第7話 クレエでの日々と戦い

翌日。

わたしは図書館に来ていた。

神殿の図書館とあって、とても広く、たくさんの本がある。

一生かけたって読み終わらないかもしれない。

わたしはワクワクしていた。

知りたいことがなんでもわかる気がしたから。

まず手に取ったのはこんな本。

『フランソレーユ様について。』

初めて見る名前。

本の中身はこんな感じだった。


空から我々魔導士を見守ってくださっているフランソレーユ様はかつて、魔導士たちに魔法を授けた方である。

この世で最も敬うべき存在である。


みたいな。

そうね、ゾネソーレと同じ、青い太陽を指しているみたいね。

魔導士の中ではフランソレーユと呼ばれているみたい。

他の本も読んでみよう。


エスポワールは鍛錬場に来ていた。

素振りをしている姿をミルエットは楽しそうに見ている。

「ねえ、エスポワールくん。」

「ん? どうした?」

日頃の彼からは想像出来ない、優しい声で言った。

「エタンセルちゃんのこと、好きになっちゃったの?」

彼は目を丸くして、すぐにミルエットを抱きしめた。

「俺はお前しか好きにならねェって·····。不安にさせた?」

「ううん。」

そんな状況を見ていた人物がひとり。

シオンである。

顔を真っ赤にして、目的地である薬草の園にかけていった。

「絶対に私の事、嫌いにならないでね。」

「そんなことあるわけねェだろォ?」

「でも最近、エタンセルちゃんばっかり。」

「違ェよ。アイツはそんなんじゃない。」


この本!

