第12話 少女たちの災難
僕の体をなにかがつつく。それも秘部や内腿、胸と全身くまなくだ。くすぐったくて仕方がない。
「……やめて……くれ」
それを押しのけると、聞き覚えのある声が聞こえた。
「やっと起きた」
どうやら声の主は僕の食料のようだ。
体を起こすと、例の癪に触る白い鳥が僕の上に乗った。重い。見かけによらず、五キログラム以上あるのではないだろうか。
「……どうしてお前がいるんだよ」
「せっかく助けてあげたのに、第一声がそれって人としてどうなの? 少しは感謝してよね」
そう言って鳥がプリプリと怒って僕の上で跳ねる。
「重い、重いって。傷が──」
──痛くない。
撃ち抜かれた脇腹を触るが血は疎か傷自体ないようだ。そもそも撃たれた事実がなかったかのように綺麗に治っている。
後頭部も違和感はない。
「やっと気づいたの? きみも鈍いなぁ。だーかーらー吸血鬼に殺されかけちゃうんだよ」
いちいち言い方に腹が立って仕方がない。背中のクレイモアを取り出そうとするが、折られた挙句、部屋に置いてきたことを思い出した。
鳥は僕を侮蔑した笑みを浮かべ、
「なにも持ってないきみがどうやってぼくを殺そうっていうの?」
と言う。
「……今から武器を取りに戻る。だからここで待ってろ」
そう言って僕の上に乗っている鳥を地面に下ろすと、立ち上がった。その瞬間、背後にある扉が勢いよく開いて僕に激突した。
前のめりになるもすぐに体勢を立て直した。鳥はちゃっかり横に避けており、転びかけた僕を嘲笑っている。
「……お前、同化してもいいからいつか食ってやる」
鳥はやれやれと言わんばかりに羽を広げている。
扉の方を見ると、中から華奢な少女が出てきた。黒、オリーブ色、あずき色、レモン色の四色が混じった長い髪に、透き通る水晶のように透明な瞳をしている。
純白のブラウスに漆黒の大きなリボンを付け、ベストを羽織り、豪勢なレースをあしらったアンブレラスカートを身につけている。
身なりからして良家のお嬢さんといったところだろう。
そして得られた情報はもう一つあった。それが僕の背筋を凍らせる。それは彼女の左目の下に[Malkuth]と書かれていてからだ。
──セフィラだ。
初任務で会うとは思わなかった。当然ながら現在武器を持たない僕では勝ち目がない。それ以前に、武器があったとしても駄目だろう。
空を見上げる。夜明けはまだ先になりそうだ。
「あちゃー、セフィラじゃん。頑張ってー」
そう言って鳥はそそくさと帰ろうとするのでそれを捕まえて、
「僕が武器を取りに行くまで時間を稼いでくれ」
と頼むが鳥は即答で、
「やだ」
と答えた。
いくら体の傷が治ったとはいえ、また死ぬまで一方的に殴られるのではたまったものではない。
「頼む! 助けてくれ! でないと僕はここで死んでしまう! ヴィオラを助けられないんだ!」
人に頼ることなく生きてきた僕が頭を下げた。この際、この憎たらしい鳥でもいいので助けてほしい。
「……わかったよ。あんまりにもかわいそうだから、ぼくがなんとかしてあげる。でも……」
鳥が少女の方を見ると、少女がどこからか取り出した手袋を付けて、指を鳴らした。
「……レジスタンス……殺す」
すると突如として空間に全長百五十センチメートルほどのロリータファッションを身につけた球体関節人形が一体現れた。手にはレイピアが握られている。
「エコー程度、これで十分」
少女が指を動かすと宙に浮いている人形がこちらに飛んできた。
人形は容赦なく僕の首を狙って振り下ろしてきた。この鳥を地面に下ろしてそれを避ける。
とりあえず宙に浮く人形を無力化できないか試すことにした。
僕は人形めがけて回し蹴りをするが、それを高度を上げて避け、前方に回転しながら降りてきたかと思えば、僕の頭部に踵落としをしてきた。
瞬時に判断して横に動いてそれを避けるが、すぐさま追撃が来る。レイピアはただの飾りではないかと思えるほど、素手で攻撃してきた。
連続して放たれる拳と蹴りを一つずつ確実に回避する。反撃の隙を探すが見つからない。
「……鳥! 早くなんとかしてくれ!」
「──チッ。人にものを頼むときはなんて言うの?」
