第5話
どうせなら出発の日を合わせよう!俺も海を越えて帰るんだ、なんて彼はそれらしく言ってみせた。皆、私の船旅が一人じゃないと分かって少しほっとしたようだった。
出発の日の朝。叔父は行ってこいよ、ここは俺たちが守ってやるからと言った。父親からは山盛りの缶詰を渡され、鞄に詰める。妹から、指輪の時計を渡された。器用なもんだな。母親は、キッチンで泣いていた。
船に乗り込む。ここからどこに?
「イタリアだ。そこで兄と落ち合う。」
そこまで言って、彼はこちらを向いて笑った。
「彼は君を気に入っているだろう」
風が流れる。帆をはためかせる。
始まりの予感がする。
進行方向を向き直り、彼は呟いた。
「宝石商から、奪い取る」
その目は怒りにも似た色をしていた。
宝石にしたら、きっと綺麗だっただろう。
でも、一体何に対しての怒りだろうか。
わからない。彼のことが。
イタリアにつくと、そこからは車での移動だった。
まだまだ馬車は道を走っている。
「ここからどれくらいなんだ?」
「一時間そこそこかな」
彼は言葉が堪能だった。私は訛りが出てしまうから黙っていた方がいいだろう。そんなことを考えていたら、いつの間にか眠ってしまっていたらしかった。
「着いたよ」
運転手にチップまで掴ませて私たちは外に出る。
「ここから少し入り組んだ道を歩くよ」
両手に荷物を持っても、彼は軽々としていた。大きな背中を追いかける。それがなんとなく少し懐かしくて、ばれないように泣いた。
裏路地を進んだ薄汚れた家の2階に、彼はいた。
あの日会った時と同じスーツを着ていた。私の腕時計を付けて。
「連れてきたよ。」
どんな顔をすればいいのか分からなくて、部屋を見回すふりをする。
「よろしく、時計屋さん」
彼はこちらに近づいて右手を出してきた。大きな手だ。すべてをつかみ取る手相をしていた。
「よろしく」
彼は片方の口角を引き上げてニヤリと笑った。なかなかいい癖をしているな。
「座ってくれ。」
3人で小さな机に膝を突き合わせて座る。
彼から作戦を告げられる。
私たちが狙う宝石は、明後日から町の美術館に飾られるらしかった。とある富豪が買い取ったらしい。
「高い買い物をするもんだな」
宝石の受け渡しは明日。つまりこの宝石の隙は
「明日の夜しかない」
どんな物事もそうだが、物流というものもまた下っ端の人間によって行われるものだった。宝石においても例外ではない。
「移動中の黒服を襲い、宝石を奪う。そうすれば強盗の出所は分かられまいよ。宝石を手にいれる時には、派手であるだけ厄介だ。出来るだけ素早く静かに正確に、奪う。」
町の地図を広げる。店から取引場所までのルートに赤く線をいれる。
「相手が何人かわかるのか」
「分からない。それでも4,5人だろう」
彼は地図から目を逸らさずに答えた。
「ここで待つ。」
大通りにさしかかるところの裏道に印をつける。
「盗んだらすぐにこの町を発つ。俺が車で待ってるからこの路地まで来て乗ってくれ。波止場までいく。船を岸に止めてあるんだ」
「いきなり居なくなったら不自然じゃないのか?この部屋の大家とかが気づいたらどうする」
彼が背もたれに体をうずめて手をひらひらさせた。
「ここは廃屋なんだよ」
不法侵入じゃないか!驚いて目を丸くしたが、二人は気にも留めなかった。
彼はくたびれたジャケットの胸ポケットから銃を3つ取り出した。
「護身用だ。使い方はわかるか」
「一応わかる。」
私が言うと彼は頷いた。
「話は終わり。隣の部屋が空いてる。君はそこを使ってくれていい」
ありがたく隣の部屋に移る。ベッドが置いてあるだけの部屋。
さっきの作戦が頭のなかでぐるぐると渦巻いている。窓を開けて夜風に当たりながら、ベッドの上においた銃を見つめた。
夜が明ける前に、眠ろう。
ベッドに横たわると、すぐに意識は遠のいた。
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