第15話 始末書の始末
死ぬことなく初任務を遂行した僕は朝食を済ませ、隊員訓練施設の隣にあるレジスタンス本部に訪れた。
午前九時に本部の予備会議室に来るようにシェリルに命令されたのだ。
胃がキリキリと痛む。
なぜなら僕には呼び出される心当たりがありすぎるからだ。銀の弾丸か、任務に遅刻しかけたことか、任務中の飲酒か、未成年飲酒か、武器破損か──どれだろうか。
僕は会議室の扉をノックし、開けた。
「エコー部隊所属、セシリア・フォスターです」
定型の言葉を口に出すと、低い女性の声で、入れと言われた。
予備会議室は十人程度が定員の部屋で、家具はお洒落なアンティーク調で統一されている。
部屋に足を踏み入れた瞬間、僕はすべてを悟った。僕は今日、ここから出ることは叶わないだろう、と。
そこにはシェリルと知らない女性が一人いる。女性は特異体の装備をし、緋色の髪を一つの団子にまとめ、銀縁眼鏡をかけている。
「おはよう、セシリア」
とシェリルが口を開いた。続けて、
「なぜこのように呼び出されたか、心当たりはあるわね?」
と訊ね、机に始末書と書かれた紙を置いた。
「……あります」
シェリルが言っているのは一体どれのことだろうか。回答のチャンスは一度きり。間違えたらもれなく始末書が増えるのだろう。
「とりあえずそこに座りなさい」
シェリルが向かい合う位置に設置された椅子を指差した。僕は拒否する理由もないので素直に腰を下ろす。
「では聞くわ」
「……僕は任務中に飲酒しました」
これで済むことを願って答えると、シェリルはコクコクと頷き、
「あなたは今いくつだったかしら?」
と知っているはずの情報を訊く。
「……一応、一六です」
出生届が出されておらず、無戸籍だった僕はレジスタンスの計らいで戸籍を作ってもらったのだ。そのときに十六という年齢にされた。
「ということは?」
「……未成年飲酒ですね」
僕は悪くない。すべてあのホロコーストの女性が悪い。アルコールハラスメントをしてきたのだから。
「はい、始末書二枚確定」
シェリルは容赦なくそれを僕に課した。
うなだれている僕に対し、今度はもう一人の女性が声をかけた。
「貴様、他にも心当たりがあるのではないか?」
「……武器を破損させたことですか? あれはやむを得なかったんですよ。吸血鬼を斬ろうとしたらへし折れたんですから」
「いや、それではない」
僕が武器を破損させたことを知ったシェリルが嬉しそうに始末書の紙を追加しているのが見えた。
「自分が知りたいのは貴様は一週間前に武器庫に忍び込んで何をしていたかということだ」
──知られてしまった。
「……銀の弾丸を……拝借しました」
女性が冷酷な視線を向ける。
「それをどうした? 何に使ったんだ?」
「……一つあれば……いざというときに使えるかな……と思いました。……そうしたら……レオンがいたので……使いました……」
僕の声は無意識のうちに小さくなっていき、視線を下に落とした。とてもではないが女性を見ることができない。
「貴様にはクレイモアが支給されているだろう。それに無断で持ち出すとは随分と舐めたことをしたな」
「……申し訳ないです」
蛇に睨まれた小動物のように小さく震えながら謝罪すると、女性が大きなため息を吐いて、
「してしまったことは仕方がない。今回は始末書を提出で許されるように取り入ってやる」
と言って椅子から立ち上がり、
「では自分はこれで」
と部屋を去ろうとすると、シェリルは女性が羽織っている特異体のコートの裾を引っ張って止めた。
「せっかくだからセシリアに自己紹介していきなさい」
「……命令ですか?」
一瞬不服そうな目をしたが、シェリルの、
「命令よ」
という言葉でそれは消えた。
こちらを向き、女性が一礼し、自己紹介をする。
「自分はホロコースト部隊所属、スカーレット・リードです。以後お見知り置きください」
スカーレットが部屋を出たあと、僕はシェリルに頭を叩かれながら始末書を四枚書かされた。
