あの時の怒りが
こうして何とかイティラを落ち着かせることができたウルイだったものの、彼自身、実は懸念がないわけでもなかった。
キトゥハのところに人間が現れて<王の命を狙っている獣人>を探していたとなれば、いずれ自分達のところにも現れるかもしれない。
何ヶ月も前のこととは言え、自動車や無線通信などの道具がまだ存在しないこの世界では、物事のタイムスケジュールそのものが数ヶ月単位だったりするので、まだ十分に現在進行形の事態である可能性がある。
「<王の命を狙っている獣人>って、もしかしたら、あいつのことかな……?」
狩りのために山を歩いている最中、イティラがそんなことを訊いてきた。
<あいつ>
イティラに対して『俺の子を生め』と言い放ったあの獣人の青年のことである。もう一年以上も前のことであるとはいえ、十分に考えられる。
<西の獣人の村>が人間の軍隊に攻められて壊滅させられたこともきっと無関係ではないだろう。
イティラとウルイにとっては人間の政治のことなどどうでもいい話ではあるものの、向こうが一方的に干渉してくることは有り得る。
「そうかもしれないな……」
確証はないにしてもさすがに十分に連想される話に、ウルイもつい同調してしまう。
そんな彼に、
「まったく…! 迷惑な話だよね……!」
イティラは素直な気持ちを口にした。
確かに彼女にしてみれば自分の与り知らぬ諍いに巻き込まれるような状況は迷惑千万だろう。
それについてはウルイもまったく異論はない。
「確かに……」
と返す。
が、二人にとってはそれこそどうにもしようもない話でもあるので、それ以上は広げようもなかった。
しかしその時、
「え……?」
イティラがハッとなって、続いて険しい表情になる。
「どうした……?」
ウルイが尋ねると、
「……人間だ……多い…十とか二十じゃない……馬もいる……鉄の音もする」
彼女は答えた。その言葉に、ウルイもピンと来てしまう。
「くそ……! キトゥハのところに現れた人間達か……?」
言った後、イティラと顔を見合わせる。その彼女の表情がさらに険しいものになっていた。
ウルイには、こちらもピンと来てしまう。
『あの時の怒りが戻ってきてしまったか……』
キトゥハが人間の王子に鉄の棒で打ち据えられたと聞いた時の憤り。それが再び頭をもたげてきたのかもしれない。
ウルイとの話の中では一応のケリはついていたものの、こうして思い出されると感情が昂ってしまう。特に、例の<王子>がいる可能性があるとなれば。
キトゥハが弱ったのは、確かに歳の所為かもしれない。しかし、人間の王子が鉄の棒で自分達の恩人を打ち据えたというのは、やはり腹に据えかねていたのだった。
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