第5話 タピ☆オカ


 ジェムトゥギャザーが扱う天然石は、何も星座石ってだけじゃない。


 生徒端末でキズナに魂を入れて、ヘルメット越しに大橋通りを睨みつける。赤信号を合図に路上へと出ると、北に向けて走り出す。


 おろしたてのグローブに「あまり固くなるな」と無茶を言い、悠と書かれたプリンの味を思い出しながらジョンモールを右折する。今度はきっとメーカーの名前の筈だから、馬鹿に怒られる筈は無いだろう。


 しかし、いつも冷蔵庫に何かしら菓子があるけど、誰が用意しているのだろうか。


 病院を右折して、小高い広場を横目にキズナを走らせる。ラーメン屋を右折して、一回信号に掴まってから、コンビニを左折する。


 そのまま二分走ったら、丁字路に小奇麗な一軒家。ここは二階が住居部分で、一階はお洒落なカフェになっているのだ。


 キズナを路肩に静かに停めて、グローブを取ってヘルメット入れ、それチョーク付近のフックに掛けて施錠する。腰に付けたシザーバッグから巾着を取り出すと、入口の呼び鈴をそっと押した。


「あら、さくらさん。お待ちしてました」


 ドアを開けた初老の女性マスターが僕の顔を見て、和やかな表情をした。


 こっちが着ているウインドブレイカーは淡いピンク色な上、背中に思いっきり桜が書かれているので。さくらジェムデリバリーの人間だと、誰が見ても分かってしまうようになっている。


 小伊瀬りもみたく、背も胸も小さい女の子が着るなら可愛いけど。男がこれを羽織って街を闊歩するのは、未だに慣れやしないのだった。


 クローズドの店内に通されると、コーヒーの香りが鼻をくすぐった。僕は基本的に紅茶派なんだけど、ここに来ると一気に珈琲党へと変化してしまう。


 今日の注文は新商品の試作の手伝いという話なので、カウンターの内側へと入れてもらった。ブクブクと泡立てたコーヒーサイフォンが、全てを流線形にしてしまうような物語を奏でているみたいだった。


「試したいのは、これなんだけど」


 マスターが差し出した皿に乗っていたのは、透明なイクラのような透き通った豆粒だった。紐の切れた水晶のブレスレットかなと思ったけれど、艶が宝石のそれとはまた違うような気がした。


「……ビー玉にしては小さいような」


 僕の言葉にマスターはくしゃりと小さく微笑んで、指を二本使って不正解のハンドサインを出した。


「タピオカ」


 タピオカとは二十世紀後半から、この国で若い女性にずっと好まれているもので。二十二世紀になった今でも、カエルの卵というと女の子には怒られてしまうのだ。


「……でも、このタマ。じゃなかったタピオカ、透明ですよね」


「いまタマゴって言いかけた?」


「気のせいですよ」


 流石、喫茶店のマスターなだけあって察しがいい。それとも基本的に学園島の男子の殆どは、タピオカを何かの卵と信じてやまないのを知っているのだろうか。


「タピオカって、何で出来ているか知っている?」


「え、何のタマゴですか?」と僕が言うと、マスターは呆れた顔になる。


「卵じゃないって、材料は芋なのよ」


「芋の……タマゴ?」


「タマゴから離れなさい」


 マスターの厳しい目を受けて、ようやく僕はここでタピオカがタマゴでないのを理解した。ペットショップなんて滅多に行きはしないけど、確かに孵化したタピオカってのは聞いたことはない。聞けば、芋の根から取ったデンプンとかなんだとか。


「ミルクティに入っているようなのは、カラメルで色をつけたもの。もともと透明なのよ」


 芋といえば蒟蒻もそうだと僕が言うと、蒟蒻も元々透明だという解説が入った。つまりタピオカは、蒟蒻みたいなものなのか。そう考えると、あの食感は納得いくような気がした。


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