解雇-2

 ゆっくりと食事をしているうちに落ち着いた俺は、料理を平らげてひと息ついたあと、酒場を出た。

 そして、すぐ近くに併設されているギルドの受付に行く。


「珍しいわね、レオンくんがここに来るなんて」

「ええ、そうですね」


 受付に立っているのは猫獣人の女性で、ミリアムさんという。

 俺がこの町に来て冒険者登録をしたころからの付き合いだ。


 軽く挨拶を交わすと、彼女のメガネがキラリと光った。


「あ、もしかしてプロポーズ?」

 このミリアムさんという人は、会えば“結婚して!”と言ってくる人だった。

 30歳になるまでには結婚したいとかで、以前は手当たり次第求婚してたな。

 美人だし、仕事もできるのに、なんでモテないんだろう?

 たまに顔を出せば、俺みたいなヤツにも求婚してたから、もしかするとそういうネタなのかも。


「はは……」


 思わず乾いた笑いが漏れる。

 彼女が本気なら養ってもらうのもありかも、なんてふと思ってしまった。


 5年前、狼牙剣乱に入ってからは、依頼達成の報告や素材の納品なんかをウォルフとレベッカがやるようになり、ほとんど受付に顔を出すことはなくなった。


「ハズレ職と一緒にいるのは恥ずかしい、か」


 以前メンバーから言われたことを、ふと思い出した。

 そう言われてからギルドに顔を出す頻度は減っていて、レベリングを始めた2年前からはほぼ完全に来なくなっていた。

 だから町中で偶然会うことはあっても、こうやって受付でミリアムさんと対面するのは本当に久しぶりだった。


「なにか言った?」

「ああ、いえ、なにも」


 いかんいかん、人と話している最中に独り言なんて、失礼だよな。


「さて、レオンくん」


 ミリアムさんがメガネをクイッと上げる。

 すると、彼女の口調と表情が改まった。


「あなたはBランクパーティー狼牙剣乱を外れました」


 お仕事モードになったミリアムさんは、固い口調で俺にそう告げた。

 さすがに“クビになりました”なんて、ストレートには言わないみたいだ。


「冒険者ギルド規定に従い、初級職レベル20初級リミットレベルのレオンくんは、暫定Dランクとなります」


 13歳で冒険者になって7年、がんばってBランクになったんだけどなぁ……。

 ま、俺ごときにゃ不相応ってことか。


「暫定Dランクですので、階層制限が通常より低くなります。暫定の文字が取れるかどうかは、今後の活動次第です。あと、暫定のうちはランクが下がりやすいのでお気をつけください」

「わかりました」


 ソロでどれだけやれるかわからないけど、まずは暫定の文字を取るってのを目標にするか。

 Dランクともなりゃ、どこかのパーティーに拾ってもらえるかもしれないしな。


「それからこちら、情報提供報酬の明細となります」

「情報……なに?」


 ミリアムさんが紙切れを俺の前に差し出した。

 そこには『クラスチェンジに関する新情報の提供に対する報酬』と書かれていて、その額は……。


「はぁ!? ひゃ――」


 おおっと、危うく大声を出すところだった。


「ふぅー……ふぅー……」


 落ち着け、俺。もう一度よく数えるんだ。

 えーっと、いちじゅうひゃく……。


「うん、間違いない」


 100万ガルバと記されている。

 半年は働かなくても暮らせる額だ。


「あの、これはいったい?」

「これまで同様、情報提供に対する報酬ですよ」

「これまで……?」

「まさか、知らないの?」

「知らない……? なにを?」


 俺の反応に、ミリアムさんが眉をひそめる。


「あの人たちは、本当に……」


 そしてなにかを呟いたが、うまく聞き取れなかった。


「では、改めて説明させてもらうわね……」


 俺の反応に驚いたせいか、お仕事モードが解除されたミリアムさんが少し砕けた口調で説明を始めた。


 いつまで経っても中級職にクラスチェンジできなかった俺は、実はかなり特殊な状態だったらしく、いまだギルドにない情報をいくつも提供したということで、情報提供報酬とやらがパーティーに支払われていたということだった。


「あのときは1000万ガルバが支払われたからね」

「い、いっせん……」


 それは俺のクラスチェンジ候補に、ギルドの記録にない未知のクラスが出たときの話だ。

 それ以降も俺がそれぞれの職業でレベル15初級マスターレベルに達したときと、レベル20初級リミットレベルに達し、クラスチェンジができないことが判明するたびに100万ガルバ前後の報酬が支払われていたらしい。


