。この後、三人が旧校舎の図書室を居場所にして3年間を過ごすことになるとはこの時は想像していなかった。




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