第5話 愛は君の中にある。と言った君の中にもある。

「失礼するよ」

彼がつぶやき手を動かすと、植物がわさわさ動きながらすごすごと道を開けた。この光景を、前にも見たな。彼は、地上のどんな生き物も従え、歩いた。あの穂を思い出す。草原に落ちた、たったひとつの穂。君の涙で実がなった。それを食べて、バッファローが死んだ。


 私たちの逃走劇は、決して恋に唆されたものでも、愛に溺れたものでもなかった。

そんな分かりやすい言葉に出来るようなものではない、もっと、もっと深いもの。言ってしまえば腸を口から引き摺り出されて、「見てごらん。よく動くねぇ」と、上級天使に言われているような感覚。

雲の上で出会い共に過ごした私たちは、お互いを片割れだと知っていた。しかしその中で私たちは許しがたい違和感を感じてしまったのだ。場所における違和感を。

 ここではないと、直感が告げていた。こんな雲の上ではないと。私たちが隣にいるということがごく自然なのは、この場所ではなくてあの土の上であると。

 乾拭き屋根の家で羊を飼い、その乳でチーズを作り、麦を育ててパンを焼き、井戸から水を汲み、薪を燃やして暖をとるような。朝日を鶏と共に愛し、西日の中で眼を閉じるような毎日。逆さに吊るした切り花に、口付けるような日常。

 そういうところで私たちは共に過ごしているのが、ひどく自然だと直感した。そして直感というものは往々にして、出てきた瞬間からその思考の持ち主を必ず蝕んでいくものだった。気がついたら私たちは、その手を取り合って走り出した。翼が生えているのにも関わらず、だ。



いつか、と、楽園を夢見た私たち。楽園はどこにある?君がいればよかったのだ。この翼をもがれて業火に焼かれても、夢を見たのは君だった。この手をとって、君が走り出す。ああ、私は幸せになりなさい。

いつか此処に立つだろう私が、唯一出来る救い。愛は君の中にある。






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