第4話

どうして、「特別になりたい」なんて思い始めたのだろう。

それは単なる思春期の意固地なのではないだろうか。

心臓は依然として嫌にはやく脈を打ち、息が切れる。心臓の下部に虫が這ってるかのようにぞわぞわとして、体が震える。


「……うるさい!」


そう吐き捨てて、あの場から私は逃げた。結奈の顔を見たくなかった。


――見たくなかった?いや、違う。


ただ怖かっただけだ。自分を守っただけだ。


――特別になりたい。


……なんで?


空は分厚い雲に覆われ、雨は次第に地に打ち付けるように降り始めた。

私は鈍色の空に手を伸ばした。雨粒は指の隙間から私の目に入った。泣いているように頬に筋が出来た。

そして、思い出した。この空の色、まさしく、以前、私の視界に常に映っていた光景そのものだった。


それは結奈が引っ越してからだった。

私は小学に上がった。そこでは、一人も友人などできなかった。いや、傍らにひっそりと本を読む地味な少女ならまだ良かった。入学当初、私は皆にとって異端であり異物だった。

国語の時間、道徳の時間、私は皆の総意とはまったく外れた意見をただ一人述べていた。故に、多数派から洗礼を受けた。いわゆるいじめだ。筆箱や上靴を隠され、男子にランドセルをサンドバッグのようにされ、女子達からは黄色い声で笑われた。

そんな事があって私は、人間が怖くなった。そして学習した私は、当たり障りないよう皆に溶け込むようにしたのだった。自分の思った事を吐き出すこと、実行することを我慢する、それを一ヶ月ほど続けていると自然とそれは習慣となり、そして私はただ人形のようにそこに在るというだけの存在に成り果てる事が出来た。同時に視界に入る景色はことごとく色褪せてしまった。

そんな中でも唯一皆と外れた行為、それが読書だった。文字の雨に打たれ、溶け込み、逃げ込んだ。そして、その行為は私に"地味"というレッテルを貼り、結果、皆の視線は私から外れた。

だが、私の醜い本性は、その読書という行為により腹の底でより大きく成長していったんだと思う。

生よりも死、光より闇、繁栄より没落を好んだ。太宰治を食べて歪んだ。間違った読者、それこそ私だった。

感情の爆発が怒ったのは、中二の終わり。

抑えてきた、腹の底で育ててきた感情が表に現れ始めた。そして、『特別になりたい』、抱き始めたその感情と、周りの多数派への敵対心は私をまたひねくれさせた。

突如として、多数派から足並み外して立ち回る私を、周囲は嘲笑ではなく、恐怖の目を向けた。

そして、私はまた違った意味で孤立した。

また、その頃、私は小説を書くようになった。理由は、「好きだから」、ただそれだけだった。結奈との約束などすっかりと忘れ去っていた。そして、書いている内に、だんだんと積み重なっていくように、「私にはこれしかない」と、哀れな幻想を抱くようになった。

そして、これが生きる意味だと、信じて私は賞に応募するようになった。全て落選した。一次選考すら突破する事はなかった。それは三年程続いた。


――やめたい。


落選落選落選落選落選。

変化のない日々に幾度となくそう思った。どだい、三年休まず書き続けて一次すら突破出来ない時点で才能も何も無いのだ。向いてない。そんな事、わかっているのだけど、私は怖かったのだと思う。

また、味気のない世界に戻る事が。空っぽになってしまう事が。

ただただ駄文に縋ったのだった。本当は賞などどうでもよかったのではないだろうか。

そう思うと、愚か過ぎて笑えてくる。


――特別になりたい。


それはガキの反骨心?スッカラカンの決意?縋り付く安地?


……いや、違う。違う違う違う!


私のこの気持ちは本物だ。私は小説が好きだ!そして、この道以外では生きていきたくない。この道から外れたら死ぬ。これは私の剣だ。随分人間様に世話になった。殴られ、蹴られ、使われ、奪われ、貶され、笑われた。


……そうか。そうかそうかそうかそうだ!


――文で人を殺す。


ぶっ殺すような文学を!そうだ、私の文学は!



そして次なる駄作の題名は、「世界」。

これは私が、大嫌いな人間じぶんへ送る、にくしみ文章ことばだ。

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