第4話 訓練 後編
本日は武術の訓練である。
一通りの武道の型を行ったのち、スパーリングを開始した。
この組織の指導員はやはりおかしい。スパーリングの際、本物の刃物を使わせるのだから。それもかなり切れ味がいいもので。
僕は昔から短剣を使用していたので当然使用武器は短剣を選ぼうとしたのだが、それを指導員が阻止してきた。
指導員は満面の笑みで、
「今日はクレイモアを使ってみないか?」
という嫌がらせの塊のような提案をしてきた。
たしかに僕は今までこのスパーリングで負けたことはない。だから指導員は僕にクレイモアを使わせて負かしてぎゃふんと言わせたいのか。
もちろん返事は肯定しか存在しないので、しぶしぶそれを手にした。しかし予想していたものよりも軽く、これなら短剣のように振り回せそうだ。
それを持って相手を見据える。相手は自分よりも少し小柄で、短剣を握りしめている。
「これよりスパーリングを開始する」
開始の合図の笛が鳴る。
同時に僕は姿勢を低くして踏み込んだ。間合いは短剣のときよりも遠く、相手の腰を狙ってクレイモアで薙ぎ払う。
すると僕の体はクレイモアに引っ張られて体勢を崩した。すかさずそこに短剣が振り下ろされるが、僕は刃先を地面に突き立て、それを支柱に宙を舞って回避する。
すぐさま地面から抜き取り、再び相手の方へと踏み込み、突いた。だがそれをひらりと横に躱されたので、そのまま前へ転がり受け身をとった。
いつもの立ち回りで大きく飛び、相手の背後に回り込んで首を狙うが、それを短剣で弾かれる。諦めずにさらに上段から振り下ろすと、そこで鍔迫り合いに持ち込めた。あとは力で勝てる──瞬間、横に逃げられ、刃は地面に叩きつけられた。先端が音を立てて折れる。
一瞬で間合いを詰められるが大きく上体を反らして寸前で回避し、バク転で距離を置いた。
僕は諦めてクレイモアを空高くに投げ出すと呆気にとられた相手に接近し、胸ぐらを掴んで投げ飛ばした。
背中から地面に叩きつけられた相手はさぞ痛かろう。
間を置いて仰向けになった相手の顔のすぐ横に落下してきたクレイモアが突き刺さった。
もう少しずれていたら顔に突き刺さっていたことを知り、相手の顔は一瞬で青ざめていった。
少しして呆然としていた指導員が終了の合図の笛を鳴らした。
僕は非常に満足した。
しかし、あとで指導員に刃を破損させたことについて怒られてしまった。やはりおかしい。あと少しで訓練生が死んでいたかもしれないのに、怒るところはそこである。それについて夜な夜な反省文を書かされたことを僕はしばらく恨み続けようと思った。
そしてこれ以降、訓練で僕とスパーリングをしたがる相手がいなくなってしまいとても困っている。いたとしても、指導員から無理やり選ばれたようで、訓練開始前から顔が青ざめて怯えていて相手にならないというのは言うまでもないだろう。
本日は射撃の訓練である。
この訓練ではペイント弾を用いるようだ。さすがにこの組織も人相手に実弾を使うのはよろしくないと思ったのだろうと納得した僕だったが、後日理由を訊いたらコストの問題だと言われた。やはり頭がおかしい。
全員が白い服に着替え、一人一丁渡された高圧ガスの小さなボンベが取り付けられた小銃をを持つと一人づつ森の中に消えていった。
ルールはこうだ。
・制限時間は五時間
・着弾数から被弾数を引いた数で競う
・ペイント弾以外の攻撃は禁止
色は一人一人異なり、僕に与えられたのは黒色だった。
どこも似通った風景で迷子になってしまいそうな森を走る。少しして良さげな木を発見した僕はその木の根元で姿勢を低くし、弾を装填して開始の合図を待った。
十分ほど経ってようやく開始の合図がされた。遠くの方で一発の銃声が鳴る。それに驚いた鳥たちが一斉に木から飛び立った。
周囲を見渡す。
僕の視力や聴力、嗅覚といった機能は平均よりもかなり高いらしい。それを全力で活用していこう。
右斜め後ろ──約五十メートルほどに人の気配を察知した。
このペイント弾の有効射程はせいぜい十メートルだ。弾は球体で実弾よりも少々大きい。その分空気抵抗を受ける。
