第5話 人間の街と死闘

「ここが人間の街?」

「ガッカリした?思いの外、文明が進んでなくて。」

失礼な心を見透かされてなんだかソワソワした。

文明は対して進んでいなくて、良く言えば素朴だった。

黒と茶の髪と目を持つ人間が目が回りそうなくらい早く働いている。

「お前さんたち。」

「あ、こんにちは。」

「その緑髪の娘は半人半魔か?」

指を指された。

失礼だなと思ったけど、実際、わたしは半人半魔だ。

「そうです。」

「ほぉー。」

見られすぎて穴が開きそう·····。

結構至近距離ね。

「やめて頂けます?」

「悪かったのぉ。半人半魔の娘。」

なんだかその呼び方、感じ悪い。

「旅の者よ。今夜はここに泊まるが良い。」

「ありがとうございます!」

ミルエットちゃんはすっかり喜んでるけど、なんだか不信感があった。

「俺はヤダね。」

エスポワールも怪しさに気が付いたのかしら?

「エスポワールくん。お願い。」

「·····エットがいいならそれで。」

コイツ·····。調子いいわね。

「行こ行こ! エタンセルちゃん!」

ミルエットちゃんも喜んでるし、まあ、いいか。


ミルエットちゃんは部屋でゆっくりするらしいけど、わたしは街はずれに来ていた。湖の近く。

魔法の練習をしたかった。

唯一得意な防御魔法も弱すぎて役に立たなかった。

このままだと、生きることさえ出来ないだろう。

「なァ。」

「ミルエットちゃんと一緒にいるんじゃないの?」

「あんな気持ちの悪い街に居れるわけねえだろ。」

「気持ち悪い? そりゃあ、少し怪しかったけど。」

「少しィ? 半人半魔はこれだからなァ。」

「からかうだけなら帰って。」

「からかいに来たんじゃねえよ! この街を出るようにエットを説得してくれよ。」

「自分で言えば?」

「頼むからさァ!」

「自分で言いなさいよ。」

「エットに嫌われたくねェんだよ。」

「ミルエットちゃんはそんなことで嫌ったりしないわよ。それで、どうして出たいの?」

「気持ち悪いからって言ってんだろ。」

「何がよ。具体的に聞きたいのよ。」

エスポワールは心なしか顔色が悪かった。

「どいつもこいつも俺たちのこと、見てるんだよ。」

「見張ってるって言いたいの?」

「たまには話通じんじゃねェか。」

ただ事じゃなさそうな雰囲気。

「言い方は腹立つけど分かったわ。そこまで言うなら説得しましょう。」

わたしたちは街へ戻った。

なんだか異様な雰囲気が立ち込めている。

確かに街の人はわたしたちを見ている。

「避けろ!!」


ドシャッ


エスポワールに突き飛ばされた。

「いてて。何するのよ!」

そこまで言った時に気が付いた。

足元に沢山の毒石ドゥロックがあった。

街の人達が投げつけてきたものだと分かった。

「半人半魔! ここは頼んだぞ!」

「ちょっと!」

止める間もなく、どこかへいってしまった。

多分、ミルエットちゃんのところ。

確かにミルエットちゃんが心配。

の前にまずは自分の心配しないと!

防御魔法ディフェア!!」

いくらなんでも街の人と毒石ドゥロックの数が多すぎる!

「半人半魔·····」

「半人半魔·····」

不味い、押されているわ。

防御魔法ディフェア!」

石の毒を消すことができれば·····。

「半人半魔、死ね。」

水·····!水で流せばいい!

湖が街のはずれにあったはず·····!

わたしは走った。

防御魔法ディフェアを貼りながら走るのはかなり苦しい。

「待てェェッ!」

振り返る余裕なんかない、けど、振り返ったら足がすくむでしょう。

足音が大きい。何人分なの!?

で湖が見えてきた!

あと少し·····!