「あいつらっ……!」


 俺がいつか中級職以上にクラスチェンジできるかも知れない。

 だからレベリングを手伝ってくれていたんだと思っていた。

 でも、違った。あいつらは金欲しさに、俺を利用していたんだ。

 Bランクパーティーにとって、100万ガルバは大金といえないまでも、はした金と切り捨てるには惜しい額だ。


「ウォルフ、レベッカ……それにロイドとチェルシーも……!」


 ウォルフとレベッカはともかく、善人そうなロイドや、俺に興味なさそうなチェルシーまでもが、俺を騙し、搾取していたんだと思うと、ムカムカと腹が立ってきた。

 だが、疑問もあった。


「でも、なんで今回あいつらはこれを受け取らなかったんですか?」


 これを受け取っていれば、100万ガルバを得るだけでなく、俺にこのことがバレなかったかも知れない。

 連中の心情はどうあれ、少なくともまぬけな俺は、最後の別れはいい雰囲気だったと想い続けたことだろう。

 なのに……。


「この報酬を得るには、冒険者ギルド本部の承認が必要だからね」


『定期便に間に合わないから、今回のぶんは餞別も兼ねてレオンに全額やることにするよ』


 情報提供報酬の受け取りに時間がかかるとわかったウォルフは、そう言って俺をパーティーから外す手続きを終え、メンバーはさっさとギルドを出て行ったそうだ。


「今回は、全額……か」


 ふざけやがって!

 これまで一ガルバも払わなかったくせに!!


 もしかしたら俺への分け前にこの報酬が含まれていたのかも知れないけど、だったらひと言あってもいいはずだ。

 黙っていたんならやっぱり搾取してたってことじゃないか。


 でも、それ以上に腹立たしいのは……。


「俺のことを、その程度に……」


 今回のことを知って、俺がどう思うかなんて、どうでもいいってことだ。

 そんなことよりも、定期便に乗って次の町に進むほうが大事。

 連中にとって、俺はその程度の存在だったってことだ。


「ちくしょう……」


 また、涙が溢れそうになり、必死に堪えた。


「だ、大丈夫、レオンくん?」

「え、ええ」

「じゃあ、報酬はどうする? ギルドに預けるか、現金で渡すか……」


 金の話をされて、少しだけ気分が落ち着いた。

 相変わらずムカムカしてはいるが、泣き出すほどじゃあない。


「じゃあ、一万だけ現金で、あとは預けます」

「わかったわ。じゃあギルドカードを」


 ミリアムさんに促され、俺は〈収納庫ストレージ〉から片手に収まる透明なカード――ギルドカードを出し、彼女に渡した。


「はい、以上で手続きは終了です」


 最後にミリアムさんは、丁寧な言葉で締めくくった。

 手続きが終わり、ギルドカードと数枚の紙幣が受付台に置かれた。


「それにしても凄いわね、初級職をすべてレベル20初級リミットレベルまで上げるなんて」


 そう言ってミリアムさんはクスリと笑った。


「……そんなに、おかしいかよ」


 笑いやがったんだ。


 この女は。


 俺を。


「え?」

「俺のこと馬鹿にして、楽しいのかよぉ!!」


 怒りとともに、涙と叫びがあふれ出した。

 この女も、連中と同じで、俺を半端者だと……ハズレクラスだと馬鹿にしやがったんだ!!


「ご、ごめんなさい……そんなつもりは……」

「どいつもこいつも俺のこと見下しやがって!!」

「レオンくん、気分を害したのなら謝るわっ! だから、落ち着い――」

「うるせええええええ!!!!」


 もう、自分がなにに怒っているのかよくわからなかった。

 とにかく俺は、叫び倒して暴れ回りたかった。


「ちくしょおおぉおぉ……!!」


 そして俺は虚空に手を掲げ、〈収納庫ストレージ〉から剣を取り出そうとした。


 ギルドで剣を抜くのは御法度だ。

 でも、もうどうでもいい。


「これ、そう騒ぐでないわい」


 突然、耳元でしわがれた男の声が聞こえた。

 囁くようなその声をはっきりと耳にした直後、俺は頭に衝撃を受けて気絶した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る