死ねノートで推理する

「死ねノートを拾いました」

 ある日の放課後、教室内で無表情の雪月がノートを差し出す。どことなく敬語なのが不気味さをさらにかもし出す。


「死ねノートってなんだよ?」


 状況がつかめない時羽は問いただす。最近、必要以上に話しかけてくる雪月との距離感がつかめずにいた。むしろ、自分と友達だと思われたら、雪月が不良の仲間になったとか嫌われ者になってしまうのではないかと余計な心配をしていた。


 そして、彼女の寿命について本人がどの程度知っているのか、折を見て聞いてみようかと思っていた。そして、その思考を一旦別な回路に置いてみる。そうしないと、顔を見て接することが厳しいことに気づいたからだ。


「これです」

 雪月が手に持っていたノートは普通の大学ノートだが、書いてある中身がとても怖くやばい印象しか持てない。


「死ね」ということばが何百、何千だろうか。1ページにたくさん書かれていた。敷き詰められた絨毯のような文字は常軌を逸しているようにしか思えない。


「誰が書いたんだろうな?」

「ノートに触って感じるのは、書いた本人ではなく死ねと思われている相手しかわかりません」

 無表情で青ざめた顔で時羽を見る。敬語口調の雪月はいつもと違う。見えるからこそ恐怖度合いが違うのだろう。


「じゃあ死んでほしいという相手に渡すわけにもいかないよな。その人はノートに書かれた事実に気づいていないだろうし」

「でも、書いた人が落としたとしても自分の名前は書いていないから名乗りださないよね。自分がやばい人と思われたくはないだろうし」


 何か見えてこないか勇気と好奇心のある雪月は見ようとするが、特別な恐怖を見たかのような感じでノートを手元から落としてしまう。


「怨念しか見えないし、本人の顔が見えない……映像が文字と闇に覆われている。こんなに狂気じみた殺気は初めてよ」

 若干過呼吸のような呼吸をする。相当やばかったのだろう。


「関わらないほうがいい、俺たちは何も見ていない、このノートは落ちたままだということで、このあたりに置いておこう」

「でも、何か対象者に被害があったら大変。私、遠くから見守る。同じクラスだし」

「え? うちのクラスかよ。ってことは持ち主もこのクラスのやつかもしれないな」


 ノートをそのまま置いて、二人は自分の席でノートを探しているあやしい人物がいないか、くまなくチェックする。先程まで時羽と雪月だけの教室だったが、一人忘れ物を取りに来たという女子が入ってきた。ノートの字は女子が書いた字のような気がしたので、もしかしたら、と唾液を飲み込む。視線を逸らしながら様子を伺った。


