古本喫茶店「死神堂」
時羽は、雪月の自宅のリビングを見回す。
「誰かに恨まれていたとか、そういった話はないよな?」
「聞いたことはないけれど、逆恨みとか、誰でもよかったという犯人っているからね」
雪月もフルーツを口にしながらフルーツティーを飲む。雪月はその味が大好きな様子で、大満足の笑みを浮かべる。そして、家族のアルバムを二人で顔を突き合わせて見る。
幼稚園、小学校、中学校……雪月の写真はそこで止まっている。きっと事件があってから写真を撮る機会がなくなったのだろう。幼い頃の雪月は、とてもあどけなくかわいい顔をしていた。顔立ちが整っているということを写真を見て改めて気づく。目と鼻と口の位置がちょうどいい場所にあるということが整っているということにつながっているのだろうか。雪月の目の形がほどよく大きく二重の形がどこかのアイドルに似ているから整っているという基準になるのかもしれないと客観的に評価する。
しかし、時羽は普通の男子高校生と感覚が違う。普通ならば、目の前に顔立ちの整った女子がいれば、ドキドキするだろうし、両思いになるべく手をつなごうとしたり、異性として意識をするところだろう。ましてや異性の友達の自宅で二人きりならば尚更だ。
時羽の場合、雪月風花という友達がようやくできた程度の男だ。つまり、今まで好きになった人間は一人もいない。友達すら作ろうとしない彼は恋愛感情を知らないのだ。だから、時羽の好きという気持ちは、必然的に友達として好きという意味になる。
これは普通ありえないことなのだが、時羽は友達ができたが、唯一の友人である雪月に迷惑が掛からないようにという思いしか持っていない。だから、二人きりになろうと顔が近づこうと異性として意識をすることはゼロだった。そんな時羽の内面を見ている雪月は一緒にいて安心できていた。
「死神堂っていう古本喫茶店があるんだ。そこで取引をすると、偶然を装った事件を起こすこともできるらしい。この町のはずれにあるはずだ。調査のために行ってみるか?」
「死神堂? 物騒な名前よね。初耳だよ」
「幻想堂は寿命とひきかえにお金で買えないものを取り引きできる。死神堂は自分の手を汚さずに寿命と引き換えに人を呪うことができる。もちろん証拠は残らない。だから、確実に命を奪いたい人や怨みを晴らしたい人が利用するらしい」
「死神の力を持つ者がやっているってこと?」
「元をたどると大昔はうちと親戚だったのかもしれないけれど、本当の所はわからない。そこの店員ならば偶然の事故について何か教えてくれるかもしれない。わりと近いと思う。行ってみるか?」
「もちろん」
雪月は豪快にフルーツティーを飲み干すと、すぐに支度を始めた。制服のまま二人は死神堂へ向かう。時羽はだいたいの場所は聞いていたが、実際に行ったことはなく、路地が入り組んでいるので、迷いながら歩く。
すると、闇の中にぽうっと灯が灯る店があり、死神堂と書いてある。喫茶店でもあるが、古本を扱う店で、幻想堂よりも入りづらい雰囲気があった。
薄暗い路地の地下にある店にはカフェの中の様子が見える窓はない。入り口は狭く、階段を下りた地下にあるので、ふらっと入るような店ではない。この店を目指して来る者だけが入ることができるような雰囲気だった。昔からの常連客や古本目当てで来る人がメインなのだろうが、たまに殺しや呪いの依頼に来る客がいるのだろう。どこか影のある印象の店構えだ。まさに闇喫茶とでも言おうか。
緊張しながら扉を引く。すると、店員の姿が見えた。歳は同じくらいだろうか。
「
雪月が店員の男に話しかける。
「あれ? 同じ高校の雪月風花ちゃんだよね」
白い歯並びの整った歯を見せ、手を振る岸という男は死神堂という店に似つかわしくない明るい雰囲気で笑顔がさわやかだ。どちらかと言えば、時羽のほうが死神堂に似合う雰囲気かもしれない。
「よく私の名前知っていたね。違うクラスなのに」
「かわいい子の名前は憶えてしまう僕の悪い癖さ」
前髪をかき上げながら歯が浮くようなセリフを言う岸は、女子と話すことに慣れている。むしろ女子と話すことが大好きだという様子だった。優しそうなたれ目で、見た目でも鋭い目つきの時羽とは正反対のタイプだった。
「時羽金成君だよね」
「なんで、俺のことを知っているんだ?」
「同じ高校だし、幻想堂の息子さんだと聞いていたから、どんな人なのか気になっていたんだよ」
「調べていたのか?」
「普通に気になるっしょ? かわいい風花ちゃんと一緒にいるあたりも気に食わないし」
悔しそうな顔をする岸を見て、雪月は心を許す顔をする。
「この店、たくさん古本があるんだね」
雪月は何気なく店内を見回す。奥に飲食スペースがあり、少人数ではあるが、簡単な食事をとるスペースがある。
「岸君って、死神関係者?」
「そうきちゃう? たしかにここは寿命の取引で暗殺的なことも依頼できる場所だからね」
あっさりと認める岸に時羽は警戒心を強めた。
