ハズレ赤魔道士は賢者タイムに無双する【R15版】

平尾正和/ほーち

序章 【赤魔道士】は覚醒する

解雇-1

 ギィ……と乾いた音を立てて、古びた木製のドアが開いた。

 その瞬間、ドアの隙間からガヤガヤとした賑やかな音が飛び込んでくる。


 酒に食事、話し合いにちょっとしたいざこざという、冒険者の奏でる耳慣れた喧噪が、俺にはずいぶん遠く感じられた。


『祝福の間』を出た俺は、冒険者ギルドに併設された酒場を見回し、目当てのテーブルを見つけると、そちらへ向かった。

 一滴の酒も飲んでいないはずなのに、足下がおぼつかない。


「レオン、どうだった?」


 俺に気づいたのか、『狼牙剣乱ろうがけんらん』のリーダー【聖騎士】ウォルフは背を向けて座ったままそう言った。

 気に食わない態度だけど、頭に生えた獣耳がこちらを向いているので、意識は俺に向いているのだとわかる。


「だめ、でした……」


 耳障りな喧噪が溢れるなか、ウォルフのため息が不思議とはっきり聞こえた。


「じゃあ、約束通りお前はクビだ」


『クビ』という言葉に、血の気がさぁっと引いていく。


 いやだ! クビになるのだけは……!!


「お、お願いします! 何でもしますから、クビだけは勘弁してください!!」

「だめだ」


 ウォルフの背後から脇に回り込んで頭を下げたが、冷たい声が返ってくるだけだった。


「もう充分わかってると思うけど、あなた足手まといなのよ」


 その声に顔を上げると、ウォルフに向かい合って座る女性、同じパーティーメンバーの【天弓士】レベッカが冷たい笑みを浮かべていた。


 俺より五つも年上なのに、先祖にエルフがいるとかでいまだ十代のあどけなさが残る容姿だ。

 それでいながら、年齢相応の経験を持ち合わせているものだから、冷たい目のまま口角を上げるというその表情には、妙な色気があった。


「お願いします! 雑用でもなんでもしますから!!」

「あら、それじゃいまと変わんないじゃない」


 レベッカが、言葉とともにクスクスと小馬鹿にしたような笑みを漏らす。


 くそ……!


「報酬を下げてくれてもいい!! だから……!」


 この町唯一のBランクパーティー『狼牙剣乱』。

 俺以外全員が上級職で、ほどなくAランクにも届くというパーティーの一員、というステータスは絶対に手放したくない。


「君を守りながらでは先に進めんのだよ。わかってくれ、レオン」


 端整な顔立ちの優男が、諭すように言う。


 【大魔道】の彼は、名をロイドといい、正真正銘のエルフだった。

 優しい口調で正論を吐かれると、反論できないじゃないか……。


 ふと別の視線を感じてそちらを見ると、【暗殺者】のチェルシーと目が合った。


「い……いい加減自分の力を理解したらぁ!?」


 彼女は視線を泳がせながら、そう吐き捨てる。

 いつもどこかおどおどしているくせに、口を開くときつい言葉しか出てこない彼女が、とにかく俺は苦手だった。


 もうひとり、見覚えのない少年が同じテーブルにいて、興味深げにこちらを見ていた。

 気にはなったが、いまはそれどころじゃない。


「じゃあ、荷物や回復、支援担当はどうするんですか!? それをひとりでまかなえるヤツなんて、そうそういませんよ!!」


 とにかく俺の利便性を訴えかける。


「たしかに戦闘では役に立たないかも知れないけど、俺なら剣も魔法もそこそこいけますし……」

「それなら問題ねぇよ。せっかくだから紹介しといてやる」


 鬱陶しげにではあるが、ようやく俺のほうを見たウォルフは、すぐに視線を動かし、先ほどの少年に目を向けた。……やはり関係者なんだろうか?


