第4話 世界に色がついてるなら、遊びなさい。

 彼には6つの瞳があった。所謂"目"の位置についているものと、額についているもの。彼は癖でよく、大人が子供を慰めるように人に手をかざす。両の掌に眼がついているからだ。

「真実が見えるとか、そういうわけではない。ただ、よく見えるんだよ」

と、彼は言っていた。残りひとつは胸の真ん中に付いている。しかし6つとは言ったものの胸の眼には周りに眼の予備軍みたいなものがあって、彼自身、正確な数はよく分かっていなかった。

「増えるやも知れんな」

これ以上、見るものも観たいものもなどないのだが。彼のつぶやきに、私はよく「神の思し召しだろう。君に与えられた宿命だ」と言って十字を切った。彼はいつもそれに、表情を一つも変えずに「素敵なことだ」と返した。

彼の瞳はどれもアンバーで、静かで、とても美しい。これを噛みの贈り物と呼ばすになんと言う?しかしここに堕ちてきた我々にとって、彼の多すぎる瞳はあまりに鬱陶しいものだった。


「透明人間には成れたかね」

私の質問に、彼は首を横に振る。

「その必要はなかった。元々、誰にも見えなかったのだ」

言いながら、彼が私の胸に手を伸ばす。そのまま、手は私の体を貫いた。

「…まだ空いているのか」

私の胸のぽっかりと開いた穴に、彼は少しも躊躇せずに手を突っ込んだ。

「そのようだ」

そう答える私を気にも留めないで、彼はそこで手を開いたり閉じたりしてみせた。どうだい。君の動きを遮るものは存在するかな。

「奪われてしまったからね。ここを埋めるには…返してもらいに行くしかないだろう」

私の言葉に頷いて、彼が指を鳴らした。ボウ!と音を立てて、私の胸いっぱいにカラフルな花々が咲き誇る。名もない花、バラ、ガーベラ、ユリ、色とりどりが咲いた。

「ふむ」

母の日だからな、と彼は言った。おいおい、私は君のマリアじゃないよ。

 ずんずんと、背の高い植物を掻き分けて歩く。途中で蔓が伸びてきて私の胸に入り込もうとしてきた。いや、いや、これ以上入らないのだよ。払い除けると蔓は寂しそうに他の行き場を探し、手近な木に居場所を見つけていた。

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