第7話

車は海に向かって走った。

夜明け前に船なんか出したら妙じゃないか?

「足元にシャツがあるだろ」

彼が言う。見るとよれよれのシャツが二枚。

「それを着てくれ」

そのシャツは、なんだか海の匂いがする。


「この車どうするんだ?」

「借り物なんだ。波止場のそばに返す約束をしてる。」

車を停めて、ナンバープレートにかけておいた黒い布をとる。


広がる海には漁師たちがいた。


「ヨォ!兄ちゃん!」

漁師が彼に話しかける。

「荷物持ちを連れてきたぜ。」

「オオ!よろしくナァ!」


漁師たちは、この町と対岸とを行ったり来たりしながら漁をしているらしかった。

「あっち側の宿の方がイイ女がイッパイ居るんだよ」

ガハハと笑う漁師たちの歯は、ところどころ欠けていた。

彼は、人の警戒心を解くのがうまかった。


船は日が昇らないうちに海に出た。


漁はしたことがあるが、今回もまた辛いものだった。


昼頃に向こう岸に着いた。魚を売りに出し、残りを調理し始める。

皆で酒をのみ、肩を組んで歌った。

「兄ちゃんたちは、このまま行っちまうんだってェ?」

酔っぱらいが話しかける。

「アァ。このまま行って、広い海を越えるつもりだ。」

彼は見た感じ上機嫌だった。

「そいつァいいな。気を付けるんだよ。海は気まぐれだ…」

「あぁ。」

「元々向こうから来たんじゃなかったか?」

聞かれて彼が頷く。

「海の向こうで鉱山を掘ってた」

漁師がどよめく。

「そうかい!だから網も軽々持てたってのか!」

笑い声が響く。

虚ろに笑う彼と目が合った。その青い目、がどこか寂しげで驚いた。

「でももう鉱山にはいかないからな!街で一儲けするつもりだよ」

そんときは俺たちにも酒を持ってこい!と、彼は漁師に肩を叩かれていた。

日が傾いて、漁師たちは宿に戻る。

彼らに手を振って歩き出した。


「汽車に乗る」

彼が言った。お互い疲れを見せないように歩いた。出来るだけ早く、遠くにいかなければ。


汽車に飛び乗って遠くまで。

次の日には、私たちは国境を越えていた。


異国の宝石のニュースは、土地が変わればもう入ってこなかった。

あの町でどう憶測が飛び交っているか、私たちはもう知る由もない。


薄暗い裏通りに狭い部屋を借り、しばらく身を潜めることにした。

この通りですれ違う人間全員を警戒しておけよ、と彼は言った。

「見る?」

彼が靴の中から宝石を取り出した。彼がサングラスを外す。掌でコロコロと転がる宝石が、光に当たってキラキラ輝く。


「この宝石…」

最初に口を開いたのは私だった。

「緑か…..?」

兄弟はぽかんとしてこっちを見る。

「え、緑だろ」


「…俺には…赤に見える….」


つまんで光にかざしてみる。

「あ…」

今度は青だ。

何回か回して確認する。確かに緑に見えるところもある。

兄弟はこちらを不思議そうにして見ていた。

「青と、赤と、緑に見える」

「ええーそれは欲張りすぎじゃない??」

弟が困ったような顔をした。

兄は宝石を光にかざしてみていた。

「あ?あー…まぁ見えなくもない…かな…?」


彼も確認する。

「まあ確かに3色かも…」

でも、と彼は付け加える。

「君の目の色だよ」

「緑のとこは確かにそうかもしれない。でも赤いところは、君の目の色とおんなじだ」

彼はぱちぱちと瞬きする。

「青いとこは兄さんの目だね」

兄は、どこか居心地が悪そうだった。

とにかく、と彼は咳払いした。


「三人で盗んだこの宝石を、三等分しよう。それなら恨みっこなしだ。」


異論はなかった。


「時計屋は宝石屋のギルドだろ。うまいこと切り分けられないかい」

彼に無茶を言われたので部品を集めて作業台を作り上げた。不格好だが、宝石くらいは切れるだろう。三等分した宝石を三人で分ける。はいどーぞ。

三色に光る石。

さてどうしようか。


悩んだ末、私は時計に組み込むことにした。


弟はロケットにして首からぶら下げる。外枠の細工は私がしてやった。


「兄さんは?」

彼が聞くと、兄は大きく口を開けて舌を出した。

舌の上にキラリと光る宝石。

「えっ!」

思わず声が出た。

「なんだってそんなところに穴なんか…」

「むかし賭けに負けた時に開けたんだよ」

彼はいたずらっぽくニヤリと笑った。

「いいだろ」

ええ~と思って振り向くと弟も舌をぺろりと出していた。

そこには赤い石。

「おやおや…」

ほんとにこの兄弟は…

「君もお揃いにするかね?」

「私は賭けに負けないから結構だ」

「そういう賭けか?」

兄が笑う。それにつられてしまう。なんだか彼らを、もっと前から知っていた気がした。

「母親を探すんだろ」

彼は寂しそうな顔をして笑った。

「太平洋を越える。…危険だが、一緒に来てくれるか」

断ってもいいんだぞと、その目は言っていた。

「…今さらだ。全くもって、その提案は無責任だよ。」

大切が、船に乗って迎えに来たのだ。

一緒に行こう。私を幸運の女神と言った彼らと世界が見たいのだ。

彼は、少し俯いて頷いた。


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宝石。 maria :-) @maria1172

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