「でも、人を殺すためにここが存在しているわけじゃないんだよ。どちらかというと、呪って不幸にしたいとか、怨んだ相手に仕返ししたいとかそういう依頼のほうが多いけどね」
ウィンクをしてアイドルのような微笑みで説明する岸は、セリフと表情にギャップがある。彼にとって暗殺関係の依頼は日常茶飯事だということだろうか。とても慣れた説明をする。
「未解決事件ってどういうこと?」
雪月が身を乗り出して聞き出す。
「解決できないまま時効を迎えた事件って結構あったんだよね。時効制度があったころは、犯人がわかっても時効だからその人は罰を受けないでしょ。だから、犯人に何かしらの罰則を受けてもらうとか暗殺依頼はたまにあるよ。寿命を結構使うからそれはおすすめしないよ。風花ちゃん、既に寿命結構使っちゃってるしね」
岸は雪月が寿命が少ないことを言い当てた。
「知らなかった。もっと早くここに来ていれば……私は母親の仇が討てたということ? 幻想堂で見える力じゃなくて、こっちにきて依頼をしていれば……相手に何かしら不幸になってもらうようなことができたってこと」
「でもね。犯人のことはうちでは教えることができないんだ。個人情報だから、依頼人にも誰が犯人かは教えられない。だから、どんな犯人かも知らないままその人がどんな末路になるのかも、見ることはできない。寿命も結構いただくから、すっきりした気持ちにならないんだよね。短命になったのに怨む相手の不幸な末路がわからないって結構モヤモヤじゃん?」
にこにこしながら岸は説明する。
「でも、死神堂の人は仇を討った証拠って見せてくれないの?」
雪月が真剣に質問をする。
「たしかに何も教えないのではアンフェアだよね」
「だから、利用者はめっちゃ少ないんだよねー。普通に喫茶店と古本屋がメインだからね。でもね、悪人の末路が詰まった本が古本の中にあるんだよ。売り物じゃないんだけどね。だから、その本を探し出せば、自分が怨んだ相手がどうなったのかを知ることができるんだ」
「でも、この数じゃあ1冊探し出すのは、難しいだろ」
時羽は店内を見回すとたくさんの本があり、とても細かい活字を読んで内容を探すことは不可能だと思った。
「私の場合、お母さんを事故に遭わせた犯人を捜しているけれど、名前もわからないし、事故の可能性もあるから、ここに来たら何かわかるんじゃないかって時羽君が教えてくれたの」
「時羽家と岸家は因縁の仲だからな。元をたどれば、死神の血を引く遠い親戚になるんだろうけれど、やっていることは正反対。そして、その家に生まれたら家業を継ぐのが暗黙の了解っていう厄介な家系なんだよ。僕としては、将来は会社立ち上げてクリエイティブな仕事とかしてみたいんだけどねっ」
いちいちウインクをする岸は時羽と正反対のタイプだった。そして、時羽は必死にバリアを張りながら岸と距離を取って接する。
「風花ちゃんみたいにかわいい子の命があと3年じゃあ黙っていられないよ」
「おまえ、寿命が見えるのか?」
時羽は眉をひそめて驚く。
「だてに死神堂名乗ってねーし、時羽よりは全然有能だし」
笑顔とは裏腹に因縁を感じているのか時羽への言葉はとげとげしい。寿命が見えて、暗殺を請け負う家業という岸は味方につければ大きな収穫だ。
「実は、お母さんを暗殺した犯人がいないかどうか調べたくて……」
申し訳なさそうに雪月が言い出す。
「個人情報は公開できないし、実際、何年か前の依頼はほとんど親が関わっていたからね。僕は全く知らないんだ。幻想堂みたいにパソコンですぐ見れるようなセキュリティーの低いことはうちはやっていないんだ」
どこか時羽に対しては棘がある岸の言動。
「顧客管理はどうしているんだよ」
時羽が思わず質問する。
「企業秘密だよ」
岸は笑いながら人差し指を縦に1本立てる。
時羽と岸は見た目も性格も水と油のように対照的で全く別なタイプだと雪月は感じていた。しかし、寿命を扱う喫茶店という点で、この人たちは、やはりどこか似ている運命を背負っていて、実はとても共通点が多いのではないかと感じていた。
誰もいない喫茶店は古本の匂いに包まれていて、どこか秘密基地のような雰囲気をかもし出す。
「岸君に、色々寿命の取引の話とか、聞きたいな」
「僕に興味持ってくれた? うれしーな」
「岸君に興味を持ったわけじゃないけど、死神堂の話聞きたいの。岸君って何組?」
「1組だよ。たいてい昼休みは旧校舎の図書室にいるから。風花ちゃんは歓迎するよ」
風花ちゃんはという言葉を強調した岸の言葉にいらつくどころか、時羽は冷静だった。いつもの嫌われ癖がついているせいで特に何も感じてはいなかったからだ。何も感じていない時羽に対して、岸は若干いらっとした様子だ。時羽は雪月一人で行かせてしまったら寿命を全部使ってしまうのではないかととても不安に感じていたので、旧校舎の図書室についていくことを決意する。雪月がもっと命を削ることに責任を感じていたのかもしれないし、人としてそれだけは止めたいと思っていたのかもしれない。
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