「イタッ!?」

地面と顔がぶつかった。

足に手の感触がある。追いつかれたんだ!

「捕まえた! かかれ!!」

でも、ここは湖の近く!

水降雲オーテナビュズ!」

「雨·····?」

「気にするな! 投げろ!!」

「石が·····溶けている!?」

街に急いで戻らないと!



彼はエスポワール。

負け無しの剣士だ。が、これは想定外だったようだ。

ミルエットのいる建物が燃えている。

誰かを倒す以外のやり方を彼は知らない。

「小僧。今更遅いぞ。」

あのお爺さんがエスポワールの肩を叩いた。

「おいッ!エットを何処にやった!?」

お爺さんは襟の合わせ目を掴まれたにも関わらず笑っている。

「火の海の中。じゃろうな。」

それを聞いてすぐさま拳を振り上げたエスポワールは青白い顔をしていた。

お爺さんの怪しい笑いは彼の脳裏から消えることはないだろう。

いつの間にか襟から手を離し、火の海に飛び込んでいた。



なんとか走って建物まで帰ってきたわたし。

建物が燃えていた。

何とかしたいけれど、ひとりじゃきっと無理。合流が先よ。

「エスポワールーっ! エスポワール! どこなの?」

大きな声で呼びかけても返事がない。

「半人半魔よ。」

「ミルエットちゃんはあの建物の中ですか。」

お爺さんを見ると怒りを堪えるのが難しくなった。

わたしは今、どんな表情だろう。

「中? おるわけが無いじゃろう。ついてこい。」

怪しさは確かにあったけど、信じるしかない。

着いていくしかできることはないから。

街を歩いていく途中に何度か会話した。

話しかけてくるものだから、答えない訳にはいかないわよね。

「半人半魔は食べ物と分かっているのか?」

「ええ、知っています。でも、食べ物って言い方は心外ですね。」

「事実をそのまま言って何が悪い?」

「いえ、何も。」

本当はとても腹が立っていた。

思っても言うものじゃないわよ!

食べ物。なんて呼び方。

「どこから来たのじゃ?」

「あの青い太陽のある方角です。」

「タイヨーとはなんじゃ?」

「え? あの青い·····」

わたしは空に浮かんだ青く輝く太陽を指さした。

「お前ッ! あのお方を知らんのか!?」

「あのお方?」

太陽の中に誰か住んでいるのかしら?

「ゾネソーレ様じゃ!!」

「ゾネソーレ様?」

「半人半魔と言えど、ここまで無知で無礼だと呆れるのお。」

太陽のことをゾネソーレ様って言うの?

太陽じゃあなくて?