──距離が縮まる。あと三十メートル。
大きく息を吸い、呼吸をとめる。
トリガーに指をかけた。
相手は走りながらこちらに照準を合わせる。
向こうがトリガーを引く瞬間を視認した僕はすぐに横に転がり回避する。先ほどいた場所に三発の着弾を確認。
早まったな。
今度はこちらが照準を合わせる。有効射程に入った相手の胴体を狙って人差し指に力を込める。ペイント弾は高圧ガスに押し出され、連続して発射された。
複数のペイント弾が相手の服を黒く染めていく。
「よっしゃ! 一丁上がり!」
僕は後ろに下がって距離を置く。
再び相手がトリガーを引く。さらに後方に飛んで避けるが、相手も学んで偏差射撃をしてきた。
とっさに近くの木を蹴って移動方向を変える。
さらに着地点を狙って容赦なく射撃する。
僕は体をひねり、着地までの時間を稼いで回避──そこに横からの発砲音が聞こえた。
──避けられない。空中にいる僕は方向を変えられず、脇腹に数発の青色のペイント弾が当たった。
着地するとすぐにその二つの射線を切れる木に隠れる。
着弾は四つ、まだ大丈夫。
呼吸を整えていると、今度は別の気配を察知した。
周りを見渡す。気配は感じるが姿が見つからない。人間特有の臭いも感じられない。
「どこから見ている……?」
その瞬間、背中に蛍光ピンクの複数のペイント弾が撃ち込まれた。
すぐに背後を見るが誰もいない。
僕はとっさに走り出した。とりあえずここから逃げよう。ただひたすらに足を前に運ぶ。──気配が遠のいた。
数分の間森を走っている。すると当然、ほかの隠れていた連中が僕に照準を向けてくる。だがこの程度、恐れるに足りない。
軽々と避け、射線から人の場所を特定した。そして照準を合わせてトリガーを引く。これの繰り返し。
そうこうしているうちに森のかなり奥にきてしまった。
ペイント弾も減っている。──残り一発。
相変わらず人の気配は感じられる。こちらの有効射程には入らないが、射撃が得意であれば一方的に当てることもできなくはない距離だ。
呼吸を整えて銃を構える。
発砲音が聞こえる。それと同時にステップを踏み、軽く躱した。地面に蛍光ピンクの点を描く。
間髪入れずに別の方向からペイント弾が飛んできた。
「いったいどこにいるんだ?」
思わず声を漏らす。
弾はあと一発。なんとしてもこの蛍光ピンクに当てたい。しかしどこにいるのか分からなければ当てようがない。
深呼吸する。
そっと目を閉じ、耳を澄ませる。
わずかに揺れる葉の音を聞き取る。
──背後──左後方──前方──右後方──。
一つずつ確実に回避した。
葉が右に揺れた。──後方だ。
振り向くと同時に照準を合わせてトリガーを引く。
ペイント弾は見えない相手めがけて一直線に飛んでいく。
そこで訓練終了の合図が聞こえた。
全員が森の入り口へと戻った。
僕には青が四発と蛍光ピンクが五発被弾していた。着弾は二十一発。スコアは十二になる。
蛍光ピンクを使用していたのは全身泥だらけのエスターよりも小柄な少女だった。僕よりも少し若く見え、歳はおおよそ十二か十三ほどだろう。
彼女──ヴェロニカは着弾数が二十三発、被弾数が一発だった。スコアは二十二。
その場にいた訓練生からは疲労しているのが見受けられた。そこで指導員が口を開く。
「いいか。お前らは一発でもペイント弾が被弾した時点で死んでるんだよ。実践はこんな優しくはない。確かに当てることは大切だが、それも命あってこそのものだ。死にたくなければ避けろ。相手の動きを見て躱せ」
その指導員の左の肘から先はなかった。
「ヴェロニカ、スコア一位おめでとう」
訓練生らは拍手を送る。
「これにて射撃訓練を終了する。解散!」
そう言って本日の訓練は終了した。
寮に戻り、シャワーで汗を洗い流していると、いつのまにか背後にヴェロニカが立っていた。
とても悔しそうに、
「わたしに当てたのはあなたが初めてだよ。でも次はこうはいかない。セシリア、あなたに全弾当てるから覚悟して!」
と言い捨てて去っていった。
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