「『旋風烈火せんぷうれっか』のドーガが引退したのは知ってるな?」

「ええ、まぁ……そこそこニュースになりましたから」

「そこの若い衆が何人かフリーになってな。優秀だってんで預かったんだよ」

「さぁノエルちゃん、去りゆく先輩に引き継ぎの挨拶をなさいな」


 レベッカめ……いちいち癪に障る言い方しやがって。


「はじめまして! えっと、さようならのほうがいいのかな?」


 暢気な口調でそんなことを言いながら、ノエルと呼ばれた少年は立ち上がった。


「ま、どっちでもいっか! ボクはノエル、【神官】だよ。よろしくね、先輩!」

「あ、ああ、よろしく。俺は――」

「もうお別れなんだし、わざわざ名乗ってもらわなくてもいいよ! ボク、名前を覚えるのは苦手なんだ」

「そ、そうか……」


 イラッとしたが、ここで怒って印象を悪くしてもしょうがない。まだ声変わりもしていないらしいノエルは、下手すりゃ十代半ばかもしれないが、それで中級職になってるんだからすごいやつなのだろう。


「こいつは元々旋風烈火で【荷運び】をやっていたんだが、適性がありそうだってんで、ドーガのおやじが【白魔道士】にクラスチェンジさせたんだよ」

「自分でも知らなかったんだけど、遠い先祖にノームがいるんじゃないかってね」


 いい血筋かよ、羨ましい。

 たしかに【神官】相手に俺の白魔法じゃ敵わない。

 でも……。


「ノエルくん、君【荷運び】レベルはいくつ?」

「あはは“ノエルくん”だなんて、ちょっとこそばゆいなぁ……。えっと、【荷運び】レベルだよね? 10だよ」


 勝った……!


「そうか、俺は20だぞ! なぁ俺のほうが――」

「あははっ! ウケるー」


 俺がプレゼンをしようとしたところで、ノエルが笑った。


「初級一般職をリミットまで上げるなんて、冒険者としては全然自慢になんないよー」

「で、でも、〈収納庫ストレージ〉の性能は――」

「んなもんマジックバッグで代用できんだよ、オレらくらいになるとな」

「う……」


 重さや容量を感じさせず、異空間に物を収納する【荷運び】のスキル〈収納庫ストレージ〉。

 高レベルともなれば収納物の劣化を防ぐ機能もあり、駆け出しからしばらくは重宝されるが、冒険者ランクが上がって収入が増えると、〈収納庫ストレージ〉に似た効果のあるマジックバッグというアイテムで代用できる。

 そして狼牙剣乱には、マジックバッグを買うくらいの金銭的な余裕があった。


「うぅ……」


 このパーティーじゃあまるで役に立ちそうにない……。

 でも、俺の……俺みたいな半端者の居場所なんて、そうそうない。


「お、お願いします!」


 だから俺は、迷わず土下座した。

 クスクスと俺をあざ笑う声や、ため息が頭上から聞こえてきたが、知ったことか。


「消耗品の買い出しも装備類のメンテ出しも、いま以上に効率よくやります! いままでやってこなかった納品だってやりますから!!」

「あ……アンタ、大の男がそんなことして恥ずかしくないの!?」


 頭上からチェルシーの声が聞こえてきたけど、気にしない。

 恥ずかしいに決まってるじゃないか。

 でも、そんなこと言ってられないんだよ……。


「はぁ……ったく……」


 ガガッっと椅子の動く音がしたあと、ウォルフが俺のすぐ脇に片膝をついたのを感じた。


「買い出しやらなんやらは手分けしてすりゃあいい。値切るとかケチケチするほど貧乏じゃねぇしな。あと、納品? お前なんかにさせるかバーカ」


 そこでウォルフは、俺の肩に優しくトンと手を置いた。


「2年、レベリングに付き合ってやったんだ。もういいだろ?」

「うう……」


 それを言われると、つらい……。

 俺のクラスチェンジ条件を模索するため、いろんな初級戦闘職20まで上げるのに、ずっと協力してもらっていたのだ。でも、今日、最後の戦闘職がレベル20初級リミットレベルに達したけど、クラスチェンジはできなかった。


「いい加減オレらのこと、解放してくれや」


 チクショウ! まるで、全部俺が悪いみたいな言い方しやがって……。


「ふふ、プルプル震えちゃって……。もしかしてこの子、泣いてるの?」


 レベッカの言うとおり、いつの間にか俺はポロポロと涙を流していた。

 悲しくて、悔しくて、情けなくて……。


「気分悪っ!! 先に出とくっ!!」


 チェルシーはそう叫んだあと、【暗殺者】らしからぬ大きな足音とともに去って行った。

 俺だって、好きでこんな醜態さらしてるわけじゃない……。


「あははっ! 大の男がなっさけないんだー」


 ノエルめ……ガキのくせに、ケラケラ笑いやがって……!


