親子丼の形 後篇
「親子丼です」
と言われたが。おれには、それがどうしても親子丼には見えなかった。ご飯が隠れるように、目玉焼きみたいな炒り卵が丼に乗っているさまは。言わばタマゴ丼って、奴なんじゃないかって思った。
「おお、ひっさしぶりやなぁ!」
以前食べた事があるのかもしれない馬鹿が、瞳を輝かせて言った。これを親子丼って言って出すエージもエージだが、それを鵜呑みにするハルもハルで馬鹿だ。おれの訝し気な目に気づいたのか、エージが少し苦笑いを浮かべた。
「親子丼には見えないよね?」
とりあえず、食べてみなよ。と言われてしまったので、おれはとりあえず箸を伸ばしてみる。
炒り卵と言っても白身で出来ているもので、真ん中に日の丸のように卵黄が乗っかっていた。
最初に卵黄を潰してしまおうか、躊躇した。おれは基本的に月見ソバの卵は、食べている途中で潰す人間だ。
馬鹿はどうなんだろう。ハルの方を見てみると、やはり真っ先に潰していた。それがこの国の決まり事ならば、従う他無いな。
おれは満月のような卵黄に、そっと箸を入れてみた。黄金色の液体が、とろ~りといった感じで炒り卵の上を流れていった。
ご飯を覆いつくす炒り卵に、箸を沈めてみる。ホカホカのご飯が出てくると思ったから、病的にかなり驚いた。白い丘のような卵の下には、茶色いご飯が入っていた。
普通の白飯では無かったのだ。おれは炒り卵と一緒に、口の中に運び込むと再び驚愕が口一杯に溢れ出した。
炊き込みご飯か。
醤油とカツオ出汁の利いた米の中には、キノコとニンジンとゴボウ。そして、主役の鶏肉がバランス良くステージを彩っている。プリプリのキノコ、柔らかいニンジン、歯ごたえのあるゴボウ。これら全てが鶏肉の旨味を引き立たせ、炒り卵の優しさに包まれていく。
この優しい甘味は何だって、思った瞬間に正体が判明した。炒り卵の中には、タマネギが入っている。決して主張しない甘みが、全体のバランスを整えているような気がした。
これは旨い。炊き込みご飯に炒り卵だから、合わない筈が無いんだ。
もう一口頬張ってみると、米の中に煎餅のような感触を覚える。ガリッと鳴った瞬間、口一杯に焦げた醤油の香りが広がった。おこげが出来るって事は、土鍋で炊いたというのは火を見るより明らかだ。
しかし、この焦げは妙だぞ。先ほど煎餅みたいだって言ったが、思った以上にモチモチしている。本当にアラレが何かを入れたりしたのだろうか。
「なんか、せんべえ入っとらん?」
腹が立つことに、おれと同じ事をこの馬鹿も考えていたらしい。ハルの台詞にエージが珍しく、不敵な笑みを零した。
「違うよ、ゆーちゃん。それは、もち米」
不覚にも馬鹿と同じタイミングで、おれも首を傾げてしまった。おこげで無い部分は、普通の米の食感なんだぞ。まさか、もち米を品種改良したとか、言うんじゃないだろうな。
「もち米だけ土鍋で炊いて、おこげを作ったのさ」
「ホンマかいな!」
おれも同時に、マジかよって思ってしまった。つまり普通の米はそれだけで炊いて、おこげを作るためだけに土鍋を用意したっていうのか。
それを踏まえた上で、おれはもう一度全てを口に頬張ってみる。とろーりとした卵黄、ふわふわの卵白。その中にはプリプリのきのこ、甘いニンジンとタマネギ、シャキッとしたゴボウ。そしてジューシーな鶏肉と共に、おこげのザクっとした食感が広がっていく。
なんて、凄いかしわ飯だって思った。
「……って、これ親子丼じゃなくない?」
そうだよ。これ、かしわ飯に卵乗せたものじゃん。何故、親子丼って言ったのだろうか。おれの台詞に、エージが少し苦笑いを浮かべた。
「二人は知っての通り、僕はホラ施設育ちで親が居ないじゃん?」
おれと馬鹿は同時に頷いた。
「だから親が居ないけど、おふくろの味は知っている。それがコレ」
普通の親子丼は、卵で鶏肉を包んだものだが。これの場合は、炊き込みご飯を卵で覆ったものだ。エージにとってのお袋の味を包んだものならば、それが親子丼なのかもしれない。
「なるほど、親子の形は一つだけじゃないってことか」
おれの台詞に、エージは満面の笑顔を見せた。
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