第142話 有効活用 後編
僕は白い湯気が上がっている淹れたてで熱々の紅茶を口に運んだ。ティーカップは白く、アラベスクのような模様が金色の金属で飾られていて、いかにも高級そうなものだった。
「良さそうなカップで飲むと、紅茶の味も変わるものなのか……だが苦い、渋い、美味しいんだけれど、めちゃくちゃ濃い」
舌を引っ掻きたくなるような苦味に顔をしかめていると、エリザヴェータが、
「 濃いめに淹れてあるので、ジャムとお湯で調節しないと美味しくないですよ」
と呆れながら言って、僕の前に平べったい皿とティーポットを置いた。
平べったい皿の上には金属製のスプーンが三本並べられており、そこにはそれぞれ赤色、黄色、紫色のジェル状のものが盛られていた。
「……ん?」
首を傾げた僕に対して、
「知らないですか? ……まあ、そうですよね。もうなくなってしまった文化ですから」
とエリザヴェータは悲しげに言った。それから向かい合って座っているテーブルに身を乗り出して、赤色のジェル状のものが盛られたスプーンを手に取った。
「ほら……こうやって……」
エリザヴェータは僕の紅茶にスプーンを入れて、ジェル状のものを溶かすようにかき混ぜた。
「それから……」
紅茶を混ぜながらティーポットのお湯を注いだ。
「これで完成です。あとは……甘みが欲しければそこのスプーンに盛ったジャムを溶かしてくださいね」
「ああ、はい、どうも……」
僕はさっそく紅茶をすすった。口に含んだ瞬間、柔らかくて優しい甘みが広がった。飲み込めばその甘みはすうっと消えていき、紅茶のスッキリとした味だけが口に残った。
「美味しい……紅茶には砂糖とミルクって相場のはずなのに……」
「いいんですよ、これを広めても」
エリザヴェータは優しく笑って紅茶を一口飲んだ。
「帰ったら早速広めるよ、これ。……それにしても、こんなにも美味しいのにどうしてその文化は潰えちゃったんだろう……? 誰かが継承していてもいいはずなのに……」
僕は独り言のように言いながら紅茶をすすり、程よい甘みの幸福感に浸っていた。
「それはですね……私の国の人々はあの忌ま忌ましい男に鏖殺されてしまいまい、その文化を持っていた人はもう残っていないからなのですよ」
エリザヴェータはため息混じりに答えた。
「ええっ、そんなぁ……なにも皆殺しにしなくてもいいじゃないですか、かわいそうに……」
僕はジャムが盛られたスプーンを取り、紅茶に溶かした。カップに当てないように静かにゆっくりとかき混ぜる。
「あの男は……私の国を恨んでいましたから。だからそれ自体は仕方がないことかもしれません」
「レオンにも少しは人間味があるんだな」
「あれだって元は人間ですから、憎しみも恨みもあるのでしょう。……まあ、それ以上に被害者や遺族からそれらを買っていますがね……。だからといってそれは許される行為ではありません。だから──」
「──だから、灸を据えるんだろう?」
「正解」
「じゃあ、これ。渡しとくよ」
僕は布で包まれた細長い荷物を渡した。エリザヴェータはそれを受け取るや否や包んでいた布を剥がした。すると中から一本のクレイモアが姿を見せた。
「綺麗に作られていますね。レジスタンスは専属の鍛冶屋を雇っているのですか?」
エリザヴェータは立ち上がると、片手で軽々と華麗に振り回した。
「んー、知らない。入隊試験を突破したら勝手に届けられたから、そっちのほうのことはどうなっているのか分からないな」
「そうですか……まあでも、最近は鍛冶屋なんて滅多に見なくなってきましたし、鍛冶屋の家系からしたら固定客がいて良かったですね」
エリザヴェータはクレイモアを壁に立てかけてから元の席に着いた。
「それにしても……セシリア、あなたは随分と出世しましたね。歴代最速とまでは行かなくても、インテリゲンツィアと接触に漕ぎ着けたのはかなり早い方ではないですか?」
「そうか? あまり上との関係は構築できていないから、なんとも言えないなぁ……だから比較したくてもできないよ」
「最速は入隊試験突破後、一ヶ月でホロコースト部隊に所属したらしいですよ」
エリザヴェータは口元を隠して笑いながら言った。
「人間じゃないよな、それ」
それを聞いた僕はプルプルと震えた。
「そもそも、一ヶ月で活躍して特異体へ対抗するための特別訓練までするのってまず無理だと思うな」
僕はシェリルの口利きのおかげでここまで来られた実力の伴わない人間だからこそそう思ったのかもしれない。
「あなたも頑張ってください。同化しているようですから、そう遠くないうちにホロコースト部隊に昇格できると思いますよ。──そして妹さんを助けましょう」
「……はい」
「私も微力ながらあなたがくれたこれで助けますから。そう落ち込まないでください」
エリザヴェータは僕のほうへと近寄り、膝立ちすると、僕を力一杯抱きしめた。
「あなたならできます。必ず、絶対に妹を助けられます。だから自分を信じて、道を切り開いていってください」
力強く断言したエリザヴェータの顔は怒りとも優しさとも見て取れるものだった。
艶のある髪の毛からほのかに香る良い匂いが鼻腔を通り抜けていく。
「……はい、頑張ります」
僕は自信なさげに答えた。
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