 床に落ちたものを探しているのはクラスメイトの映子だった。容疑者候補Aの登場だ。わざわざ正座に近い体制で自分の机のまわりを見ている。


「落とし物?」

 雪月が聞いた。


「実は、消しごむ落としたみたいで」

「見当たらないね」

 一緒に雪月が探してあげたがそれらしきものはみつからない。


「忘れ物入れに入っていないかな」

 さりげなく教室の前に誘導し、ノートが見えるようにしたが、Aは興味がなさそうに通り過ぎた。


 その後、部活を途中で抜けてきた美衣がやってきた。容疑者Bだ。


「ノート忘れちゃった」

 思わず二人は息を呑んだ。Bは自分の机の中をのぞき、「これこれ」と言って持ち帰るようだ。


「あれ? あそこにもノートが落ちてるね」

 雪月はわざとらしくノートを指さした。


「あ、でも、忘れたのはこれだから。じゃあね」

 そう言って部活に戻った彼女はさわやかな感じでとてもそんな恐怖の文字を書いているとは思えなかった。


 その後、帰宅途中に戻ってきた様子の椎名が入ってくる。椎名は暗くまじめな印象の女子生徒だった。容疑者Cとなりうるかもしれない。

 椎名は教室に入るとノートを拾う。そして、絶句した。

「なに、これ……怖い」


 そう言って、ごみ箱に捨てた。椎名は教科書を忘れたらしく、カバンに教科書を入れて帰宅した。


 すると様子を見ていた雪月が「わかったよ。持ち主」と言い出した。

 「持ち主がわかったのか?」

 時羽は喫茶店以外では基本無能なタイプだ。特に秀でたところを感じさせない。


 得意げな顔の雪月は答えがひらめいたらしい。

「誰だと思う?」


「映子をA、美衣をB、椎名をCとするとA、B、Cの誰でしょう?」

「うーん」

 時羽は腕を組んで考える。


「Aかな。だって、落とし物が見つからなかったのはAだけだろ」

「たしかに、そういう考え方もあるけれど、違うわ」


「Bは違うよな。でもCは自ら拾って怖いと言いながら捨てるなんて墓穴ほってるよな」

「正解は多分Cよ。彼女の机に触れて記憶を確認してみる」


 Cの机に触れた雪月は顔色が青ざめる。狂気を見ているかのような恐ろしい顔になる。映像が見えたのだろう。


「ビンゴ! 私が思った通り」

「でも、教科書を取りに来ていただろ」

「あれは、元々置き勉していた教科書をあたかも忘れ物をしたかのようにカバンに入れただけ。もし、誰もいなければ、あのノートを拾って持ち帰っていたでしょうね。でも、私たちがいたから、あたかも知らなかったかのように怖いと言ってゴミ箱に捨てたの。落とし物箱には入れなかったのは、自分が持ち主だとわかっていたから。落とし物箱に入れてしまったら他の人の目にもつきやすいでしょ。自然に捨てることが一番理想的だっただけよ」


「なるほど」

 時羽はその理屈に妙に納得がいった。彼女の場合は、触れば見ることができるので、理屈抜きに答えがわかるのだろうが、今回の場合は持ち主の気持ちしか見えない。候補者がそろえば、ある程度、この力を使って読むことも可能だ。


「それで、誰に対して死ねって言ってたんだ?」

「Cをいじめているらしきこのクラスの影の女王ね。死ねと1000回書いたらその人は不幸になるってネット上に書いてある呪いの方法だから、それを実践したのね。それならば、幻想堂に行ったほうがずっといいと思うのだけれど」


 雪月が言っていることは当たっている。その通りだ。なんの脈略もない呪いよりも寿命を取り引きしてしまったほうが確実だろう。


「やっぱりこの能力、結構使えるな。いつか犯人が見つけられるかもしれないな」

「そうだね。私が生きている限りその犯人を探し出して、仇を討ちたいの」

「でも、警察や法律は物証が必要だったりするからな」

「そのときは、幻想堂の客として犯人を追い詰めてほしいな」

 雪月の瞳は、怨みや仇に燃えている静かな怒りを感じた。彼女は本気だ。


「その時、どの程度協力できるかはわからないけれど」

 時羽はあまり期待を持たせないように静かに答えた。


「あのさ、俺なんかといたら、誤解されるからあんまり話しかけるなよ」

 時羽なりの優しさを見せる。


「誤解って恋人なのか……とか?」

 雪月はわざとらしく恋人という言葉を強調する。


「違う。嫌われ者の俺といるとお前までクラスの嫌われ者になってしまうってことだ」

 その言葉に雪月は大笑いする。


「なにその解釈」

 こみあげる笑いが止まらないようだ。


「時羽君は自分が嫌われ者だと思っているのかぁ。そして、私への配慮まで……めちゃくちゃ優しいじゃん」

「……」


 優しいと言われた時羽は顔が真っ赤になる。意外と顔に出るタイプのようだ。


「だから、俺は小学生のころからずっとみんなに嫌われていて……」

「時羽君は嫌われていないよ。無口で目つきが悪いから、みんな距離を置いているけれど、実は時羽君の顔立ちが好きっていう女子も結構いるんだよ」

「なぐさめは結構だ」


 ありえないなぐさめ話を聞いて、時羽は丁寧に断る。


「別に、作り話じゃないし、本当のことなのにぃー」


 時羽は聞く耳を持たない。彼特有のバリアを耳に作ってしまうと、言葉を受け付けない状態になるらしい。つまり聞かざるという状態だ。これは長年培ってきた時羽の得意技だった。


 


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