泣く

イティラは泣いた。


最初は驚いて泣いて、次にショックを受けて泣いて、最後には安堵して泣いた。


ただの<泣く>という反応でもそれだけの種類があることが分かる。実際にはもっと多いだろうが。


しかもこれだけの<泣く>を見せるということは、彼女が、


『人間と同じ、または非常に近い感性を持っている』


ことの証拠だろう。


どれほど姿が異形であっても。


「……」


ウルイは人間が嫌いだった。自分より弱い者を見下し蔑み軽んじ痛めつけることで自分を大きく見せようとする人間が心底嫌いだった。


だから見限った。


けれど、今、自分の目の前にいるのは、はっきり言って片手でさえくびり殺してしまえそうな非力な幼子おさなご


ウルイは思う。


『今、俺がこいつを怒鳴ったりすれば、俺は、あいつらと同じなんじゃないのか……?』


<あいつら>


それは、ウルイが見限った、


<自分より弱い者を見下し蔑み軽んじ痛めつけることで自分を大きく見せようとする人間達>


のこと。


そういう人間達を見限っておきながら、今度は自分が<そういう人間達の一人>になるのか……?


それはおかしくないか?


などという様々な思考が彼の頭を駆け巡る。


その果てに、彼は思ってしまった。


『俺は、あいつらと同じにはなりたくない……!』


と。




こうしてイティラは、ウルイの下で暮らすこととなった。


と言っても、ウルイがイティラを『育てる』と言うよりは、


『非力な同居人を、自分にできる範囲で面倒を見ている』


的に解釈した方が正確かもしれない。


ウルイは彼女の<親>になるつもりなど毛頭なかった。ただただ、自分が嫌っていた人間とは同じでいたくないと思っていただけだ。


強い相手には媚びへつらい、その一方で相手が自分より弱いと見るや、反撃できないと見るや、居丈高になる。


自分の父親がそうだった。母親がそうだった。親戚がそうだった。周りの大人がそうだった。


非力な子供である自分に対しては威圧的に振る舞い、なのに明らかに自分より強そうな相手ならどんなに理不尽なことをされても歯向かうことはないどころか愛想笑いまで浮かべる。


本当に反吐が出る奴らだった。


それが嫌で嫌で嫌で嫌で、十二歳になったある日、仕事の鬱憤を自分に向ける父親の顔に拳を叩きつけた。


すると、呆気ないくらいに簡単に、父親はその場に腰を着いた。その時の、父親の表情。


自分よりも弱いと思っていた相手が、自分の言いなりなって当然だと思っていた相手が、いつの間にか自分と同等以上の力を獲得していたことを悟った、驚きと絶望が入り混じったかのような、心底不様なかお


反撃されてそんなかおを見せるくらいなら、そもそも反発されるようなことをしなければいいというのに……


それを察した瞬間、ウルイは


『こいつらはダメだ……』


と、強く思った。


だから見限ったのだった。


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