第9話 煌々と熱く
ピンク色の唇が、仄かに色づく頬が、荻野小鳥の愛らしさと美しさを両立させている。しかし彼女はぴくりとも動かない。まるで、人形のようにそこに存在している。
「あの、鈴さん、あの」
葛城は彼女から目を離さずに、後ろにいる鈴へ声を上げる。
「小鳥ちゃんは何でこんな、どうなってるんですか」
どの皮膚からも、鼓動と呼吸を感じない。真に無生物として彼女はそこにいた。
「どうもこうも、修復中だ。そいつには自己修復の機能があるらしい」
荻野のことを、さも物のように鈴は語る。深淵を覗くような瞳は、冷めきっていて、感情が読み取れない。
「推測を」
フッと、葛城の耳元に息がかかった。顔を上げると、荻野を境に、あの銀目の少年が眉を下げて微笑んでいる。
「推測を語って良いかな、葛城君」
彼は葛城の呆ける顔を瞳に写しつつ、今度は目を細めて、口を開いた。
「荻野小鳥さんは、金屋子神ではないかと思うんだ」
「金屋子神、って、いうのは……えっと……」
「一般にはたたら製鉄の神と言われている。死体を好み、加虐的な女神であるとされていて、天目一箇神などと同一とされる場合もある。だけど、管理課の観測では天目一箇神が製造した女神であり神器と確認されている」
想像もしえない単語が降りかかる。葛城はその一つ一つを噛みしめた。だが、体感で、それぞれが、人間を表すものではないことだけは理解出来る。
「神器は――八百万の神々が作る道具。彼ら彼女らは神子という自分の子機も作るけど、あれは生命体。神器は生命体じゃない。良くて疑似生命と呼ぶものだ」
突き抜ける程に清々しく、少年は言った。
「勿論、例外中の例外として、世界の異物として生命を作り出したり、生命と呼んでふさわしい疑似生命を作ることもある。荻野小鳥さんはその、生命と呼ぶにふさわしいほど精巧に作られた、疑似生命ではないかと推測される」
「つまり、小鳥ちゃん……荻野さんは、人間じゃないんですか」
「そうだね。普通の人間ではないだろう」
「それで、神器であって、女神でもある、と、いうのは」
一呼吸おいて、少年は再び説明を垂れ流す。出来るだけ理解しやすい単語を選ぼうとしているようだった。
「女神というのはそのままの意味だけど……そうだな、本質は女神だけど、それでは君とは遠い存在になるから、疑似生命として存在を人間にまで引き下げている、というか……」
困り眉で少年は葛城の後ろを見た。その先にいた鈴が、短く溜息を吐く。
「神というのは、且つてこの国を作り、今は高次元に住むヒトのことだ」
「高……次元?」
「次元ってのは、世界の階層……レイヤー……例えば、高層ビルを思い出せ。同じ地点にいても、一階と屋上ではいる場所こそ同じだが、出会うことはない。神はそういう階の上の方にいるってことだ。勿論、地下の方にも存在がある者もいる。話は逸れるが、悪魔だとかそういうのは、そっちの方」
そう言って、鈴は葛城を睨む。眉間に皺が寄り、彼は頭を抱えた。
「今はその階層を行ったり来たりすることは出来ないし、何より現在の人間の殆どは自分の階層しか認識できない」
「今は、ということは、その」
葛城が口を挟むと、鈴は牙を見せる。どうやら、何処か苛立っているようだった。
「昔は出来たんだよ。神代と呼ばれる時代は。階層を行ったり来たり、っつーか、殆ど階層なんて無かったんだ。それが時代と共に高さが出来、壁が出来、ついには認識も出来ない奴がどんどん増えた。だが中には見ることも、繋ぐことも出来る奴が存在している。それが、この国では能力者と呼ばれ、現在はこの管理課が管理している……凡そ三割程度は」
ぼそりと、最後、バツの悪そうに鈴が言った。逸れた話を戻す様に、少年が再び口を開ける。
