第6話 レジスタンス入隊

 あの地獄の試験を生き残ったのは僕含め四人だった。

「おめでとう。セシリア、ノエル、ヴェロニカ、モニカ、あなたたちのレジスタンス入隊を歓迎するわ」

 シェリルが口を開く。

 隣にいるノエルの顔は死人のように青白く、小さく震えている。試験が終わってからずっとこの調子だ。

「当然ながら任務は死と隣り合わせになってるわ。三途の川で反復横跳びをしたり、手足を落とすことがある。骨折や創傷は日常の出来事なる。それでもあなたたちは命をかけてあの忌々しい吸血鬼を倒す覚悟はあるかしら?」

「あります」

 ノエルを除いた三人の声が重なる。

「……はい」

 遅れて声を震わせながらノエルが発した。

 シェリルがノエルの頬に触れる。

「ノエル、私はあなたにはインテリゲンツィアの職員になることを提案するわ。そうすれば最前線に出ることはないよ」

 インテリゲンツィア──特異体と呼ばれる人知を超越した物体や場所、現象を収容もしくは無力化している組織だ。吸血鬼を無力化するという目的があるので、レジスタンスに協力している。

「吸血鬼に……殺されなくてすむんですか?」

 恐る恐る訊ねる。

「そうね。インテリゲンツィアの施設勤務なら吸血鬼の脅威はまずないわ。でも、少しは死ぬ可能性があるわよ。業務内容は特異体の収容。脱走したときの鎮圧して再収容になると少しばかり職員がいなくなってるわ」

「……レジスタンスより死亡率は下がりますか?」

 シェリルが唸る。そして、

「あんまり変わらないかも。いやむしろこっちの方が死ぬかも」

 と笑いながら言った。

「……どうせ人はいつか死ぬのに何を心配しているの?」

 見開いた目はノエルを見据える。黒い瞳から光が失われ、暗闇が膨張しているようだった。

「あなたは運が悪い。あの試験で命を落としてしまえば、こんなことにはならなかったのに。あなたがさっさと食い殺されていたらセシリアはこんなボロ雑巾にはならなかったのよ。私は全部見ていた。あなたが一度も刃を振るわなかったことを」

