第128話 そして一つになる 後編
僕を抱きしめていたシェリルが僕の体に回していた手を解き、目を丸くして僕の顔を見つめてきた。
「ちょっと失礼──」
シェリルは僕の額に手を当てたかと思えば、今度は手首を掴み、慣れた手つきで脈を計測し始めた。僕はシェリルの想定外の行動に呆然として、されるがままになっていると、
「特に異常はないわね。……じゃあ次は──」
シェリルは僕のぼろぼろになっている制服及びインテリゲンツィアからの支給品を脱がせ始めた。
「な、なにをしてるんですか、シェリル! 恥ずかしい! 脱がさないでくださいよ!」
僕はシェリルの手から逃れようと体をよじって逃亡を試みたが、
「はいはい、じっとしていなさいよ。これ以上動いたら顔面にもう一発入れるわよ」
というシェリルの言葉によって僕はショーウィンドウに設置されているマネキンのように一切の動きを止めた。
──殴るのはやめてください。さっきので頭は痛いし、顔面も痛いし、鼻血は出ているし、の三拍子が揃っているんですから。
「良い子ね、セシリア」
シェリルは五歳児を褒めるかのように優しく言って僕の頭を撫でた。
──この人が一体どのような人物なのかよく分からないな。
そうこうしているうちに僕はシェリルの手によってバースデースタイルになっていた。ひんやりとした室温に晒された僕の体は寒さから身震いし、表皮を粟立たせた。
「は、早く服を返してくださいよ、シェリル……」
僕は金魚のように口をパクパクさせながら話しことすれ、体は一切動かさなかった。目だけを動かしてシェリルを見ると、シェリルは僕の体に穴が空いてしまいそうなほどじっくりと見つめていた。
──人に裸を見られるのは恥ずかしいな。早く着替えさせてくれよ。
「……あの、シェリル? なにをそんなに見ているんですか? もしかしてシェリルってそっちの気が──」
次の瞬間、またしてもシェリルの金属のように硬い拳が僕の顔面を捕らえた。せっかく止まりつつあった鼻血を再び噴き出させながら僕は大きく仰け反った。
咄嗟に腕を後頭部に回し、前腕で防御すると、シェリルは道端に落ちている犬のフンを見るかのような目をして僕を見つめていた。
「な、なんで殴るんですか! こういうのパワハラって言うやつなんじゃないんですか? 僕、なにも悪いことしてないですよね!」
上体を起こし、鼻を押さえて俯いて言うが、シェリルはまるで聞きはしない。
──こんな大人にはなりたくないな。
「断じて言うわ。私は異性愛者よ。……同性愛者を否定するつもりはないけれど、私はそれじゃない、いいわね?」
「は、はい……分かってます……シェリルは異性愛者……シェリルは異性愛者……」
「よろしい」
そう言ってシェリルは満足げにコクコクと頷くと、ようやく僕に服を返してくれた。
「着る前に確認しなさいよ」
ニヤリと笑って言うシェリルに対して僕はなにを言っているのか分からず、首を傾げると、
「ほら、お腹よ、お腹。同化したことによる特殊な能力が使えるようになったんじゃないかしら?」
とシェリルは僕の腹部に指を指して言った。
僕が自分の腹部に目をやると、そこには成人男性の手ほどの大きさの、不気味な深い青色をした痣ができていた。しかもそれはアメーバのようにもぞもぞ動いて形を変えている。
「な、なんだよ、これ! 同化するとこんな気色悪いものが体にできるのか?」
薬物による幻覚でも見ているのではないだろうかと焦りながら、反射的に僕は腹部に爪を立てて引っ掻いた。爪は表皮を突き破り、そこから血が滲み出た。だがそれは一瞬で治癒していき、元の状態に戻っていった。
「……おいおい……マジかよ……」
「ちゃんと同化できているみたいね、良かったわ」
シェリルはにこやかな笑顔を見せて僕の痣に指を沿わせた。その感覚が蠢く痣と相まって芋虫が這っているようで、なんとも言えない不快感を覚えた。
「シェ、シェリル……僕、嫌ですよ、こんなの……」
プルプルと震えながら涙目になってシェリルを見るが、シェリルは僕のことなど眼中にないようで、まったく反応してくれなかった。
「ほら、わがまま言っていないで早く制服を着ちゃいなさいよ。このままでいたら風邪引くわよ」
シェリルに言われるがまま僕は制服を着て、立ち上がった。そこへインテリゲンツィアの女性職員が訪れた。職員は一礼して、
「同化したようですので、これから生殖器の摘出手術を行います。ですから私についてきてください」
となんの感情も篭っていない冷淡な声で言った。
僕はシェリルを一瞥すると、シェリルはなにも言わずに僕を見つめていた。
「は、はい……わかりました……」
僕は職員の指示に従ってついていき、この部屋を後にした。
なにもない廊下を歩いていると、唐突にシェリルが口を開き、
「エネルギーの生成は完了しているから、術後に装備一式は届けるから、頑張ってね、セシリア」
と明るい笑顔でサムズアップしてみせた。
「手術……気が重いですよ、本当……」
シェリルとは対照的に僕はうなだれて陰鬱を身に纏っていると、突如として耳をつんざくような警報音が鳴り響いた。咄嗟に耳を押さえて音を遮断して、
「な、何事ですか!」
とスピーカーのほうへ耳を傾けた。
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