第13話 解放された朝

「鳥、僕を三回助けたってどういうことだ?」

 初任務がようやく終わりを告げ、清々しい気持ちで静かな表通りを歩く。祭りが終わり、なおかつ明け方で人が少ないのでとても歩きやすい。

 なぜだかこの鳥が僕の頭に乗っていることを除けば最高の朝だ。

「鳥って言うな!」

「じゃあなんて呼べばいい? 食料? 鶏肉? チキン? 特異体?」

 この鳥に対して今までに思った言葉を並べると、

「どれも不名誉じゃん。そんなのやだよ! ぼくには……好きじゃないけど、一応名前があるんだよ……」

 一呼吸置いて、

「……陽って言うの。インテリゲンツィアがそう名付けたんだ。……本当の名前は知らない」

 と悲痛な声で言った。

「好きじゃないならそれを名乗らなければいいだけのことじゃないか。そんで呼び名がなくて困ってるなら、僕が付けてあげるからさ。そんな悲しそうに言うなよ」

 頭に乗った鳥を撫でる。

「……わかった。……じゃあきみは僕をなんて呼ぶの?」

「携行食」

「一瞬でもいいこと言ったと思った僕がバカだったよ。もういい、陽って呼べばいいよ。携行食よりは少しはマシだから」

「ごめんごめん、冗談だって。名前は考えておくから待ってて。とりあえず今日は携行食って呼ぶことにするよ」

「──チッ」

 しばらく無言で歩いていると、最初の質問に答えてもらっていないことを思い出した。

「それでさ、携行食。三回助けたってどういうこと?」

 心底面倒くさそうに、

「一回目はあの異能持ちの吸血鬼を間一髪のところで倒してあげた。二回目は死にかけてるきみをつついて助けてあげた。三回目はセフィラを追い払ってあげた。以上」

 と答えた。

「あのお腹から怪物が出るって──」

 その瞬間、なぜかレオンの攻撃を思い出した。彼の場合は手を変形させていたが、この鳥とやっていることは大して変わらない。

 体が震える。背中を嫌な汗が伝っていく。

 僕の恐怖の対象が頭に乗っていると思うとこの鳥が途端におぞましい生物に見えてきた。

「ぼくが怖いかい?」

「……お前が怖いというわけではない」

 声が震える。

「ふーん……まあ、ぼくは特異体だからね。怖いのも無理ないよ」

 鳥が僕の頭の上でもぞもぞと動き出した。

「おい、どうした?」

 ある程度の質量があるので動かれると体勢を崩しかねない。

「……うんこしたい」

「えっ?」

「……うんこ出そう」

 この鳥は僕が訊かなければ頭にするつもりだったのか。僕はすぐに鳥を地面に下ろして、頭を守った。

「それにしてもどうしてつついたら回復するんだよ。脇腹は大変なことになってただろ?」

「ぼくが特異体だからだよ。この回復できる能力をおすそ分けってところかな。でないときみ、あのまま出血多量で冷たくなってたからね。だからぼくにたくさん感謝するべき」

 鳥はまくし立てるように言った。そして僕の頭をつつき始める。

「痛いって。髪の毛抜けちゃうじゃないか!」

「不敬な人間なんてハゲちゃえばいいんだ。頭部が輝けば少しはマシになるんじゃない?」

「僕がいつ不敬なことをしたと言うんだ? というかそもそも、お前に敬意を払わないといけない理由はないだろう?」

「きみは馬鹿なの? いや、馬鹿だ。せっかく助けてあげたというのに」

 鳥の腹部の模様が蠢く。

「おい、やめろ。怪物を出すな」

「怪物じゃないよ。ぼくの体の一部だから変なものみたいな扱いしないでよね。あと……そうだ、このことは内緒にしてね」

「ああ、わざわざ人に言いふらしたりはしないよ。喋る鳥なんて普通の人間は信じないからな」

 鼻で笑って言う。

「そこじゃなく……いや合ってるけど。……ぼくはインテリゲンツィアから逃げてきたの。だから秘密にしてね。ぼくが喋ったり、つついたら治ったとか、お腹が変化したこととか」

 鳥は愚痴のように呟いた。

「ああ、分かった。助けてもらった礼もあるからな。このことは内緒にしてやるよ。だから──」

 一呼吸置いて、

「──さっさと頭から降りてお家に帰れ! さっきからずっと重いんだよ。首や肩が痛くて仕方がないんだ!」

「いいじゃないか。きみの頭は結構乗り心地がいいんだもん。それに……」

「それに……なんだ?」

「きみを見てると放っておけないの! 放っておいたらすぐに死んじゃいそうだから! 弱いくせに一人前に人を助けようとしているのを見ると……」

 この任務で二度も吸血鬼に食い殺されかけたことを思い出す。たしかに僕は弱いのだろう。

 鳥が薄幸そうに続ける。

「……心配なんだよ」

「ご心配どうも。それでお前はどうしたいんだ?」

「……だからきみについて行く」

「僕の携行食としてか?」

 鳥の頬を人差し指でプニプニとつついて言うと、

「……それでいいよ」

 と不服そうに同意した。


 こうして僕は鳥を頭に乗せて任務を遂行することになったのだ。何度も地面に降りるように促したが、鳥はそれを一切聞かずに僕の頭に乗り続けるのであった。

 首や肩が痛み、次第に頭痛を発症したのはもうしばらく先の話である。

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