第139話 新しい家族 後編
たらふくナッツを食べたナスチャは満足そうに笑い、ベッドに乗った。するとまもなく僕の枕に座ってすやすやと寝息を立て始めた。
「……お腹いっぱいになったら寝る、なんて羨ましいやつなんだ、こいつは。……まったく」
僕はナスチャの頭を撫でてそう呟くと、布団をかけた。
眠っているナスチャを見ていると、僕もなんだか眠くなってきて、ベッドでナスチャの隣で横になった。
寝転がりながらナスチャを撫でる。
──肌触りがいいな。ふわふわじゃないか。もしかして……もしかすると……僕がいなくなる前よりも触り心地が良くなっているんじゃないか?
僕はナスチャに顔を近づけて匂いを嗅いだ。すると鼻腔を通り抜けていくのは柔らかい花の香りだった。
──絶対にこれ、良いシャンプーを使っているんじゃないか? めちゃくちゃ良い匂いがするんだけれど……。
僕は肺いっぱいに吸い込んだ。
──僕が使っているシャンプーよりも圧倒的に高級な代物なんじゃないか? いいなぁ、シェリルはお金を持っていて。部下のペットにそこまでお金をかけられるなんて。
「……きも」
ナスチャがポツリと言った。
「…………ん?」
肺いっぱいに空気を吸い込んでいた僕の動きが止まった。
「きもセシ、離れて」
ナスチャはもぞもぞと布団から出てきて僕の頬をつついた。
「……つんつん……つんつん……」
「やめろ、痛い! 痛いって!」
「……つんつん……つんつん……」
「ナスチャ! やめろって本当に! ほ、ほら、頬っぺたから血が出てるじゃないか!」
ベッドのシーツに赤色のドット模様が生み出されていた。一方で頬の傷はすぐに治癒していき、元通りになるのにさほど時間はかからなかった。
「……まったくもう……きもセシ、もう匂いを嗅がないでよ。ほんと、きもセシだね」
心底不快そうに顔をしかめてナスチャは僕を一瞥すると、おもむろに立ち上がり、僕の制服のベルトをくちばしで外し始めた。
「おい、ナスチャ、なにをしているんだ?」
「ふふーん」
ナスチャはベルトを抜き取ると、今度はズボンに入れているシャツを引っ張り上げて脱がせようとしてきた。
「おいこら、待てこら」
「ふふん、ふふーん」
シャツの裾を出し終え、僕のことなど気にも留めないナスチャが今度はシャツのボタンを器用にも外し始めた。
──某国民的人気アニメの青いたぬきの道具を持つ手並みに、どうやってボタンを外しているのか分からない不思議な現象だな、これは。
聞く耳を持たないナスチャに訊ねるのは諦めた僕は、ナスチャにされるがまま呆然としていると、ようやくナスチャが動きを止めた。
結局、僕は上半身裸になりかけていた。シャツの下に着ている肌着はめくれ上がっており、お腹がとても涼しい。
「……ナスチャ、一体なにが目的だ?」
僕はナスチャを抱き寄せようとするが、手をするりと避けて僕の腹に頬ずりをした。
「また会えたね」
ナスチャがポツリと言った。
「……そういうことか」
僕は一発ぶん殴ってやろうかと思って拳を作っていたが、それを解いて、僕の腹部にある青い模様にすりすりとしているナスチャを眺めた。
──だったらそう言えよ。僕もその話をしようとしていたんだからさ。……まったく、これが愛らしい見た目の鳥じゃなかったら今頃どのような生物であれ、土に埋めてやるところだった。
そのまま一時間以上僕の腹部にすりすりとしているナスチャを見て、僕は、
「そろそろ皮膚がすれて痛いからやめろ。お前はふわふわの羽があるかもしれないが、僕にはないんだよ。薄っすい皮膚があるだけなんだよ。皮膚の下はすぐに血肉が詰まっているんだよ」
と言ってナスチャにデコピンを入れた。すると重心が大きく後方へと傾いて、ストンと尻餅をついた。
「もう! せっかくの運命の再開を邪魔しないでよ! 久しぶりに会えたんだから、もっとしてもいいじゃん!」
「いい加減にしろって言ってるんだよ! 腹が痛いんだってば! ほら見てみろ──!」
僕の腹は薄っすらと赤くなっていたが、それもすぐに引いていった。
「見たよ? うん、見た。セシリアのお腹を見たよ、ぼく。でも特になにも起きていないよね? じゃあすりすりしていいんだよね?」
満面の笑みを浮かべるナスチャの頭を雑に撫でて、ついでに羽を数本引っこ抜いてから、
「…………チッ」
と僕は舌打ちすると、諦めて横になってナスチャを腹の上に乗せた。
こうしてこの日は僕のお腹はずっとナスチャにすりすりされるのであった。明日の朝、目が覚めたらヒリヒリして服を着たときに腹部がやけどしたかのように痛んだのは言うまでもないだろう。
それがあまりにも不快だったから八つ当たりでナスチャをペチペチと叩いたら、三倍くらいでつつき返され、今度は頭が痛くなった。それによって腹の表皮の痛みは消え去り、その日は頭の痛みに悩まされることになった。
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