第63話 過保護な君に
──罪の館・王座の間。
静寂が訪れた。マルクトを帰したことで騒々しさは嵐のように去っていく。
レオンは大きなため息をついて、指を鳴らした。するとレオンがいる場所よりも数段下がったところの正面にケテルが現れた。
ケテルは煌々と光るダイヤモンドのような瞳に純白の本絹を彷彿とさせる手入れの行き届いた髪をしている。
まるでこうなることを予想していたかのようにケテルは片膝をついていた。
「お呼びでしょうか、レオン様」
俯いたままケテルは口を開いた。
「君に伝えておこうと思ってね」
レオンは口角を上げて悪趣味な笑みを浮かべて言った。
「──なにをでしょうか?」
「当ててみたまえよ」
そう言ったレオンは先ほどとは打って変わって無邪気な子供のような表情を見せた。
ケテルは思考を巡らせる。答えを思い浮かべるたびに、「外れ」、「それではないよ」、「違うねえ」と言うレオンに砕かれていった。
──レオンは心の中が読めるのだ。
「ケテル? 私に対する余計なことを考えていないで、早く答えを出して見せなよ」
「このようなことをしている暇があるのなら、早く言ってしまえばいいと思うのですが……そちらのほうが圧倒的に早いと思いま──」
ケテルがそう言った瞬間──。
──頭部が宙を舞った。
それ以上、ケテルが言葉を紡ぐことはなかった──かと思えば、
「痛いではないですか、レオン様。理不尽に頭を飛ばさないでくださいよ。その度に治すこちらの身にもなってください」
とあっけらかんと続けた。
「これが今流行りのパワハラというものですかね?」
首から上を修復し終えたケテルは頬をぽりぽりと掻きながら同意を求めるように訊ねる。
レオンは口元を隠しながらくつくつと喉を鳴らして笑い、
「そうなのかい? これがパワハラに該当するのなら、世間は随分と厳しくなったようだね」
とまったく気にしていない様子を見せた。
二人だけで過ごすには広すぎる王座の間に笑声が響いた。
それから室温が急激に低下したような雰囲気が漂った。それの発生源はレオンで、先ほどとは打って変わって澆薄に目を細めてケテルを見据えている。
「では私が君を呼んだ理由を話そうか」
レオンは感情が消失したような抑揚のない声で言った。恐ろしいほどに整った顔なのも相まって、レオンはこの空間の真の支配者となる。
ケテルはレオンが放った言葉──否、声に恐怖した。故に彼は蛇に睨まれた小動物のように震えている。
「端的に言えば──マルクトに手は出してはならないよ」
レオンの言葉にケテルは視線を逸らした。先ほどよりも震えが増している。
「──違う、そうじゃない。マルクトは君のものだ。だから君たちの房事に口を挟むつもりはないよ」
ケテルは自分の壮大な勘違いに羞恥し、レオンから逸らした視線はバタフライのようにザッパンザッパンと慌ただしく泳いでいる。
「私が言いたいのは──彼女の戦いに手出しをしないでほしいというものだ」
「……それは命令でしょうか?」
恐る恐る訊ねたケテルの声は可哀想なほど震えていた。それはレオンに対して畏怖の念を抱いている彼ならではの反応だった。
「ケテル、君が命令のほうがいいと言うのであれば命令とするが、私の一個人としてのお願いにすることもできるのだよ」
対照的にレオンはケテルの反応を楽しむように恍惚とした表情を浮かべてこの光景を俯瞰している。
「……命令にしてください」
「君のことだからそう言うと思っていたよ」
レオンはケテルの深層を覗き込むように言い、くつくつと笑った。
「私は君がマルクトに対して過保護すぎると思っているのだよ。だからこの際、親離れをしてみないかい?」
「……わかりました」
ケテルもそれは自覚しているようで、ぐうの音も出なかった。
「マルクト以外の下層セフィラは皆レジスタンスに殺された。残っているのは彼女ただ一人だ」
レオンは意味深長な間を置いた。そしてそれを楽しむように髪の毛を指に絡める。
「そしておそらくマルクトも負けるだろう。当然、君が加勢すれば間違いなく勝てる。それは私が保障しよう。──だがそれでは意味がない」
ケテルを見つめているその目はどこか虚空で澆薄だった。まるで自身の遠い過去を重ねて眺めているようだ。
「この世界は弱肉強食なのだよ。それは死んでからも変わらない。君のエゴでマルクトを助けるのは輪廻転生の掟に反するのではないかい?」
「……おっしゃる通りです」
ケテルは奥歯を噛み締め、絞り出すように言った。
「ではそういうことで、マルクトの勇戦するところを見届けてあげたまえよ」
「御意」
そう答えたケテルの体は黒い霧となって消えていった。
「──謀反は起こさないでほしいものだ」
レオンの低く冷たい声が虚しく響いた。
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