──おい、今この鳥舌打ちしたぞ。
指図されるのは不快だが、背に腹は変えられない。僕は、
「お願いします、鳥さん!」
と言った。
「よく聞こえないなー。弱いゴミクズな自分を助けてくださいって言葉が聞こえないなー」
──クソが。
「弱いゴミクズな僕をどうか助けてください、鳥さん」
全力の棒読みで言ってやった。鳥は不服そうだが仕方なしに少女の方へとひょこひょこと跳ねていった。
「……なによ、この鳥」
「ぼくはよくいる普通の鳥。だから、あんまりひどいことしないでね。動物虐待反対! はんたーい!」
「黙れ」
少女はそう言って指を動かす。すると見えない糸が鳥に巻きつき、体を薄くスライスした。
鳥の血液が辺りに撒き散らされる。
「バラバラにするなんてひどいじゃないか。これはもう、動物愛護団体に言いつけちゃうよ」
「なんで……切ったのに喋ってんの……」
バラバラになった部位は一箇所に収束していき、一瞬で元の愛らしい姿に戻った。地面を汚していた血もすべて元通り。
少女の顔が青ざめた。
指を動かすたびに糸が鳥を粉々に刻む。その度に一瞬で回復するのだ。恐怖以外の何者でもない。
「……ふざけんな! 私はお前なんかより強いんだ! ケテル様は私に血を与えてくれている! だから──」
大粒の涙を浮かべてもなお指を動かし、鳥を刻み続ける。
「──だから、なに? 強いならいいじゃん。でもぼくをさんざん切り刻んでおいて、なにもされないとは思わないでよね」
鳥の腹部にある朱色の模様が歪み、そこから巨大な怪物が出てきた。二本の牙を持つ禍々しい、人知を超えた存在だ。
少女はそれを後ろに飛んで避ける。怪物は少女が先ほどいたところを噛み砕いた。地面にクレーターが出来上がる。
怪物はすぐさま少女を追う。
壁を蹴って踊るように躱していく。怪物が少女を捕らえようとするが、その度に建物に衝突し、壁を破損させていく。
鳥が先ほど作ったクレーターから出た十センチメートル四方の破片を蹴る。それは吸い込まれるようにして少女の脚に当たり、地面に落ちた。
そこを怪物が襲う。
すぐに後ろに跳んでそれから逃げようとするが、片足に噛み付かれる。怪物はそれを離すはずもなく、嫌な音とともに切断された。
少女はとても脚を切断されたとは思えないほど俊敏な動きで近くの扉を開けて中に逃げ込んだ。
「……まあいいや」
僕は人形と盛大な肉弾戦を繰り広げていた。あと少しで当たりそうなそのとき、人形は黒い霧となって消えていった。同時に吸血鬼の臭いもしなくなった。
「あっ、逃げんな!」
拳は空を切る。
辺りはまた静寂に包まれた。そして少しずつ明るくなってきている。ようやく任務終了の朝を迎えた。
肩で呼吸をする僕の元に鳥が帰ってくる。
「動いたらお腹すいた。なにか食べるものちょーだい」
情けないが限界を迎えていた僕はその場にへたり込んだ。
「もう! 聞いてるの? ぼくはお腹空いたんだって! せっかくあいつを追い払ってあげたのに!」
「……ありがとう」
僕は鳥を撫でると、
「撫でなくていいからなにか食べるものちょーだい!」
と言って僕に体当たりをしてきた。
力を抜いていた僕にこの鳥のタックルは強すぎた。簡単に後ろに倒れ込み、背中をしたたか打つ。
「わかった、わかったよ。ちょっと待ってろ」
ポーチを探ると食べかけの携行食があったのでそれを砕いて地面に撒いた。すると鳥が、
「喧嘩売ってるの? 三回も助けてあげた命の恩人なんだから、もっといいものが食べたい」
と文句を言い出した。
「食べ物を粗末にするな! お前はもっといいものって言うが、この携行食ってそこそこの値段がするんだ! 味だって美味しいんだ! チョコレート味だぞ! チョ、コ、レー、ト!」
鳥は僕の勢いに屈したのか渋々それを食べ始めた。
案外口に合ったようで一瞬でなくなってしまった。
「な、美味しいだろ?」
「……そこそこだね」
僕の方を一切見ないで言う辺り、かなり美味しかったのだろう。嫌と言った手前、素直に言えないようだ。
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