「おい、笑うんじゃない。レオンに対して失礼だろう」


 でもロイドの、俺を憐れむ言葉のほうが、つらい。


「お願いしますっ!」


 俺は涙でぐちゃぐちゃになっているであろう顔を、気にせず上げた。


「候補には挙がってるんです! あとは条件さえ満たせば……」

「全部リミットまで上げてだめだったろうが」

「でも、まだ一般職が――」

「それ全部試すまで付き合えってか!? てめぇ一般職がなんぼあると思ってんだコラァ!!」

「ひぃっ……!」


 ウォルフの怒鳴り声に、思わず身を縮めてしまう。

 こういうところ情けないよなぁ、なんてことが、妙に冷静に頭をよぎる。


「はぁー……とりあえず、座れや」

「え……?」


 深いため息をついたあと、ウォルフは俺の腕を掴んで立たせ、さっきまで自分が座っていた椅子に座らせた。

 それと同時に、先に出ていったチェルシー以外の他のメンバーも全員席を立った。


「オレたちゃもう行くぜ」

「ま、待って」


 引き留めようとすると、不意に給仕が現れ、テーブルに料理を並べ始めた。

 サラダ、スープ、ステーキ、パン、そしてワイン。

 どれもこの酒場で頼める最高の品ばかりだ。

 高級な料理から漂う匂いのせいか、こんなときなのに、俺の腹はグゥと鳴った。


「メシ、まだ食ってねぇんだろ?」

「え?」


 さっきまでとは打って変わって優しい声だった。


「いまはともかく、最初のころはあなたに随分お世話になりましたわ。だから、ありがとう」


 そう言ってレベッカが微笑む。

 こんな柔らかな笑顔を彼女から向けられたのは、いつぶりだろう?


「いまはここでお別れとなるが、お互い冒険者を続けていればいずれ会うことがあるかも知れない。そのときは笑って話せるといいな」


 ロイドはいつもと変わらない。

 でも、それがいまは少しだけ嬉しい。


「そいつはオレらからの奢りだ。ゆっくり味わってくれや」

「ウォルフさん……」


 こうまでされると、彼らにしがみついているのが情けなくなってきた。

 もう、諦めるしかないのかな。


「先輩、早く食べないと冷めちゃいますよー?」

「……ああ、そうだな」


 さっきまで憎たらしいクソガキだと思ってたが、優しい口調でそういわれると、なんだかかわいく見えてくるから不思議だ。

 俺ってチョロいのかな。


「ウォルフ、そろそろ定期便の時間よ」

「おう、わかってる」


 定期便……。

 つまり、彼らは今日、この町を離れるのか。


「一緒に行きたかったけど残念だ。じゃあな、レオン」


 俺のクラスチェンジが成功していれば、一緒に連れて行ってくれたんだろうか。

 一緒に行きたかったってことは、そういうことだよな。


「お世話に、なりました……」


 俺はポロポロ涙を流しながら、頭を下げた。

 しばらくして頭を上げると、ウォルフたちの姿は酒場から消えていた。


「さて……冷めないうちに食べないとな」


 メンバーを見送った俺は、椅子に座り料理を食べ始めた。

 サラダは新鮮でシャキシャキとしていて、肉は適度な歯ごたえを残しながらも、恐ろしく柔らかかった。


 かかっているソースもドレッシングも、最上のものなんだろう。

 スープもワインも、すごくいいものに違いない。


 でも、ひとりで食べる豪華な料理は、思っていたより美味しくなかった。

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