第2話 前

「いまひま……? 」


指と心の赴くまま小説を書いて、腕を組んで顔をしかめて、そしてまた書く。そんな事を夕飯を食べ終えてから今までずっと繰り返して、流石に疲労困憊で目の奥に電流が走ったかのような感覚を覚えて、一息つくついでにスマホを確認すると、一時間ほど前に結奈からラインが届いていた。ついでに時刻は午前零時手前だった。


「……再会から丁度一週間か……」


細々とそう口に出して哀愁に入り浸ってみたりしながら、


「いまひまになった」


と彼女がまだ起きている事を信じて返信をした。というか、結奈だから起きているだろうというまったく根拠の無い自信を以て、こんな真夜中に、私は何の思慮も無く返信した。


「やった」


直ぐに返信はきた。


「どうしたの」


「……えっとね」


「ん? 」

即座に返信が来たと思えば結奈は急に黙り込んでしまった。心象世界内で私は「はて? 」と文豪ぶって手に顎を乗せて首を傾げてみたりして、そのまま十分程経っても返信は来ないし、それに脳が糖分と多幸感を渇望し呻いていたのもあり、私はココアを淹れに席を外した。そして数分程で自室に戻って、慎重にココアの入ったカップを机に置いて(私にはよく飲み物をこぼす癖があった)、しかし緊張の糸ははや切れて無遠慮にどっかりと椅子に座り込み、スマホの画面を確認すると、「あの……」と結奈から返事が来ていた。


「なによ 笑 」


そう返信して私は、何か言いにくい事でもあるのかなと、らしくもなく思慮の思案に耽った。この場合、言いにくい事とは何だろう。私には三つ考えられた。

まず一つとして、「もう私と関わらないでくれ」という告白だろうか。いや、流石にそれは無い、ただ被害妄想だと私はばっさりとそれを両断した。

二つ目は、「実は貴方の事前から好きなの」っていう告白だ。いや、これはただの百合好きの少女の妄想だ! と私はこれもまた両断する……ことは出来なかった……。……私というと……、あれだ。教室の片隅に一人、賢さを気取って孤独をファッションにし、本を読む……、あの……、俗にいう根暗な文学少女オタクなのだ。だから……、その……、私のような種族の人間にとって、百合やBLというものは切っては離せないものであるのだ……。


 かなり脱線してしまったが、最後、三つ目だ。それは、彼女の零す、この神妙な空気と流れ的に、「あの日の約束を覚えている? 」。こんなところだろうか。その時、スマホのバイブが鳴り、私は少し、プレゼント開封前のようなあの戸惑いと好奇心のせめぎ合いを感じながら返信を確認すると、全身に行き渡る血液が一度に凍るような思いをした。



「大変申し上げ難いのですが……」


第一の予想、即座に切り捨てた妄想が現実味を帯びて心象世界の暗黒の底から浮上する。私はじとっとした嫌な汗をかきながらその続きの言葉を見守る。目を逸らしたいと思いながらしっかりと凝らして、唾液が酸っぱく舌が萎む感覚に、死に場のない旅人のように口の端を歪めながら、私は自身の心臓の鼓動を聞いていた。


「あの……来週の日曜、空いてる? 」


それに私は、自分を何時になく馬鹿馬鹿しく思った。なんという妄想癖、オタク、小心者。これはこれは良い小説への燃料を得たなと私は自虐の笑みを浮かべながら、「空いてるよ」と文面では平然を装ってごく無難な返事を返した。


「よかった……。じゃああの公園で待ち合わせでいい? 」


嬉しそうだな、と薄ら笑いながら私は「いいよ。何するの? 」とこれまた平凡で無難な肯定と問いを投げかけると、


「普通にただ会って話したりしたいの 」


お次は即座に返信が来て、私は臆病ながらに純心な彼女にノスタルジックな安心感を憶え、胸が暖かくなった。そう言えば、胸が暖かい、なんて感じたの何時ぶりだろう。郷愁に郷愁を重ねながら、


「楽しみ」


そう返した。

心からそう思った。

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