『半人半魔と災い』

半人半魔は知っての通り、人と魔導士との間に生まれた子を指す。

かつて、半人半魔はたった1人だった。

人と魔導士との間には子は授かることは出来なかったのである。

そんな中でもどうして半人半魔がいたのか。

彼女は初めから半人半魔だったのである。

信じられぬ話だが、そうとしか言いようがないのだ。

人と魔導士との間に子が授かれるようになったのは、つい1000年前のこと。

フランソレーユ様が空が暗くなるとお休みになられるようになった時である。

空が暗くなっても魔導士を照らしてくださっていたフランソレーユ様のいらっしゃった場所に赤いものが現れるようになった。

我々はあれを災いフォングと呼ぶことにした。

フォングが半人半魔を産んだのである。

フォングを振り払い、フランソレーユ様が帰ってきてくださるようにするには


ここで頁は途切れている。

破り取られたような跡があった。

この先·····どうしても知りたかった。

半人半魔とフォングとの関係も。

フランソレーユことゾネソーレのことも。

「エリィ。まだ図書館におったのか。」

暗闇からすっと出てきたルファに驚いた。

「ええ。それにしてもここには人は来ないのね。」

「解放はしておらんし、するつもりもないからな。存分に使うが良い!」

「ありがとう、助かるわ。」

「なんなら、いくつかやろう。神官様は全ての内容を暗記しておられるからな!」

「神官様って·····大魔導士が仕える人の事よね?」

「そうじゃ。そのうちに会わせてやろう!」

神官·····。

その人は本当にわたしを殺さないと言いきれるかしら。

「集中しておることだし、妾はシオンの元へ行ってくる。」

そう言って、ルファは出ていった。


シオンは薬草を摘んでいた。

黙々と、でも時々手を止めていた。

そんなシオンの元へアルファディールがやって来た。

「シオン。」

「アルファディール様·····。」

シオンは1歩下がった。警戒しているようだ。

「今、誰もおらんな。」

さらに1歩下がった。

「すまん。」

急な謝罪の言葉に驚いたのか、シオンは膝から崩れ落ちた。

「どうして·····?」

「お主らは何も悪くない。悪いのは妾じゃ·····。」

下を向いたままアルファディールは続けた。

「すまん。本当にすまん。」

そう言い残し、どこかへ行った。

残されたシオンはただ立ち尽くすだけだった。


明日はどんな本を読もうか、とか。

夕飯はなんだろう、とか。

そうこうしているうちに、10日が経とうとしていた。

ここでの暮らしも中々慣れてきた。

でもやっぱり、エスポワールとはあれ以来話していない。

「エリィ。今日は妾が直々に浮遊魔法タイルヘルを教えてやるぞ!」

「ありがとう。」

ルファはわたしに魔法を教えてくれる。

彼女と一緒にいるのはとても楽しい。

でも、たまに傷ついたような笑顔になるから、なんとなく気になる。

一方、シオンは他の調合師たちと上手くやっているみたい。


魔法の練習が終わった後に、ルファから言われた。

「半人半魔たちと会ってみらんか?」

「うん、あいたい。」

他の半人半魔。どんな感じかしら。

「連れてきたぞ!」

ルファの後ろから、2人のわたしと同じ緑の髪を持つ人達がやってきた。

「うわあ! 半人半魔だ!」

「姉さん、そんなに見ちゃダメって。」

少し話をしたあと、思い切って聞いた。

「あなたたちはどんな扱いを受けてきた·····?」

「どんな扱い? 別にそんな普通だと思うけど·····。」

「僕らはこの国で生まれて、外へ出たことはないからね。」

羨ましい。と思ってしまった。

わたしは食べ物として扱われていたし、本当は陰では笑われていた。

この世界に来てからも、殺されかかった。

わたしがいれば争いが起こる。

なんでかこのタイミングで浮かぶ、この言葉。

それから、少し言葉を交わした。

やっぱり、同族に会うのは嬉しかった。


その夜もずっと考えていた。

ここにいたい。とか。

我ながら馬鹿だなと思う。

そんな所に、手紙が急に現れた。

茶色い封筒だ。ゆっくり開くと、中には真っ白な紙が出てきた。

手紙。

わたしの来た世界とこの世界の文字が同じでよかった。

差出人はルファだった。


エリィへ

この国は近々、他の魔導士の国と戦争を始める。

我国の勝機はほとんど無い。

明日、この国を去れ。

秘密をお主に教えてやろう。

大魔導士なんて、まがい物だ。

杖に力が籠っているだけだ。

逃げてくれ。そうしなければ、妾はお主らを殺すだろう。

友達をやめてくれ。


「まがい物·····?」

もう一度読み返そうとすると、手紙は灰になって消えてしまった。

内容をもう一度思い返す。

戦争が始まる。

わたしは逃げたい。死にたくない。

だけど·····ルファは? ルファは死んでしまうんじゃないの?

