第140話 有効活用 前編

 退院してから二週間が経過したが、未だにシェリルからの呼び出しがないから、僕はナスチャを頭に乗せて列車に乗った。

 一メートル以上ある布で包まれた細長い荷物を片手に、僕は病の森を目指して出発した。

 いつも通りの低ランクの個室に入り、僕は硬いベッドに腰を下ろした。

「なあ、ナスチャ。降りろよ。めちゃ重いんだけれど。また太ったか?」

「な、なんてことを言うんだ! ぼくに太ったなんて……傷つくかもしれないと考えてからその発言をしたの?」

 ナスチャは頬を膨らませて怒ったように言った。

「うん、した。した結果、ナスチャは傷つかないと思ったから言った。だから問題ないと思うよ」

「…………」

 ナスチャは一呼吸置いてから羽を広げると、

「もう知らない! セシリアなんて知らない! 酷いよ!」

 と言ってバタバタと羽ばたいて、僕の顔面を羽で叩いた。

「おい、やめろ! 悪かった、悪かったって! ごめん! 謝るから許してくれ!」

「…………」

「なあ、頼むよ!」

「…………」

「ナスチャぁ……痛いって……」

「…………じゃあ、次の駅で鶏肉料理を買ってきて。それも五人前くらい。それを約束してくれたらやめてあげる」

「はいぃ! 五人前でも十人前でも奢るから、羽ばたくのはやめてぇ!」

 僕が情けなく言うと、

「仕方がないなぁ、やめてあげよう」

 と言ってナスチャはようやく羽を畳んでくれた。


 僕たちは窓外を眺めながら、暇な時間を過ごしていた。

「なあ、ナスチャ。さっき降りろって言った理由、知ってるか?」

「ぼくが重いからじゃないの?」

 ナスチャは僕と向かい合って座っており、首を傾げた。

「それがなあ、違うんだよ」

「どう違うのさ」

「だって……走る列車の中で僕がお前を頭に乗せていたところで、僕の仕事量はゼロじゃないか。首や肩がこるだけで仕事をしていないってことになったら、この労力は無駄になると思うんだよ」

 僕はわざとらしく大きなため息をついた。

「……たしかに物理で言えばそうだけれど……で、でもさ、スキンシップとかコミュニケーションとしての意味はあるじゃん?」

「ナスチャ、僕は今、物理の話をしているんだ。それはいらない」

「……チッ」

 ナスチャは舌打ちすると、その場から跳躍して僕の頭に乗ってきた。

「おい! 今言ったばかりなのに乗るやつがあるか! 首や肩が痛いんだよ、降りろ!」

「もうやだ。絶対に降りてあげない」

「……そうか、そっちがその気なら──」

 僕は素早い手つきで列車の窓を全開にして、そこから頭に乗ったナスチャごと頭を列車の外に出した。そして全力で頭を振ってナスチャを振り落とそうと努力する。

 五キログラムほどの質量が乗った状態で頭を振っているせいで、頭がもげそうなほど首に負担がかかった。

 ──負けてたまるかぁぁぁ!

「ひゃあっ! 落ちちゃう! やめてってセシリア!」

 ナスチャは全力で僕の頭に爪を立てて振り落とされないように頑張っている。

「今日という今日は許さん! このなにもないだだっ広いだけが取り柄の農村に置いていってやる!」

「やだー! やだー! チョコレート食べられないからやだー! アイスクリームも食べられないからやだー!」

「わがまま言ってんじゃねぇ。落ちろ! 飛べ!」

「やだー!」

 このなんの生産性もないやり取りを十分ほどしていたら、切符の確認に来た駅員に戦いの終止符が打たれた。


 賑やかに過ごしているとようやく列車が病の森近くの駅に到着したから、僕たちはそこで下車した。

「さてと……着いたはいいんだけれど、エリザヴェータってどこに住んでいるんだっけ? 森の中だってのは分かるんだけれど……」

 僕が頬をぽりぽりと掻きながら首を傾げると、ナスチャが、

「臭いを辿っていけばいいんじゃないの? 吸血鬼特有の臭いがあるじゃん。そしてきみはそれを嗅ぎ分けられるんだし」

 と人を小馬鹿にしたように言った。

「それがそうでもないんだよ。ある程度距離が近かったり、血の臭いがしないと分からない。それにエリザヴェータって吸血鬼特有の嫌な臭いは少ないんだから……」

 僕は頬の次はこめかみをぽりぽりと掻いた。

「…………仕方がないなぁ、もう! ぼくが案内してあげるから、言う通りに進んでよ!」

 と言って、羽を広げて僕の顔面を叩いた。

「はいはい、りょーかい」

 ナスチャの言う通りに進んでいると、なぜか森とは反対のほうへ向かっている。しばらく歩いていると、僅かに賑わっている通りに出た。

「……ん?」

 僕は明らかに目的地とは異なる場所に出て、呆然として足を止めた。

「ほら、そこ。右側のお店」

 動かない僕の頭をナスチャが羽で叩く。

「絶対に違うだろ」

「いいから」

「お前の腹が減ってなにか食べたいからじゃないのか?」

「……否定はしない」

「ほらな、僕の言った通りじゃないか」

「でもそこで合ってるから、早くお店に入ってよ。早く入らないと頭の上でうんこするよ」

「わかった、わかったってば。入ればいいんだろ」

 こうして僕は不服ながらナスチャの言う通り、入店した。

 扉に付けられた飾りが鳴る。

「──ほらね、ぼくの言った通りでしょ?」

 ナスチャが自慢げに笑った。

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