とんでもないのがいる

そんな風に、イティラが一人、自分自身の中で<答>に辿り着いている頃、ウルイは沢に落ちた兵士を支え、助けを待った。


自分でも沢から引き揚げようとしたのだが、鉄の鎧を着ている上に中に着ている服が水を吸ってとんでもない重さになっていたのだ。大の男一人くらいなら抱え上げることもできるウルイでも、どうにもできないくらいに。


しかも、鎧を脱がそうにも、実際に触ったことはおろか間近で見たこともなかったので、何をどうすればいいのかがさっぱり分からない。


なので仕方なく、溺れないように支えて、崖をよたよたと降りてくる者達を、焦れながらも辛抱強く待った。


が、山中を流れる沢の水は決して温かいものではなく、いくら時期的に寒くないと言ってもずっと流水に曝されていては体温が急激に奪われる。


後から沢に入ったウルイでも辛くなってきたくらいだから、先に落ちた兵士の唇はすでに真っ青で、体もがたがたと震えている状態だ。


『くそ…っ! このままだとこいつの心臓が止まるぞ……!』


さすがに苛立ちさえ覚え始めた時、ウルイは、崖を滑るように降りてくる人影を捉えていた。鎧を脱いで身軽になってはいたものの、遠目でも分かる鍛え上げられた体躯を備えた大柄な男だった。


何気なく見ていると、他の獣にさえ思えてきそうだ。


そいつは鎧をまとった兵士らを置き去りにして沢に下り、ウルイの下に駆け付ける。と、兵士の体をガッと掴み、


「ぬうおっ!!」


と気合を込めたかと思うと、鉄の鎧をまといたっぷりと水を含んだ服を着た兵士を担ぎ上げてしまったのだ。


「なっ!?」


さすがにこれにはウルイも声を失い、呆気に取られて見上げる。


「起きられるか!?」


兵士を抱えた強力の男に問い掛けられ、


「あ、ああ。大丈夫だ……」


やっとという感じで応えて立ち上がり、共に岸へと向かった。


『こいつ……人間だよな……?』


自分では助け起こすことさえできなかった兵士を一人で担ぎ上げた男を見ながら、ウルイは思う。


確かに<獣人>であれば、この程度の芸当ができる者はいると聞く。しかしこの連中は間違いなく人間の軍隊で、たぶんこの男も人間だろう。なのにこの芸当とは……


ウルイも、体力にはそれなりに自信もあった。鎧さえまとってなければ担ぎ上げる程度のことができたとは思っている。


なのにこの男は、ウルイにもできないことをやってみせた。


『人間にも、とんでもないのがいるんだな……』


人間社会を捨ててずっと山の中で暮らしてきた自分が知らないことがこの世にはあるのだと、改めて思い知らされたのだった。


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