第141話 有効活用 中編

 店内は閑散とした田舎の割には人が多く、繁盛しているようだった。アンティーク調の家具で纏められており、目に優しい間接照明が空間を照らしていた。

 扉近くに立ったままナスチャの言った言葉の意味を理解しようとしていると、可愛らしい丈の短いメイド服を身につけた愛想がいいウエートレスが、

「お席に案内いたします」

 と僕に声をかけた。

 するとすかさずナスチャが頭を垂れて僕に耳打ちした。

 僕はウエートレスをよそに目をキョロキョロと動かして店内を見渡した。

 ──りょーかい。

「知り合いが来ているようなので、そちらに座りますから、案内の必要はないですよ」

「分かりました、どうぞごゆっくりしてください」

 ウエートレスは一礼して言った。

 僕は人当たりの良さそうな笑みを浮かべてウエートレスの前から去っていき、知り合いの元へと向かった。

 店内の奥、通りからは見られにくい隅の間接照明が淡く照らすだけの薄暗い席の前で足を止めた。

 その席には黙々と焼きたてのハンバーグをナイフとフォークを使って辺りを汚さないように上品に食べている女性がいた。

 女性はナイフとフォークを置いて、口元を紙ナプキンで優しく拭い、氷が詰められたグラスの水を一口飲むと、

「お久しぶりですね、セシリア。元気そうで良かったです」

 と口を開いた。

「エリザヴェータがこんなところにいるなんて珍しいな。──あ、席座ってもいいか?」

「どうぞ」

 僕たちがエリザヴェータと向かい合うように座ると、それを見計らったかのようにウエートレスがトレイに氷と水で満たされたグラスとラミネート加工が施されたメニュー表を持ってきた。

 僕は提供された水の半分ほどを一気に胃へと流し込むと、メニュー表に目を落とした。

「なあ、ナスチャ、どれがいい?」

 隣に座るナスチャにも見えるようにメニュー表を持った。

「うーん……このチキンステーキの特大サイズがいい」

 ナスチャは小声で言った。

「ソースはどれにする?」

「デミグラス」

「オーケー、サラダやパンは?」

「いらない。ぼくはお肉が食べたいの」

「はいはい、分かったよ」

 僕はナスチャの頭を撫でると、ウエートレスを呼んだ。

 ナスチャ用のチキンステーキと、自分用のオムライスを注文すると、僕はエリザヴェータのほうを向いた。

「わざわざここまで来るなんて、どういった用件なんですか? セフィラの血液が採取できたのですか?」

 エリザヴェータは首を傾げて柔和に笑った。

「よければ……もう必要なくなったから、これを使ってレジスタンスの戦力になってはもらえないだろうか?」

 僕は壁に立てかけていた布で包まれた細長い荷物を指差して言った。

「それは……?」

 眉間に皺を寄せて荷物を一瞥してから再度僕を見ると、中身を理解したようで、悲しげな面持ちで、

「インテリゲンツィアと関わったのですね」

 と静かに言った。

「そうそう、それで……ほら、これが手に入ったから、そっちのはもう使うことがないからな」

 僕は背中にある陰から生み出した真新しい武器の刃を爪でコツコツとつついてみせた。

 そうこうしているとテーブルに料理が届けられた。

「お待たせいたしました。こちら、チキンステーキ特大とデミグラスソース、オムライスになります」

 ウエートレスが僕たちの前に並べ終えると、一礼して静かに去っていった。

 僕はナスチャのチキンステーキを一口大にナイフで切り分けてから自分のオムライスを食べ始めた。

 炒められて飴色になった玉ねぎがケチャップライスの美味しさを引き立たせ、とろっとしており完全には火の通っていない玉子がそれを包み込んでいる。それをまとめるように上からデミグラスソースがたっぷりとかかっている。

 僕はスプーンを使って口に運ぶ。

「あっつ! めちゃくちゃ熱いじゃないか、これ」

 はふはふ言いながらもスプーンを持った手は動きを止めない。プログラムされたラインの機械のようにすくっては口に運ぶという動きを繰り返した。

 あまりにもの美味しさに火傷の痛みも忘れ、一心不乱に食べ続けた。

 僕が食べ終えた頃にはエリザヴェータはもちろん、ナスチャのステーキの鉄板の上にも料理は一切れたりとも残っていなかった。

「……食べるの早いな」

「美味しかった。また来たい。連れてって」

「はいはい、分かった、分かったよ。とりあえず今日の目的を果たすぞ」

「はーい」

 僕は口内洗浄も兼ねてグラスの水を口に含んだ。

「積もる話もあるでしょう。ここではなんですから、どうぞ、今から私の家に来てください。──食後のデザートとしましょうか。この間購入した美味しい紅茶をご馳走しますよ」

 そう言ったエリザヴェータは空腹も満たされて機嫌が良さそうだった。

「レモン少なめならいただきます」

「ぼくもー。もうレモンは当分見たくないよ」

「分かりました、分かりましたから」

 エリザヴェータは僕たちの飲食代も自分の分と一緒に支払いながら、

「……レモン、美味しいし健康にもいいのに」

 とポツリと言った。


 こうして僕たちはエリザヴェータの家へと向かった。

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