第143話 引きずり出しましょう 前編
「──クソがぁぁぁぁぁ!」
僕は絶叫した。その光景をゴミを見るかのような目つきのレイチェルが見つめている。
頭を抱えて地面でのたうち回る僕の脇腹にレイチェルは容赦なく蹴りを入れた。無慈悲にも僕の体は浮き上がり、地面へと叩きつけられる。
──なんでここの人はこんなにも蹴りを入れたがるんだよ……。
「どうしてできないの?」
地面に転がっている僕の顔を覗き込んだレイチェルの、生気の感じられない虚ろで底なし沼に引きずり込まれてしまいそうな双眸が、僕を捕らえた。
「どうしてって……分からないですよ、そんなの……!」
僕はわざとらしくふて腐れたように体操座りをして、うつむきながら両手の人差し指で互いの指をつつき合った。そしてときおりレイチェルの様子を伺う。
「いい、もう一回やってみせるから、覚えて」
「……はい」
レイチェルは羽織っている朱色の裾や袖、襟が棘のようにギザギザになっているコートの袖をたくし上げて、まるで手からビームでも出すかのように地面の一点に合わせると、
「おいで、シャーデンフロイデ」
と呟いた。
次の瞬間、手の先にある地面の一点が盛り上がり、赤色の棘が生えてきた。棘が生えたところの地面には放射状にヒビが入り、一部は砕けて破片が辺りに散らばった。
「さあ、やってみて」
レイチェルが開いていた手を握ると、棘は霧のように跡形もなく消えていった。地面に残ったのは、放射状のヒビだけだった。
涼しい顔をしているレイチェルに対して僕が、
「そんな簡単にできるわけないじゃないですか!」
と声を荒げると、すかさずみぞおちに蹴りが入った。それは人間の──それも華奢な少女の放つ蹴りとは思えないほど高い威力のものだった。
水平に五、六メートル吹っ飛んで、普段ならこのまま地面を転がるが、同化による身体能力の向上により、着地の寸前に猫のように体を捻り、見事足からの着地に成功した。
蹴られたみぞおちは痛むし、胃が押し潰されて中身が込み上げてきたが、それを押さえ込んで、僕は腹部に力を入れた。
呼吸を整えて理想をイメージする。
──いつもナスチャがやっているように……ナスチャみたいに……生み出せ……生み出せ……。
腹筋がプルプルと震え、内臓が燃えるように熱くなるが、一向に出てくる気配がない。
──クソ、クソ、クソ! なんでだ! なんで出てこないんだ! ナスチャは簡単にやってのけていたのに……ホロコースト部隊の人たちだって息をするようにできるのに……なんで僕にはできないんだ……!
どれだけ未来を想像しても、それを自分のものにすることはできない。
──だったら……。
いつまでたっても同化による能力を使えない僕は、腰につけているポーチから一本のロープを取り出して、自分の首にかけると、力の限り絞めあげた。
頸動脈と気道が圧迫され、すぐに視界が白黒にチカチカと点滅し始めた。
「……それに頼るしか能がないなんてかわいそう」
レイチェルがポツリと言った。だがその言葉は僕には届かない。
「……あと……少し……」
脳へ酸素が行き渡らなくなり、意識が朦朧としてきた。足の力が抜けてきて、立っていることも難しくなり、その場に力なく膝から崩れ落ちた。
そして視界が真っ暗になった。
──違う、これじゃない。
──これも僕の求めているものじゃない。
──そんなのじゃダメだ。
──早くしないと。
──探せ、探せ、探せ。理想の未来を探せ!
僕は目の前に浮かぶ映像にかぶりつくように見ている。だが、目的の未来はいつになっても出てこない。
──まさか、能力が使えるようになる未来はないのか……? 嘘だろ……そんなことがあってたまるか……。せっかく同化できて……ヴィオラを助けられそうなのに……。
目の前に浮かぶ無数の未来の映像はどれもレイチェルに叩き起こされるものばかりだ。
僕は映像の一つ一つを見ていく。
──おいおい、なんでこの未来だと僕はレイチェルに関節技をかけられて目を覚まさせられるんだ。
その映像は僕がレイチェルに腕ひしぎ十字固めを決められていた。挙句、関節技をかけられていた片腕が折られて真っ赤に腫れ上がっていた。
──なんでこうもホロコースト部隊の人って頭のネジが数本なくなっているんだよ。意識のない人に対して目を覚まさせるために行なうことが腕ひしぎ十字固めってそうそうあることじゃないだろう。
結局この後もいくら粘っても能力が使える未来は見られなかったから、僕は諦め、痛いことをされない無難な未来を選択した。
レイチェルは仰向けで寝ている僕の両足首を掴み、上に持ち上げて左右に振った。
「……うぅ……ん……」
巨人に頭を掴まれて揺さぶられたかのようにグワングワンと揺れる不快感を覚えながら、僕は目を覚ました。
「やっと起きた……もう、入隊してからなにも変わってないね、セシリアは」
大きなため息をつき、呆れた顔をして落胆したようにレイチェルは言った。
「……だって僕にはこれぐらいしかできないんですから……仕方がないでしょう……」
僕が額を押さえながら吐き捨てるように言うと、レイチェルは僕をお姫様抱っこしてその場を去った。
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