「ゾネソーレ様は人間を見守ってくださる、お偉い神じゃ。」

「はあ·····。夜はどうするんですか? 沈みますよね?」

「沈む!?」

お爺さんは今度こそわたしの肩を揺さぶった。

うう、揺さぶりすぎ·····。気分悪い。吐きそう·····。

「沈むのではない! 人間は夜は活動せんから、お姿をお見せくださらないだけだッ!」

あまりの勢いで、よく分かってないのに頷いてしまった。

月のことはなんて言うのか知りたかったけど、これ以上聞くのは良した方が良さそう。

そう思うと急にエスポワールの事が気がかりになってくる。

「エスポワールはどこですか?」

「エスポワール? あの小僧なら今頃·····。」

「今頃·····なんですか?」

聞かなくても、何となくわかる。

だけど·····無事だって答えを望んでいた。

体の力が抜けた。

それと同時に絶対にミルエットちゃんを助けなければいけないと思った。



火の海に飛び込んだエスポワールは、消火に成功していた。

水宝剣オーテゾーロセイ·····また世話になっちまったな。」

彼の持つ水の剣は火を消すことなど容易かったようだ。

「エット·····っ。」

ミルエットは見つからなかった。

それ故、彼は涙を流していた。

それもしばらくすれば、止んだ。

よろよろと立ち上がり、エタンセルの向かった方向へと歩き出した。



わたしは悔しかった。

エスポワールを殺したかもしれないこの人にペコペコしなければ、生きられないことが。

わたしの力は弱くて、力源となるものがなければ、小さな魔法しか使えない。

立ち止まっていると声をかけられた。

「来い、半人半魔。」

「·····いや。」

わたしの口は勝手に動いていた。

「嫌よっ!」

これ以上は危ない気がした。

「そのまま来ていればいいものを·····。」

笛のようなものを構えてきた。

召喚笛サモラーフラウト!」

お爺さんが笛を吹くと、あの時見た、猫とウサギの中間のような生き物が出てきた。

「教えてやろう。コイツは魔獣のキトゥナブだ。キトゥナブ、半人半魔を殺せ。」

金属と金属を擦り合わせたような鳴き声を出しながら、すごい勢いで向かってきた。

防御魔法ディフェア!!」

なにか·····なにか力源になるようなものはないの!?

あ、あれよ!

「どうした、諦めたか?」

まさか、バカ言わないで頂戴。声にはならないけど。

成長魔法クレシタンス!」

庭先にあった植物はみるみる育っていって、わたしを包み込んだ。

成功、した。

でもここから出られない。どうしたら·····。

「キトゥナブ! もっとやれ!」


キィィ


また金属音が響き渡った。

耳が痛い。

「よォ、ジジイ。さっきはやってくれたなァ。」

「ちっ! 小僧、生きておったか!」

声しか聞こえないけど、エスポワール!?

「え、エスポワール!」

「半人半魔、大丈夫かァ?」

「ええ、なんとか!」

「じゃ、そこで待っとけよ。俺はすげェ腹たってんだから。」

植物の間から光が漏れていた。

目を凝らせばエスポワールの姿が見えた。

安心で力が抜けていった。

生きてた·····。

ミルエットちゃんもきっと生きているはずよ!

水流の刃オーテロブラン!」

キトゥナブを押してる!?

でも向こうも負けじと向かってきてる。

キトゥナブが拳を振り下ろした瞬間、地面にヒビが入った。

唖然とするしかなかった。

「ヘェ。いいキトゥナブだなァ。」

そう言ったあと、エスポワールはこっちを見た。

ミルエットちゃんを探しに行っていいのね!

そうっと植物の隙間から出ると、最初向かっていた方向へ走った。


大声を出しては気づかれるって分かっていたけど、叫ばずにはいられない。

すぐそこにミルエットちゃんがいると思うと、居てもたってもいられない気持ちになった。

「ミルエットちゃーんっ!」

いつの間にか神殿のような所へ来ていた。

なんとなく足がすくんだ。

急に街には誰もいなかったことを思い出したから。

もしかして、この神殿のような所に集まっているの?

「ミルエットちゃーんっ!」

お願い、返事してっ!

「エタンセルちゃん·····?」

振り返るとミルエットちゃんが立っていた。

「ミルエットちゃん! 大丈夫だった?!」

「うん。みんな意外と優しくて。」

「よ、よかったあ·····。あの、エスポワールが今、戦ってるの。」

「魔法道具使いと?」

「ええ、そう。」

なんで知ってるんだろ?

まあ、元気だったからそんなこと、どうだっていいか。

「魔法道具を止めなきゃ。」

「どうしたら止められるの?」

「簡単だよお。大きい宝石みたいなのがあるから、壊せばいいんだよお。」

「宝石·····?」

「ほら、よおく見て。」

神殿のような建物の中には噴水があった。

今まで気にも止めていなかったけど。

その噴水を指さすから、覗き込んだ。

なにかある·····?

赤色の輝きが目に入った。

「ねえ、宝石ってこれのこと?」

「そうだよ!」

壊せばいいのね。

わたしは宝石を踏みつけた。思いっきりね。


パリン


「いてっ!」

割れた、けど。

破片が目に入ったかな?