この度は銀の弾丸の無断で持ち出した件で大変なご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございませんでした。
定型文を始めに、あの日の出来事を順に記していく。だが、シェリルが僕の書く内容にいちいち質問してくるせいでまるで進まない。
「レオンに会ったのね」
シェリルの瞳が濁る。
「まあ、数百メートル離れていましたが……」
「それでパクった銀の弾丸で射殺しようとした、と?」
手を拳銃の形にし、バンっと口で発砲音を出した。
「はい」
「でもそれは拳銃でしょう? 数百メートル先の対象に当てる、なんて芸当を普通の人間はできないわよ」
「僕にはそれが可能だという根拠があったので、実行しました」
するとシェリルが異物を見るような目つきで僕の顔を横から覗き込んだ。僕の肩に触れている手に力が入る。
「その根拠を聞かせてもらえるかしら?」
僕はシェリルの質問に答えた。
自分には特殊な能力があり、起きる可能性がある未来を見ることができるということ。しかし能力を発動するには自身が瀕死でなければならないということ。そしてレオンが死ぬ未来が存在しなかったということ。
「セシリア、あなた……普通ではないのね……」
悲痛な面持ちでシェリルが口を開いた。
否定できない。瀕死限定とはいえ、未来を選べるなんてそんな都合のいいものが標準搭載されていたら、世界は今頃終焉を迎えているだろう。
「シェリル、普通とはなんですか? いや、意味は分かります。分かりますけど……。どういった基準で普通かどうか決めるんですか?」
例えシェリルだとしても、自分の能力を他人に言うべきではなかった。少し前に鳥が言っていたことを思い出す。
──新人ですぐに殉職しちゃうと思われてるんだよ。だから危険な状態で残しておく理由はないの。
「普通──そうね……私たちはそれが特異体がどうかで決めているわ。だからもしあなたが特異体なら……彼らはあなたを収容せざるを得ない」
背中を嫌な汗が伝う。
ここで僕が特異体としてインテリゲンツィアに収容されてしまってはヴィオラを助けられない。
「私たちはあなたを守れない」
シェリルは僕の心中を察して続けた。
この空間が霊安室のように冷たく感じられた。
少しの時間を置いて、
「……知られてもひとつだけ収容を回避する手段があるわ」
と口を開いた。
「あなたの能力がインテリゲンツィアに知られる前にできるだけ功績を残し、ホロコースト部隊に所属するか、同等の力を得なさい。そうすればこちらも擁護できる」
僕は目を見開いた。唯一の打開策が与えられたのだ。こうしてはいられない、すぐにでも吸血鬼の首を叩き斬らなければならない。
椅子から転がり落ちるように席を立ち、部屋を出ていこうとする僕の首にシェリルの腕がかけられた。そして肘関節で気道を確保し、頸動脈を絞められる。
「人の話は最後まで聞きましょう。そして、まだ始末書は残っているから絶対に逃がさないわ」
視界が黒で塗り潰されていく。僕はとっさにシェリルの腕をペチペチと叩いて、解くように頼んだ。
シェリルは渋々ながら僕の首を絞めるのをやめると僕を椅子に座らせ、続きを話し始めた。
「あなたにはもう一本新しい武器を支給するから、それを半年間にへし折らないで任務を遂行しなさい」
シェリルが理由もなく僕にデコピンした。彼女の力は平均よりも強いので、たかがデコピンでもかなり痛い。
「それができたら特異体の武器を持てるようにインテリゲンツィアに交渉してあげるわ。もちろん部隊の昇格をしなくてもね」
「特異体の武器ですか!」
「そう、特異体。憧れるでしょう? そのときはあなたが命をかけてエネルギーを生成して武器を生み出してね」
「もちろんです!」
目を輝かせているとシェリルが始末書を指差し、
「だからさっさとこれを完成させちゃって」
と僕を睨んだ。
僕が解放された頃には外は既に真っ暗になっていた。
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