第20話 手紙

 任務を遂行し、無事に本部に帰還した僕の元に一通の手紙が届いた。

 送り主は[Noelle Carter]になっており、表には大きく[Censored]という赤い判が押されている。

「ノエルから検閲済の手紙とは一体何事だ? アイツって今、インテリゲンツィアで勤務しているんだよな? 手紙出すのにも検閲が行われる職場なのか……」

 僕は規律の厳しそうな職場を想像してしまい肌が粟立った。

 手紙を受け取ると自室に戻り、ベッドに寝転がりながら封を開けた。


 親愛なるセシリアへ

 レジスタンス入隊試験からもう二ヶ月も経ちましたね。この手紙を読んでいるということはまだ生きているようですね。任務には慣れましたか? 私のほうはなんとか一通りの仕事をこなせるようになりました。


 私はノエル・カーター。レジスタンス入隊試験をセシリアに助けられながら突破した。しかし私は吸血鬼と戦うことを恐れ、シェリルによってインテリゲンツィアに配置を変えられてしまったのだ。

 もう一度兄に会うという目標は達成できそうにないが、それでも私は後悔していない。生を全うしたら、きっと彼岸で会えるから。

 インテリゲンツィアは私に上下黒のスーツ、それと同色のネクタイ、白のワイシャツ、一丁のハンドガンと同じくらいの大きさのレーザーガンを支給きた。

 組織に所属する際に私は[E]というランクにされた。同時に白地に黒で[E]と書かれた腕章も与えられた。

 こうして私はインテリゲンツィアの職員になった。

 インテリゲンツィアの職務内容は、特異体と呼ばれる人知を超えた存在──物や場所、現象を収容もしくは無力化することだ。こうすることによって一般人に危害が及ばないようにしている。万が一特異体を知った一般人に対して、必要があれば記憶の抹消、改変を行う。最悪の場合、その人物を最初からいなかったことにする。

 私は特異体の収容や無力化に関する研究をすることはできないので、賢い人たちが作った収容規則を元に、特異体の世話をすることが主な仕事だ。

 ときどき特異体が規則違反によって脱走した場合、私たち職員は支給されたレーザーガンで鎮圧しなければない。当然ながら命を落とす職員も出る。それを見てパニックを起こし、他の職員に危害が及ぶ可能性のある職員を排除するのも私の仕事だ。

 しかしさっきまで一緒に昼食をとっていた同僚が目の前で肉塊になるというのは、精神に少なからずのダメージを与えます。

 始まって一週間で殉職もしくは精神に異常をきたして退職した職員は、新しく雇用された人数の二割ほどいました。一か月を過ぎればいなくなる職員も大幅に減少し、二か月経った今では殉職する人が数人いるだけで退職したという話はほとんど聞きません。

 私も勤務開始三日で上司に辞表を出しましたが、目の前でそれを破り捨てられました。そして彼は、

「まだ君は使える。だから退職はさせない」

 と言って私をこの組織に縛りつけました。

 私の班だけがパワハラされているのかと思いましたが、他の班でも似たようなことが起きていることを同僚から聞きました。どうやらこの職場はとてつもなくブラックなようです。

 それから私は退職することを諦め、ただひたすらに死なないように業務を行いました。

 ある日、朝起きたらベッドから起き上がれませんでした。まるで自分にかかる重量が何倍にもなったかのようで、指一本動かせなかったです。

 出勤しない私を心配したのか上司が私の部屋に様子を見に来ました。私が目を動かして助けを求めると、彼は持っているアタッシュケースから一本の注射器を取り出しました。

 明らかに人体に影響を及ぼしそうな蛍光グリーンの液体を私に注射しました。その薬が体内に入ってからすぐに睡魔に襲われるも、なんとか耐えていましたが、三十分後には意識はなくなりました。

 次に目が覚めたのは注射された三日後でした。体が異様に軽かったのを覚えています。しかし思考は酷く鈍っており、頭が割れるように痛かったです。

 それからというもの、特異体に捕食されたり、バラバラに解体されたり、体が溶けたりして原型をとどめない無残な死体を見ても何も思わなくなりました。何も感じなくなりました。

 そんな私を上司は褒め称え、

「やはり私の目は確かだ! この子はやってくれると思っていた!」

 と自慢げに笑っていました。


 追伸

 もしレジスタンスの任務で私の兄と対峙することになったら、同封したもう一枚の手紙を渡してください。兄はジョシュアという名で、人間のときは白い髪や肌、赤色の目をしていました。あと右の目尻と唇の左上に特徴的なほくろがあります。


 僕は好奇心から申し訳ないと思いながらも、ジョシュア宛の手紙に目を通す。


 私は今、インテリゲンツィアという組織で働いています。お兄ちゃんの言う通り、ちゃんとご飯は食べているので心配しないでください。でもとても危険な職場なので、私は近いうちに殉職するかもしれません。死んでしまったら、三途の川の向こうでお兄ちゃんを待っています。だからお兄ちゃんはどうか極悪人にはならないでください。極悪人は三途の川を渡れないそうですから。

 昔、お兄ちゃんが楽しみにとっておいたお菓子を食べたのは、野良猫と言いましたが、実は私です。ごめんなさい。でもとても美味しかったです。


 僕は手紙を折ってポーチにしまった。これは見なかったことにしよう。

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