噴水の水で顔をうつして、目をよく見たけど、何も入ってないみたい。

「エスポワールくんは?」

「こっちよ。」

わたしたちはエスポワールのいる場所へと向かった。



「そろそろトドメじゃな。キトゥナブ。」


キィィ


金属音が響いた。

エスポワールは技も出せずに座り込んでいた。

体力の限界が近いようだ。

「くっ·····!」

キトゥナブは振りかぶった瞬間、苦しそうな悲鳴をあげた。


ギュウウウウ


「お、おい! キトゥナブ!?」

その悲鳴の後で真っ白な泡になって消えてしまった。

「どうやら、その魔法道具。壊れたみてェだな。」

エスポワールはゆっくりと立ち上がり、剣を向けた。

「死ねッ!」



戻ると、エスポワールがお爺さんに剣を向けていた。

「死ねッ!」

このままじゃいけない!

「エスポワール!」

「·····半人半魔。」

「ミルエットちゃんは無事よ! だから」

「嫌だね。」

「えっ。」

エスポワールはわたしに剣を向けてきた。

「これだから半人半魔はよォ。コイツがエットを危険な目に合わせたんだ。ころさないとなァ。」

でも、わたしは殺される恐怖を知っている。

我ながら甘い考えだと思うけど、どんな人も死んで欲しくない·····!

止めなきゃ。

だけど、わたしの力じゃ絶対に敵わない。

「なんだよォ。俺とやり合おうってのかァ?」

「そんなつもりはないわ。」

「じゃ、コイツ殺してもいいかァ?」

どうにかして水宝剣を封じないと。

「おい。なんだよ。」

グィッ

一か八か、足を引っ掛けた。

「痛てぇ!?」

やった!コケたわ。

後は剣を遠くへ投げれば·····

わたしは剣を手に取った。

ジュ

「熱いっ!?」

一瞬、持ち手に触れただけなのに手のひらが少し溶けていた。

「馬鹿だなァ。俺以外が触れると、すげェ熱さになるのに。」

気がつくと足首を掴まれていた。

そのまま引っ張られて、背中を強打した。

「覚悟は出来てるんだろうな!?」

エスポワールはわたしに馬乗りになって、剣の刃を突き立ててきた。

首を落とされる!

「抵抗したって無駄だからな!」

死ぬ·····!

「やめなさい。」

「は? 今更なんだよォ。ジジイ。」

あのお爺さん·····なにを?

「儂の首を落とせ。」

「だ、ダメよっ!」

「小娘ごときに庇われ、無様に生きながられるくらいには落ちぶれておらん。」

「ヘェ·····。ジジイ、潔いいじゃん。」

エスポワールはわたしからサッと離れた。

「エスポワールやめて!」

わたしの言葉なんて届かない。

すぐにお爺さんに刃を突き立てていた。

「小娘。ひとつ言っておこう。そのような甘い考えではお主も死ぬ。本当に人の命を救いたいのなら、死んだ方がいいんじゃがな。」

「え、どういうこと?!」

「お主がおれば争いがおこる。お主がために起こるのじゃ。」

「わたしが半人半魔だから!?」

「そうじゃ。皆、食べたがっておるからのぉ。」

「話は終わったな。じゃあな。ジジイ!」

剣はお爺さんの首を落とした。

初めて見た。人が死ぬ瞬間。

吐きそう·····。

くらくらしてきた。

突然、目の前が真っ暗になった。


「目が覚めた?」

ミルエットちゃん·····。よかった。

「エスポワールは·····?」

あんなことして平気なのかしら。

「向こうにいるよ。」

目を凝らすと、誰かいた。

エスポワールかな?

声·····掛けてみる?

わたしは近づいた。

本当は恐かった。コイツは目的の為ならば、わたしさえも殺すんだと気づいて。

「よォ。目が覚めたのかァ?」

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