第6話 クリオライト


 新商品の開発は大成功したけど、その代償として今日は後一回しか能力が使えない程度には酷使されられてしまった。


「あと一回は、りもちゃんに使ってあげなさい」と言われ、透明なタピオカと小さいジャグを手渡された。使ってあげなさいというか、モニターとして使えって話なのは何となく分かっていた。


 事務所に戻ると桜井社長は、ネットブックで事務作業をしていて。小伊瀬りもは、炙ったセージの煙を天然石に当てていた。


 クオーツや塩と違って、セージでの浄化作業は可及的速やかに力の補填が出来る。ってことは今、彼女のジェムは空っぽになってしまっているのかもしれない。


「ただいま」


「おかえり」と小伊瀬りもが言ってから、こっち見て何故か頬を紅くした。


「じゃない、おつかれさま!」


 そう言い直した意味は分からなかったが、折角セージを炙っているんだからと、僕は自分の天然石もお願いする。


「なんで、私が?」


「駄目か?」


「駄目とは言ってないじゃない!」と差し出した僕の天然石を乱暴に受け取った。


 最初から素直にやってくれればいいのに、とは思うけど。何やかんや文句を言いながらも、最終的には世話を焼いてくれるのが頼もしい所だ。


「お礼って言ってはなんだけど、小伊瀬にお土産があるからさ」


「なによ」


 口調こそキツめだけど、彼女の顔がどこか明るくなったように見えたのは気のせいか。お土産と言ってしまった手前、マスターの試作の実験台とは今更口には出来ないな。


 マスターから預かったものを机に置いて、小伊瀬のマグカップを用意する。タッパーからタピオカをカップに移して、グレーダーと天然石を手に取った。


「魔法かけるぞ、小伊瀬」


「……うん」と小伊瀬りもは僕の天然石を炙りながら、こっちに目を向けていた。自分のを終えてからで良かったのに、僕のを先にやる必要は無かったんだけど。


 透明な宝石を左手に取り、グレーダーにそっと当てて上下させる。軟化還元で細れた天然石が、静かにカップの中へと降り注いでいく。


 ここからじゃ中身は見えないだろうけど、僕の視界にはタピオカがキラキラと光っていく様子が見て取れた。


 ある程度削れたから手を止めて、今度はマスターから預かったジャグの中身をカップに注ぐ。


 まるでカクテルを作っているみたいだって思ったけど、あくまでも僕がやっているのはジェム・クリエイト。軟化還元作業でしかない。


 ストローにしようか迷ったけど、あんな大きな口径のものは事務所に無かった。舌を火傷されても困るから、ティースプーンを差してからカップを小伊瀬りもへと手渡した。


「スプーンですくえばいいの?」


 僕が頷くと、そのまま彼女はスプーンを口の中に入れた。ハテナマークを浮かべていた顔が、やがて驚きに変わった瞬間を目の当たりにした。


「なにこれ!」


 はしゃいだ子供のような声を上げてから、小伊瀬りもはもう一口スプーンを動かした。驚愕に満ちていた顔に微笑みが浮かんだような気がしたから、彼女の口に合ったのかもしれない。


「見た目、普通の紅茶なのに。なんかモチモチしてるものが!」


 透き通ったストレートティの中には、タピオカと軟化した天然石が入っているけど。実は、このパワーストーンに秘密があった。


 氷晶石、通称クリオライト。


 その名の通り氷のような見た目の天然石で、原産国も北欧という寒い地域に生まれるもの。純度の高いものは水に入れると、溶けてしまったかのように見えなくなってしまうのだ。


 すなわちマスターの新商品は、見た目は普通の紅茶なのに、モチモチのタピオカとシャリシャリの氷晶が隠れている代物なのだ。


「旨いか?」


 その問いにハッとなった小伊瀬りもは、赤い顔でちょっとだけ僕を睨んでから、ツンとそっぽを向いた。


「まぁまぁね」


 全くもって可愛げの無い女子だな。


 まぁ、そうは言っても、マスターの紅茶をジャグに入れたせいもあるかもしれない。淹れたてと比較すると、少し香りは落ちてしまっていたかもしれない。


「りも」


 いつの間にか小伊瀬りもの近くに来ていた桜井社長が、そっと彼女に眼鏡を手渡した。意味の分からない行動を暫くぼんやり見ていると、眼鏡をかけた小伊瀬りもの表情が一転した。


「あんた。どんだけ無茶したのよ!」


「……え?」


 彼女の言葉に意味も分からずに狼狽えていると、桜井社長が小伊瀬りもの眼鏡を指さして、愉快そうにケタケタ笑った。


「この眼鏡な、かけると相手の状態が可視出来るんだ」


 社長の言っていることが何一つ理解出来なかった僕は、帰るまでずっと小伊瀬りもに小言を投げられ続けたのだった。


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天然石と学園島のジェム・トゥギャザー 直行 @NF41B

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