 一瞬目に悲痛の色を見せるとおもむろに一通の手紙を出した。

「これを持ってさっさと私の前から消えて。目障りだから」

 近くにいたレジスタンスの隊員二人がノエルの両脇を抱えて部屋から出ていった。

 空気が重く感じられた。

「なにもそこまでしなくても……」

 僕が呟くと、

「そこまでしなくても、なに? 私が何か間違えたかしら? 私の選択は正しい。私は二度と間違えない。戦わないならここにいる意味はないでしょう?」

 とまくし立てた。

「…………そうですね」

 否定できなかった。脇腹を押さえながら視線を逸らす。

「まあというわけで、改めまして、セシリア、ヴェロニカ、モニカのレジスタンス入隊を歓迎するわ」

 シェリルが一度指を鳴らすと、紙袋を三つ持った人が入ってきた。そしてそれを僕たちに一つずつ渡す。

 紙袋の中身はレジスタンスの制服だった。

「じゃあ、それにちゃちゃっと着替えちゃって。終わったら呼んでね」

 とシェリルが手をひらひらとさせて部屋を出ていった。

 紙袋から出した制服を机におき、訓練生の制服を脱ぐ。シャツのボタンを外すと、白色のキャミソールが現れた。

 この空間には少女が三人いる。

 そうなれば起きることは一つである。

「モニカは成長しているな。どことは言わないが」

 僕は背後からモニカの胸を下着越しに揉んだ。

「ひゃっ、ちょっとやめてよ、セシリア。恥ずかしいじゃん」

「よいではないか、よいではないか。揉んだところで減るものでもないし。それにそうやって恥ずかしがっているモニカが可愛いよ」

 僕はモニカの耳元で囁いた。

「やめて、喋る洗濯板。無い物ねだりしても仕方がないよ」

 目のやり場に困っているヴェロニカが止める。

「洗濯板とはひどいじゃないか、ヴェロニカ。これでも少しはあるんだ」

 ない胸を張って言う。するとヴェロニカが僕の胸に手を当て、

「ならブラを着けてよ」

 と痛いところを突く。

 沈黙が訪れる。

 僕は部屋の隅に行って体操座りをすると、ぶつぶつと独り言を言ってこれ見よがしに落ち込んでみせた。

「どうせ僕は洗濯板だよ。むなんだよ。あいつにはお兄ちゃんって言われたし。なんで僕の体は胸は成長しないで身長だけが伸びていったんだよ。神サマってヤツも随分とひどいことをしてくれるじゃないか」

 僕の胸はAカップあるかないかのサイズだが、身長は無駄に百七十センチメートル近くある。

 大きくため息を吐いた。

「……きっとこれから成長するよ」

 モニカとヴェロニカが口を揃えて言った。

 そこで部屋の扉が開く。顔を出したシェリルが、

「お嬢さんたち、私は先ほどなんて言ったか覚えているかしら? ちゃちゃっと着替えてと言ったはずなのだけれど」

 と中指を立てながら言った。


 黒地のツルツルしたハイネックの半袖と一分丈のスパッツ。そこに近未来的な線が入っている。これはインテリゲンツィアからの支給品で、特異体から抽出されたエネルギーで作られた服だ。着用すると筋肉が活性化されて身体能力が上がる、とのこと。

 その上に軍服を模した黒の制服を着る。白のアシンメトリーカラー、袖はカフスリーブになっており、下は僕の場合、ショートパンツになっている。

 ポーチを通した白いベルトをつけ、袖に細い黒の腕章を付ける。そこには[Echo]と書かれている。

 三連のベルトが付いたハーネスブーツを履いた。

 全員が着替え終わったのを見計らってシェリルが部屋に戻ってきた。

「さて、あなたたちにとっておきのものをプレゼントするわ」

 そしてシェリルの後方に控えていた三人の隊員は一人一つの黒いベルベット生地で覆われた箱を持っている。

 隊員が僕たちの前に立ち、ゆっくりと箱を開ける。

 新品の祈りを込めた銀で作られたクレイモアが現れた。刀身には「Cecilia」と刻印されている。

 モニカにはサーベル、ヴェロニカには拳銃が与えられた。それぞれ名前が刻印されている。

「わざわざ名前を刻印しなくても……恥ずかしいですね」

 モニカが顔を赤くした。

「それは大切なのよ。誰が殉職したかを調べるためにね。眼球を抉られて、脳を出すために頭を割られて、舌を切り落とされて、四肢や臓腑もなくなって、全部食べられちゃってそこにはなにも存在しない、ってことがあるから」

 顔が赤から青に変わっていくのが見えた。

「……でも骨は残りますよね?」

「うーん……まあ残るっちゃ残るけど、大半が食べるために解体されてバラバラになってるから、集めて袋に入れて直葬するのが定番ね」

 ノエルの顔から血の気が引いていく。色が青から白へと変わっていった。

「そんなに冷たくなった体が大切かしら?」

 シェリルがノエルのパンプキン色の髪を一本引き抜く。

「こうやって抜けた髪はノエルではないでしょう。それと同じ。爪も指も髪も皮膚も目も臓腑も……色々なものを一つにして初めてあなたという存在が生まれるの。……だからそこに執着する必要はないわ」

 苦虫を噛み潰したような顔で答える。

「……はい」

 シェリルが一度手を叩き、

「暗い話はやめて、これからのことを伝えるわ」

 と声色を変えて言う。

「明日から一週間、この地区で祭りが開催されるのは知ってるわね。そこであなたたちにはそこの警備に当たってほしいの。人が多く集まるわ。すると当然、吸血鬼も現れる。それから善良な市民を守ってほしいの。もちろん、警備にはあなたたちエコー部隊以外もいるから安心して」

 一呼吸置いて、

「これがレジスタンス入隊後最初の任務。できるわね?」

 僕たちは間髪入れずに、

「了解です」

 と言った。


 明日からの持ち場を決め、その日は解散となった。

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