秘密の共有
委員会の仕事が終わると、まだ外は夕方なのに明るい。運動部の生徒の声が響く校庭をあとにして、喫茶店に二人は向かった。日の当たらない校舎から外に出ると、日光はまだ高く、光が素肌に突き刺さる感じがする。思わず手のひらをおでこに当てながら片目をつぶる。
「災難だったよ。委員会なんて入るつもりなかったのにさ」
時羽はわざとうんざりした顔を向けた。
「どうせ部活やっていないし、暇なんでしょ」
「まあ、部活の代わりだと思えばいいか」
時羽は開き直った顔をした。聞きづらいが、少し気になる質問をした。
「どうして、その能力を身に着けたんだ?」
「犯人を捜すため」
「犯人?」
雪月の意外な答えに時羽は驚いた顔をした。
「私のお母さんが事件に巻き込まれて死んでしまったの。工事現場の下を歩いていたら鉄骨が落ちてきたらしいの。だから、遺骨に触ると最後の記憶が見えるかもしれないと思って」
「たしかに、その人の一部や物にも人の念がついていることが多いから、物の記憶も見えるんだよな」
「でも、何も見えなかったの。突然の事故だったし、多分犯人の顔を見ていないのだと思う。周囲の物も調査したけれどだめだった」
「そうか」
時羽はそれ以上何も言えなかった。普段、仕事として幻想堂の客に接するよりもクラスメイトという近い存在は同情を感じるものなのかもしれない。自業自得の客たちはちゃんと寿命という対価を払って何かしらを手に入れる。これは同意の上だ。目の前のいつも明るい雪月の曇った顔は初めて見る表情だった。
「でも、散々調べても何もわからなかったから、少し諦めがついたっていうのはあるかな。だって、幻想堂に犯人逮捕できそうな商品、あんまりなさそうだし」
「たしかに、運とか人の心とかお金では買えないものを売っているけれど、過去に戻るとか、事件を解くとかそういった商品はないからな」
「誰にも話していない秘密、共有しちゃったね」
いたずらな笑顔で時羽の顔をのぞきこむ雪月は大きな悩みをかかえているようには見えない普通の女子高校生に戻っていた。
喫茶店に向かいながら並木道を歩く。人と一緒に帰るということ自体初めてで、歩調を合わせるという行為だけなのに、時羽はどうにもむずがゆい気持ちになる。
「今日は普通のコーヒーだから、前回とは違う普通の味だぞ」
「やっぱり時羽君って優しいよね」
「優しい?」
人に嫌われていると思っている時羽は耳を疑った。
「図書委員の話は断れないし、意外と私の話も聞いてくれるし。目つきが鋭いから、見た目は怖そうなのにね」
最後の一言が余計ではあるが、人に好意的な意見をもらったことがないと思い込んでいる時羽は少し、戸惑う。小学生の時以来、時羽の自己肯定感はだいぶ低い。
「それは優柔不断なのと、お客様のアフターフォローという観点で」
と言いつつ、咳ばらいをし、言葉につまる時羽。そうしているうちに、幻想堂に到着した。
「ただいま」
「おかえり」
母親と妹が店をやっていた。
「あら、あなたは」
母親は何年も前の客のことをちゃんと覚えていた。
「時羽君のクラスメイトの雪月風花です」
「お友達なんて珍しいわね。もしかして、かわいい彼女ができたの?」
にやけながら母親は時羽に向かって言葉を投げかけた。
「まさか。また、この店のコーヒーが飲みたいと言われて、ここへ連れて来ただけだって」
時羽は大げさなジェスチャーで全力否定をする。
「うちのコーヒーは飲む人や日によって若干味は変わるのだけれど、味は保証するから」
妹がコーヒーの用意をする。
「あれから、能力は役になった? 本当は若い人と寿命の取引をしたくないのが本音だったんだけどね」
ため息交じりに母親が雪月に質問する。能力は持った者次第で、善にも悪にも使用できるし、役に立つかどうか、問題が解決するかどうかは幻想堂の責任の範囲外だ。
「事件は解決できなかったけれど、精一杯やるべきことはやったという達成感はあります。残り少ない人生を私は思う存分生きるつもりです」
「そうよね。楽しい時間を過ごしてほしいと思っているわ。その力でいつか解決することもあるんじゃない?」
「解決することはあるかもしれませんね。だから、あきらめずにこの能力は大切にします」
にこりと笑った雪月の顔は勇敢に見える。命と引き換えに何かを得た者は普通の人間よりも強いのかもしれない。あるいは、そういった強い精神を持っていなければ命と引き換えに何かを得るということはしないのかもしれない。
そして、残り少ないというワードが時羽は少々気になった。たしかに、見る力を得るにはそれなりに寿命をいただくが、10代であれば残り少ないということは普通はない。
「コーヒーをどうぞ」
妹がもってきたマグカップは真っ白だけれど、ふちにある模様がとてもきれいだ。客目線ではじめて幻想堂のコーヒーを時羽は見つめた。
「じゃあ、私は一旦自宅に戻るから、あとはよろしくね。
母親がエプロンを外して、時羽に店のことを任せて帰宅した。
「この子、友達少ないからの部分はよけいだっつーの」
時羽は黒いエプロンをつけて、店に立つ。今の時間は客は他にいないので、時羽の自宅に雪月が訪ねたような雰囲気になっていた。
軽食やデザートの下準備やコーヒー豆のストックも母親が完璧にしてあったので、特にやることはなかった。
「ねぇ、この能力を使って自分以外の人のために生かせないかな」
「どういう意味だ?」
「たとえば、学校で落とし物があったら落とし主に届けるとか、いたずらがきの犯人をつかまえるとか学校の事件の解決に役立てたいなって」
「君の力は科学の力で証明できないし、事件解決の際に特殊能力をかくして解決するのは至難の業だぞ」
「名探偵みたいに解決するわけじゃないから、こっそり助けるとか届けるとか。そういったボランティアに活かそうかなって」
「まぁ、俺は関与しないけど」
面倒なことが大嫌いな時羽は断固拒否の姿勢を作り、見えない壁を作る。時羽バリアだ。小学生の時以来、嫌われ者だと思っている時羽は自分の壁に閉じこもる癖があり、外部と遮断する癖がついている。
ただまっすぐにこちらを見つめる雪月は何かたくらんでいるのかもしれない。時羽が断ることができない性格というのを熟知しているのだから。
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