「で、その高次元に神代の時代からずっと生きているのが神。鈴さんが言ったように、神と人は本来干渉が難しいんだ。しかしそれを突破する方法がいくつかある。人間も色々と方法を持ってるけど、神も技術としてそれを利用するのがいる。荻野小鳥さんの場合、恐らくは天目一箇神。彼が時代毎に何度か彼女のような金屋子神を人の世に生み出し、こちらに干渉した形跡がある」
「つまり、荻野さんはその、今の時代の」
「そう。飲みこみが早いね。しかし彼女の場合は少し異なる。人の世に干渉するため……というよりも、もっと別の大きな目的のために作られたんじゃないか、な」
彼はそう言って微笑んだ。頬を緩ませながら、少年は葛城の傍に寄った。
「例えば、君の為とか。あぁ、でも、そういうことは、知らないんですよね、夜刀神様の方は」
彼がそう言葉にすると、ベットの裾からずるりと黒い影が這った。それは人型を空間に形成し、長身の男となる。男――夜刀神は、葛城の隣で、少年をジッとその赤い瞳で睨んだ。
「眠り、封じられていた身だ。その後何が起きていたかは知る由もない。しかしこの女子は天目が作ったものであることに間違いはないだろう。アイツが初めて作ったものは見たことがある。中身も存在も全く異なるが、見た目と臭いは全く同じだ」
一転して優しく、夜刀神は荻野の頬に触れた。髪をひと房指にかけると、再び少年を見やる。
「これは炉だ。それくらいはお前達もわかっているのだろう」
「はい。正しく」
「もう、剣も鏡も珠すらも触れられないのか、人間は」
夜刀神の問いに、少年は目を細めた。
「はい。貴方の息子さん以外、今人では半神半人でさえも、触れることすら叶いません」
礼節に則り、少年は夜刀神を真っ直ぐと見る。清涼な空気が、その場を沈黙させる。夜刀神は足元で繋がった影を切り離し、存在を独立させる。その瞬間、周囲が揺れたが、すぐに元に戻った。しかし、夜刀神が出していた神秘性が、そこで途切れたように感じた。
「成程、ならば全てを一つにして、この子に使わせた方が幾分かこちらの利になる。考えるじゃあないか、天目も。否、考え出したのは別の者達だろうが」
人間のソレではない、鋸のような細かい歯と、異常に発達した犬歯が、夜刀神の神性と獣性を主張する。何処か子供らしく、また恐ろしく、彼はにんまりと笑う。
「故に問おう。私が、私の子がお前達に力を貸していいのか、知らなければならない。お前は何者だ。天照大神の血を引く者がいながら、お前達は私達の味方を自称出来るのか」
夜刀神の邪悪が、部屋に充満する。一種の脅しのようだった。黒いものが部屋を覆う。それでも、少年は微動だにせず、にっこりと笑った。
「僕は
そして、と少年一明は夜刀神と視線を合わせた。
「僕は貴方の主人――
一明は、にへらと、気の抜けた表情で、夜刀神を見上げていた。威圧が止む。
唐突に、夜刀神はパッと表所を明るく笑った。するすると黒い靄が収束していく。
「やはり! やはりカカセオ様のご威光は未だ健在か! あぁそうだ! 早く主に報告せねば! お前の名もつけてもらわねばならない! 黒姫……お前のかかさまは何処だ? 少し遅れてしまったが、改めてご挨拶に伺わねば!」
興奮しながら、夜刀神は葛城の背を叩く。情報の濁流に、葛城は目を回していた。目の前では、一明が少し困った様に、夜刀神と葛城を見ていた。
「馬鹿か。少しは最後まで話を聞けよ。アンタの主はお前と同じでまだ封じられてるんだぞ」
突然、鈴がそう呟いた。ぴたりと夜刀神の動きが止まる。彼はぐるりと振り返って、鈴を見た。見開いた赤い瞳は、獣性を強く帯びていた。
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