迷った。わたしって本当に最低だなと思った。

ルファはわたしを助けるために手紙を書いてくれたのに、わたしは逃げようとしている。

彼女との日々を思い出してみた。

一緒にいた時間はそう長くはなかったけど、ルファの事がとっても好きになった。

でも、わたしはルファのことを知らなすぎる。知ろうともしなかった。

戦争を止める。ルファともう一度友達になりたい。

心を決めた。この国にわたしは残る。

とはいえ、シオンたちを巻き込むわけにはいかない。何も話さない訳にもいかないわよね。

夜が明けたら、みんなの所へ行こう。

気がつくと意識を手放していた。


朝1番にミルエットちゃんのところに行った。

「ミルエットちゃん、今日、この国を出ようと思うんだけど、いい?」

とても納得したような顔をして聞いてくれるミルエットちゃん。

でも、返ってきた答えは思いもよらないものだった。

「エスポワールくんに聞いて。」

「ミルエットちゃんはどう考えてるのか、聞かせて欲しいな?」

「何も思ってないよ。」

少し微笑んだままそう言われた。

読めない表情ほど怖いものはない。

わたしはエスポワールのところへ行くことにした。

「エスポワール。今日、この国を出ない?」

何日ぶりに話したかも分からないほど言葉を交わしていない。

にしては、エスポワールは上機嫌な方だと思う。

「別にいいぜ。俺もこの国は大っ嫌いだしなァ。」

笑いながら答えてくれた。

いや、別に面白いことは言ってないと思うけど·····。

「そう、それじゃあ、ミルエットちゃんにも伝えておいてね。」

「なァ、半人半魔。」

「なに?」

呼び止められるとは思わなかったから、驚いた。

真剣な顔して、何を言おうとしているのかしら。

「俺の事好きか?」

このバカは何を言ってるんだろう。

「別にどっちでもないけど。」

「そ。俺はお前のこと大っっ嫌い! この国よりもなァ!」

笑いながら言われた。

何か怖いなあ。

後は腹が立った。わざわざそんなこと言う必要ないでしょ。

その勢いのまま、シオンのところへ行った。

「シオン、今日、国を出ようと思うんだけどいい?」

シオンは1度、戸惑ったような表情を浮かべ、こう答えた。

「嫌だ!」

「どうして!?」

「嫌だよっ!!」

どうしても嫌だと言うシオン。

わたしは怒鳴り散らすだけだった。

「ダメって言ってるでしょ!?」

言って直ぐに気がついた。シオンの涙に。

「怒鳴ったりしてごめん。」

「エリィお姉ちゃん! 死んじゃ嫌だよ!!」

シオンが涙を零した。

わたしに死ぬつもりなんて全くない。

でも、もしかしたら。と思ってしまった。

わたしは死ぬのは嫌だと言いながらも、現実にはならないとタカをくくっていたのかもしれない。

「エリィお姉ちゃん。ワガママ言ってごめんなさい。これ·····。」

涙を止めようとしているシオンから渡されたのは小さな袋だった。

「これなに?」

「石だよ。僕のお守りだったんだ。」

「ありがとう。シオン。」

それからシオンをエスポワールたちに預けた。

「お前は残るのかァ?」

何も言わずに行ってくれればいいんだけどな。

エスポワールは首を捻った。

「なんでもいいでしょ。」

「ま、それもそうだ。お前のことなんか死ぬほどどうでもいいからなァ。」

みんなの顔を見るのがこれで最後になるかもしれない。

そう思うとよく分からない気持ちになった。

悲しさなのか、寂しさなのか。

どちらも違う気がする。

「気をつけてね。」

「うん。」

「エリィお姉ちゃん、気をつけてね。」

「うん。」

大した返事もできない。

心音が速くなる。でも、本当に辛いのはルファよね。

わたしは城へ向かった。


アルファディールは憂うような表情を浮かべていた。

「アルファディール。なにをしている。」

「す、すみません。神官様。」

4人の大魔導士たちは神官からの話を聞いていた。

戦争が始まるにあたっての軍議のようなものだ。

アルファディール以外の3人も真剣な顔をしている。

それほどこの戦いはクレエ側にとって不利だった。

しかし、攻めてくる国に向かい打つために戦わねばならなかった。


わたしが城付近へ来た時にはもう、魔導士たちが慌ただしく動いていた。

「何をしているんですか!?」

通りすがりの魔導士に聞いた。

手を止めることなく動かしながら、答えてくれた。

「フランソレーユ様のために戦うのさ!」

「戦うってどうやってですか!?」

「普通は杖だろうが·····大魔導士様方が力を込めてくださった魔法道具でさ!」

なんら不安はないと言うようにその魔導士は答えた。

益々父が憎くなった。

魔法道具はどこまで人を殺せば済むの?

そう思った時に声が聞こえてきた。

『クレエの魔導士よ。』

どこからこの声は·····? 空から?

その瞬間、周りの全員はひざまずいた。

そして空を見上げた。

何が何だか分からないけど、わたしも同じようにした。

『フランソレーユ様からのお告げにより、我国は攻め入って来るレート国の魔導士を退けねばならない! しかし、必ず勝てる戦だ!』

必ず勝てるなんて、嘘よ。

でも、魔導士たちは全員涙を流している。

「有り難きお言葉!」

「フランソレーユ様!」

「神官様!」

皆、口々にそう言う。

レート国のこともある。どうしたら戦争を止められるの!?

『さあ! 向かい打て!』

国の門には軍勢が来ていた。

それを見ると魔法道具をみんな使い始めた。

一方、わたしはそれとは真逆の方向へ走る。

はやく、城へ行かなきゃ!

行ってどうするかは分からないけど、とにかく行かなきゃという気持ちが強かった。

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