静かな<戦い>

『ウルイ……!』


ウルイが人間の兵士を助けた様子を、イティラは言われた通りしっかりと身を隠したままで見届けた。


ただ、内心では、


『なんでそいつらなんか助けるの……!?』


とは思ってしまっていた。


こいつらは十中八九、キトゥハを鉄の棒で打ち据えたという<王子>の仲間だろう。そんな奴らを助けるなんて、イティラには納得できなかった。


でも、『早まった真似をしない』というのはウルイとの約束だ。自分の感情も大事だけれど、イティラにとってはウルイの方がもっと大事だった。彼のためなら、目先の感情くらいは抑えてみせる。


『そうだ。それができないようなのはウルイには相応しくない……!』


ウルイは、自分のことをちゃんと認めてくれている。その彼の決めたことになら、従える。


怒鳴って殴って脅して従わせようとしていた両親や兄姉の言うことなんて聞きたくもないけれど、ウルイなら。


誰にも知られることのない、静かな、とても静かな<戦い>がそこにはあった。ウルイにとって信頼に値する<大人>になれるかどうかの戦いだ。


目先の感情に囚われて勝手なことをするような相手では、命を預けるようなことはできない。


ドムグの時も、銀色の孤狼の時も、ウルイはイティラに命を預けてくれた。


思えば、この時にはもう、ウルイは自分のことを一人前だと認めてくれていたのだと、今なら分かる。


『そうだよね……頼りにならない<子供>に、自分の命を任せたりしないよね……』


そういうことだ。彼が自分を<女>として扱ってくれないから、つい、


『大人として見てくれていない!』


と感じてしまったものの、考えてみればあの朴念仁が、たとえ大人の女相手でも積極的に手を出したりするだろうか?


『いや~、それはないな……』


何故かそう考えるとしっくりきてしまう。


そう。ウルイはイティラを『大人として扱っていない』のではなく、ただ単に人並み外れて<奥手>なだけなのだ。


助ける必要なんかあるとは思えない人間を助けようとするウルイの行動には、これまで確かにちゃんと意味があったし、自分のことを蔑ろになんて彼はしてこなかった。


『そっか……大人になるって、相手をちゃんと認められるようになることなんだ……』


大事なことは、これまで、ウルイがしっかりと示してくれていた。自分も彼の真似をしてれば、彼の信頼を得ることができてきた。


単に自分が<子供>だったから、何でも自分の思い通りになってくれないと、ウルイが自分の思ってる通りの振る舞いをして、自分を大人として扱ってくれないと気が済まなかっただけなのだと、イティラは気付いたのだった。


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